第565話 勅使河原さんと花嫁待機中
勅使河原さんは短大を卒業して、今はリトルラビットに勤めている。
だが、今回の離縁騒動で、3日前から出社拒否中。
俺と毬萌と花梨。
久しぶりに集結した生徒会トリオで、勅使河原さんの家を訪ねた。
「私は別に、武三さんの事を嫌いになったとかそういうのじゃないんですよ? ただ、いくらなんでも決心が遅いって言うか。考えても見て下さい。私、武三さんの隣でいつになったら結婚のお話が始まるのかなって思い始めて何年経つか分かります? 高校時代はそりゃ仕方ないですけど、卒業した時から期待と覚悟をしていたのに、そこからもう3年半ですよ? ほとんどオリンピック1回分待っているのに、未だに反応なしってひどすぎませんか? しかも、私から何度も逆プロポーズしているのに。あ、こちら、粗茶ですが」
客間でお茶出される前に話のほとんどが終了していた。
「どうするんですかぁ! 真奈ちゃん、想像の5倍くらい怒ってますよぉ!!」
「いや、俺も面食らってるところだよ! これは男にゃ荷が重い! 毬萌ぉ!」
「あーむっ! このおはぎ、おいしーね! 真奈ちゃんは良いお嫁さんになるよっ!」
「この天才ニート! なんでお前は昔っからそうなの!? ちくしょう、肝心な時に頼りにならねぇなぁ!!」
とりあえず、俺と花梨もお茶を頂くことにした。
俺たちも二十歳越えている訳であって、社会に出るための一般常識と正しいマナーくらいは身に付けている。
お茶請けのおはぎは毬萌の言うように絶品で、これは感想を口に出せずにはいられない。
「おう! マジで美味いな、このおはぎ! どこで買ったの」
「あ。私が、作りました」
「マジで!? 店で売ってるヤツみたいって言うか、もうそれ超えるぞ! すげぇな勅使河原さん!!」
地雷を踏んでいるのは俺だったと言うオチを先に述べておく。
それでは、勅使河原さんのお言葉を静聴願います。
「リトルラビットのために、私は和菓子作りの勉強をしてきたんです。短大で製菓コースを選択して。ほら、洋菓子じゃなくて、和菓子もお店に並んだらステキじゃないですか? 武三さんの腕前なら、絶対に美味しいものが作れると思うんです。だから、そのお手伝いをしたいなって思って、自分で言うのもなんですけど、花嫁修業をしていたんです。でも、花嫁にはいつまで経ってもなれなくて。もしかして、武三さん、私に飽きているのに、従業員が減るのを
「……おう! とてもよく分かる!! 痛いっ!」
もはや笑顔で彼女の言う事を肯定するしかないと判断して、笑顔で「いかにもその通り!」と膝を打ってみたら、隣の花梨に足をつねられた。
しばらく会わないうちに、なんだか反応がビターになったね、花梨さん。
「みゃーっ! じゃあ、真奈ちゃんは武三くんの事を嫌いになったのかな?」
「お前ぇ! なんつー事を聞くんだ!!」
火に油を注ぐ毬萌をいさめようとしたところ、勅使河原さんは大人しくなって、少し俯いた後にいつもの調子で答える。
「……いえ。私は、武三さんの事、ずっと、大好きです」
「そっかぁ! じゃあ、武三くんに早く覚悟を決めてもらわないとだねっ!」
「え? あの、皆さん、武三さんの代わりに、私に別れを告げに来られたんじゃ?」
「いやいや! 鬼瓦くんがそんな事言う訳ないだろ! 彼は勅使河原さんに別れを切り出されたって、ここ3日ほど大胸筋に覇気がないよ!」
「そうですよ! 昔の鬼瓦くんなら恋愛関係で公平先輩を頼るなんてあり得なかったのに、今はひどい有様ですから!」
花梨さん?
「今日は真奈ちゃんの気持ちをよく知りたいなって思って来たのだっ! コウちゃんに任せてたら、纏まるものも纏まらなくなっちゃうもん!」
毬萌さん?
