第566話 鬼瓦くんと家出
とりあえず鬼瓦くんを本気にさせたら良い。
それを理解したのは、俺たち再結成生徒会がリトルラビットに戻った時分であった。
「よし、説得なら任せとけ! 男同士で話し合ってみせるぜ!」そう力強く言って見せた俺を、お客様が撥ね飛ばした。
「だ、大丈夫ですか!? もぉー。公平先輩、相変わらず体が弱いんですからぁ」
「お、おう。すまん、花梨。いやぁ、それにしても、久しぶりに忙しい時間帯のリトルラビットに来たが、こりゃあ、なんつーか」
お客様が店内で
大挙して押し寄せる人の波を捌き切れていないじゃないか。
鬼瓦くんともあろう者が、一体どうした。
「ぷるぅあぁあぁぁぁっ! ちょいとぉ、待ってぇ、あ、おくんなましぃぃ! すぐにお会計をぅ、するぅからねぇい!!」
「あなた、在庫が切れそうよ! お会計は私がするから、厨房へ!」
「なぁぁんてこったぁぁい! こいつぅは困ったぁねぇい!」
レジにパパ瓦さんが立っており、その雄々しき姿は半端ない違和感を生み出していた。
そんなパパ瓦さんを呼び戻すのがママ瓦さん。
聞こえた情報によると、お菓子のストックが切れそうな雰囲気。
人手が圧倒的に足りていない。
勅使河原さんが不在なのが大打撃なのは分かる。
彼女は既にリトルラビットの従業員であるからして、高校時代からお店を手伝っていた熟練のやり手を1人欠くのは、なるほど辛いだろう。
だが、それ以前は鬼瓦くんを含めて、家族3人で切り盛りしてきた訳であり、ならばここまでの惨事になるのはいささか納得がいかない。
繰り返すが、鬼瓦くんと言う万能戦士がいるのだから、彼が本気を出せばこんな混乱など問題ではない。
鬼瓦くんさえいれば。
鬼瓦くん?
おい、タケちゃんどこ行った!?
いないじゃないか!
店内にも、厨房にも!
向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに!!
俺は速やかに状況を確認するため、人波に逆らった。
割とすぐにそれは断念して、大声でママ瓦さんに呼びかける作戦に変更。
「すみません! 桐島です! 武三くんはどちらに!?」
「あら! 桐島くん! 久しぶりねぇ! なんだか立派になっちゃって、お赤飯炊く?」
「いや、それは多分、今するべき事じゃないかと!」
「武三なら、ほんの1時間前に泣きながら店を出て行ったわ! 男には涙を超えてこそ成長が見込めるって旦那と話していたのよ!」
ママ瓦さんの言う事は正しいのかもしれないし、そもそも鬼瓦家の方針ならばそこに俺が異を唱えるのはお門違いである。
だが、この状況は見過ごせない。
自分が原因で店がえらい事になっていたと知れば、勅使河原さんは傷つくだろう。
自分の不在で店がえらい事になっていたと知れば、鬼瓦くんは多分帰って来ない。
「おっし! フォーメーションを展開しよう!」
「みゃーっ! コウちゃんは武三くん探しに行ってね! わたしと花梨ちゃんでお店のお手伝いするのだっ!」
「あたしも毬萌先輩も、リトルラビットの制服着るの久しぶりですけど、サイズ合いますかねー? 実は胸のサイズが結構変わっちゃいましてー」
「おっし! お前たちの制服姿を見届けてから行こう!!」
「みゃーっ……。コウちゃんのおっぱい星人っ!! どうせわたしはおっぱい大きくなってないもんっ! コウちゃんのバカ! 新社会人! 社畜!!」
「公平先輩、何て言うか、欲望に忠実になりました? そんなだから、未だに彼女ができないんですよぉ」
2人がかりで言葉の暴力とは、ひどいじゃないか。
「う、うるせぇー! もう、お前らの制服姿なんか、見てやんねぇんな! 後でしっかり見せてもらうから、出来れば着替えねぇで待っててください!! ちくしょう!!」
完璧な捨て台詞を残して、俺はリトルラビットを飛び出した。
店の前には鬼瓦くんの愛車のパジェロが停まっていたため、車による逃亡劇ではないと俺は踏んで、近場から捜索することにした。
と言うか、今は12月。
ぶっちゃけ、かなり寒い。
活動限界は、もって2時間だ。
それを超えると命の保証は出来ない。
俺のな!!
鬼瓦くんは南極でも多分タンクトップ1枚で平気でしょうよ。
ただし難局には弱かった模様。
長いこと付き合っていても、知らない事ってのはあるものだなぁ。
ダッシュが駆け足になり、駆け足が早歩きになり、息切れ起こしてとりあえず休憩しようと近くにあったファミリーマートへ避難した。
「ゔぁああぁぁぁっ!? き、桐島先輩!? どうしてここが分かったんですか!?」
偶然と言う名の運命のイタズラが、俺と鬼瓦くんを早々に引き合わせた。
先に断っておくと、全然気付いていなかった。
鬼瓦くんが俺の入店と同時に声を上げなければ、下手するとホットドリンクコーナーに直行してそのまま退店していたかもしれない。
「おう。鬼瓦くん。良かったよ、意外と早く会えてさ」
「ぼ、僕は帰りませんよ! 真奈さんも、父さんも母さんも、僕の事なんてちっとも理解してくれていないんです!!」
「おう。そう言うがな、鬼瓦くんも勅使河原さんの事をちゃんと理解してあげてないんじゃねぇか?」
「ま、真奈さんの事をですか? 彼女に会ったんですか!? 元気でしたか!? 体調が悪いとか、吐き気がするとかなかったですか!?」
まるで妊婦さんのつわりを心配するような言い方の鬼瓦くん。
「なんつーか、えらい具体的な心配だな。なんか身に覚えでもあるの?」
「いえ。ありませんよ……」
「一応確認するけど、その手に持ってるのは?」
「ゼクシィですけど。こっちはたまごクラブです」
「さては身に覚えがあるな!? この桃色脳内色ボケ鬼神野郎!!」
話の内容がアレになってきたので、店内ではご迷惑をおかけする事を考え、俺たちは温かい飲み物を買って外に出た。
俺は、勅使河原さんが本気で別れを考えている訳ではない事と、彼女がどれほど鬼瓦くんの事を大切に考えているのかを彼に説いた。
鬼瓦くんは本来、感情的になるような男ではない。
理性的で、多角的にものを考えられる鬼である。
そんな彼が、悔しそうに叫んだ。
「ゔああぁぁぁっ!! 僕はなんて馬鹿なんだ!!」
「おう。鬼瓦くん、せっかく買ったゼクシィがすげぇ勢いで丸くなってんだけど」
何をどうしたら雑誌を片手で紙の球にできるのかな?
「僕は、僕は臆病者です! 真奈さんの気持ちも知っていたのに、気付かないふりをして! 父さんに半人前の烙印を押されるのが怖くて、逃げ続けて!!」
鬼瓦くんの言う事にゃ、パパ瓦さんから一人前のパティシエとしての試験を受けるか否かについて、1年前から打診されていたと言う。
しかし、鬼瓦くんはそれを保留し続けていた。
自分が半人前だと分かった瞬間に、大好きな勅使河原さんも、大切な実家の洋菓子店も、全て失ってしまう気がして、恐ろしかったのだと彼は言う。
失敗談なら俺もそれなりに持っているので、勇気づけるのは任せておいてもらおうか。
「あのな、鬼瓦くん。俺ぁ今年、教員採用試験を普通に落ちてだな。マジでどうしようかと途方に暮れてたんだけども。そんな時に、親が言ってくれたんだよ。就職浪人でも何でも、お前が納得できるまで好きにして良いって。うちの家と君の家の事情を同列に語る気はねぇけどさ、親って俺たちが思ってる以上に、俺たちの事を考えてくれてるもんだと思うぜ?」
「……桐島先輩。……ゔぁい! 僕、店に戻ります! そして試練を受けます!!」
俺の恥ずかしい長セリフが鬼瓦くんのハートにコミットしたらしく、厳かに頷いた彼の瞳には力強い決意の炎が宿っていた。
これならもう大丈夫。
俺たちは、一緒に並んで歩いて、リトルラビットへと帰還した。
「あ! お帰りなさーい! 公平先輩、さすがぁ! ちゃんと鬼瓦くん説得して来たんですねぇー! やっぱり昔みたいに頼りになります!」
花梨さんのサイズの合っていない暴力的な制服姿が俺を出迎えた。
俺は紳士らしく、適切な感想を述べる。
「おう。花梨は昔と違って、色々と成長しているようで俺も嬉しいああああああああああああああああああああああ!!!」
言い終わる前に、右手を基点とした激しい全身の痺れにより、俺は声を上げる。
「やらしいコウちゃんはお仕置きなのだっ! じゃん! ビリビリコウちゃん3号!!」
「おう……。お前も、成長してんだ……な……」
役目を終えた俺は、リトルラビットの店先で倒れ伏した。
場面が変わってしばらく時が流れていたたら、多分俺は死んだんだと思う。
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