「わ、私たちのために、あ、ありがとう、ございます! あの、毬萌先輩、おはぎのおかわり、食べますか?」
「みゃっ! 食べるーっ!! だって真奈ちゃんのおはぎおいしーんだもんっ!!」
「ふふっ。じゃあ、たくさん持って来ます、ね!」
結局、毬萌はおはぎを4つも食べた。
花梨にも勧めたら「あたしを太らせようとしてぇ!」と何故か怒られた。
そののち「にははー、コウちゃんはそーゆうとこ全然直らないのだっ!」と毬萌に総括された。
なんか知らんが、寄ってたかって俺のアイデンティティをいじめるのはおよしなさいよ。
「それで、結局何がどういう状態になってんの?」
「えー。公平先輩、そこからですかぁ? 相変わらず、女心は全然ですねぇ」
「花梨ちゃん、ダメだよぉ。コウちゃんだって頑張って生きてるんだから! 存在意義を減らしちゃったら可哀想なのだっ!」
勅使河原さんの家を出て、近くにあった公園でホットコーヒーを飲みながら、俺たちは作戦会議中。
と言うか、俺に状況を説明してくれている中。
「要するにですね、真奈ちゃんは鬼瓦くんの事を全然嫌いになってないんです!」
「でも、別れを切り出されたって鬼瓦くん泣いてるよ? そして
「もぉー。それは女の子の駆け引きですよ! いつまでも煮え切らない彼氏に、いい加減にしておかないと、愛想尽かしちゃいますって警告しているんです!」
「ええ……。そんな高度な情報戦なの? そんなの、言ってくれなきゃ分からんぞ!」
すると毬萌が俺を指さして「コウちゃんが良いことを言いましたっ!」と叫んだ。
1人だけ未だにコーヒー飲めない癖に、ずいぶんと偉そうじゃないか。
「この問題の根幹はそこにあるんだよ。武三くんに、真奈ちゃんの本来伝えたい意味が全然伝わってないの! 武三くん、女子力高いのに自分の事になると時々ポンコツになっちゃうからねーっ!」
日常生活の8割をポンコツで過ごしているお前にだけは言われたくないと思う。
まずは就職先を見つけてからものを言いなさいよ、毬萌さん。
「って事は、俺が鬼瓦くんに言ってやりゃあ良いんだな? 勅使河原さんはマジで別れようとしてねぇぞ! ってさ」
毬萌が大きくため息をついて、花梨はより大きくため息をついた。
なに、どういうことなの? この再結成は俺をいじめるのが目的なの?
「それじゃあ結局元通りじゃないですかぁ! あの人、絶対に言いますよ! じゃあ、早く一人前になれるように頑張るよ! とか!」
「だよねーっ。それで、また真奈ちゃんの我慢の限界が来たら、同じ事が繰り返されると思うのだ。せっかく2人の気持ちが寄り添っているのに!」
花梨の言う通りになると思うし、毬萌の言う事はもっともだと思う。
それならば、何をどうしたら良いと言うのだね。
出来ればそこんところを早く教えてくれないだろうか。
早いとこ正解教えてくれねぇと、多分この先、俺の活躍が一切なくなるから!!
願いが通じたのか、俺の感情が表情にダダ漏れだったのか。
まず花梨が言った。
「これはいい機会なんですよ! 鬼瓦くんには、覚悟を決めてもらいましょう!」
続けて、毬萌も言った。
「そだねっ! 障害になっているのは武三くんの気持ちだけだから、そこの解消をお手伝いしてあげて、2人には幸せになってもらおーっ!」
「おう! そうだな!!」
「みゃーっ……。花梨ちゃん、コウちゃんが分かった風な顔をしているのだっ」
「ですねー。公平先輩も高校時代からまったく成長していませんねぇー」
この子たちは、相変わらず人の心を読むのが実に達者である。
事態を3分の1くらいしか理解していない俺と、サッパリ理解していない鬼瓦くん。
彼の幸せに俺が携われる資格はあるのか。
なかったら、どこかでそれを学んでこなければならないので、2年くらい時が流れる事になるのだが、果たしてそれを避けることはできるのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます