第559話 心菜ちゃんとお買い物
俺の提言、と言うにはあまりに拙い思い付き。
それが採用された結果、ウナ大水泳部は部員に定期的な休養日を与える方針になった。
正直、これで水泳部の成績が落ちたらどうしようと思うと背中が冷や汗でビチャビチャになるが、心菜ちゃんが喜んでくれている事実に救われる。
彼女が笑顔でいられる今日が存在しているのならば、多分それは未来でも間違いであるはずがないからだ。
「いやー! ええんですか? ウチがお邪魔しちゃって! 心菜ちゃん、せっかくのデートやのに!」
「良いんだよ。心菜ちゃんとは毎日会ってるからね。それよりも、親友と過ごす時間も大切だろう? 美空ちゃん、もしかしたら地元に帰るかもしれないんだし」
美空ちゃんはデザインの専門学校に通っている。
「服飾関係は2年制が多いんですよ!」と花梨が言っていたけども、幸いなことに美空ちゃんが通っている学校は4年制。
だけども、4年なんてあっと言う間である。
俺はこの間大学生になった気がしているのに、もう半年と少しで卒業なのだから、これは確かな筋の情報と言っても良いだろう。
「心菜は、兄さまも美空ちゃんも大好きなので、一緒にお出掛け嬉しいのです!」
「ええ子やなぁ! 心菜ちゃんは! ウチも大好きやで!!」
「ほんまにええ子たちやで、2人とも」
天使を2人も連れて歩く俺は、駅前通りでも目立つらしく、道行く人たち、特に野郎がこちらを振り返る。
羨ましいのは分かるが、いやらしい目を向けてごらんなさいよ。
キノコの本気を見せつけてやるからな。
「はわっ! ここなのですか!? なんだかオシャレなお店です!」
「ウチは結構来たことあるんやで! 中もビックリするくらいオシャレやから、覚悟しときやー!」
ちなみに俺も1度訪れている。
お世話になった先輩方のお店なので、落成式にはキッチリとご祝儀持って馳せ参じた。
こちら、アパレルショップ『アマンド』である。
土井先輩と天海先輩が今年開業したお店で、天海先輩の独自ルートと、土井先輩がアメリカで獲得した販路を駆使して、個性豊か、バリエーション豊富な、今最も宇凪市で熱いとされているセレクトショップ。
なんと、街の広報誌にも紹介されている。
大学で知り合いに「ここのお店、俺の先輩たちがやってるんだぜ!」と触れて回ったのがこの春の事。
今日は事前に伺う事を連絡しておいたので、お客さんが絶えるタイミングまでは店の奥で待たせてもらう手筈が整っている。
では、いざゆかん。オシャンティーな店内へ。
「おう! こりゃあ、また、すげぇ繁盛してんなぁ。夏休みだし、ちょいと間が悪かったかもしれん。しまったなぁ」
店内には女性客が10人以上もいらっしゃる。
出直そうかと入口で考えていると、慣れ親しんだ声が俺を呼ぶ。
「おや、桐島くん。それに心菜ちゃんと美空ちゃん。ようこそおいでくださいました。遠慮は無用ですよ。奥へどうぞ。冷たい飲み物をご用意しております」
「土井先輩! すみません、お忙しいところ! こんなに賑わっているとは思わず。ああ、いや! こいつぁ、失礼を重ねてしまって!!」
すると、土井先輩は全てを見透かしたように、穏やかな声を出す。
「おやおや。桐島くんは、わたくしがせっかく訪ねて来てくださった親愛なる後輩とその恋人を追い返すとお思いですか? 美空ちゃんをご覧ください。もう、お客様の中に紛れておられますよ」
美空ちゃんの順応力の高さと、土井先輩の優しさに脱帽した。
「さあ、中へどうぞ。狭いところで恐縮ですが、手が空き次第お相手をさせて頂きます」
「こいつぁ、どうも、すみません。よし、行こうか、心菜ちゃん」
「はいなのです! 土井先輩、お邪魔いたします!」
もう一度、大繁盛の店内を眺めたのち、邪魔にならないようにスタッフルームへと俺たちは移動した。
そこには近くにあるスターバックスコーヒーのキャラメルマキアートが用意されていた。
容器が汗をかいていないことから、俺たちの到着を見越してのご配慮のようであり、俺は相変わらず理想の先輩街道を先頭でひた走る土井先輩にキュンとする。
「やあやあ! すまないな、桐島くん! 心菜ちゃんも! 思いのほか待たせてしまった!」
待つこと1時間。
天海先輩がやって来た。
「いえ! 俺たちは気楽な大学生ですから、お気遣いなく!」
「はわっ! お邪魔してすみません!」
「はっはっは! 良してくれ、そんな他人行儀な言い方は! 私と君たちの仲じゃないか! 心菜ちゃんの活躍も聞き及んでいるぞ! 素晴らしいな!!」
天海先輩は長く伸ばした黒髪が
こんな店員さんに「良く似合っているぞ!」と言われたら、俺ぁなんでも買っちゃう。
「むすーっ。兄さま、エッチぃ目をしているのです!」
「し、してないよ!? なんて事を言うのかな!? いや、先輩! 誤解です!」
「はっはっは! 可愛い彼女じゃないか! 私なんぞに目移りしているようでは、心菜ちゃんが怒るのも無理はないな! はっはっは!」
「天海先輩……。勘弁してくださいよ!」
先輩は「すまん、すまん」と頭を下げて、そののち言った。
「ちょうどお客も捌けたところだ! どうだろう、心菜ちゃん。ひとつ私に服を選ばせてはくれないか?」
「はわわっ!? でもでも、心菜、お金あんまりないのです」
「大丈夫だ! 代金なら当然俺が!」
そうとも、格好つけるために、今日は財布に3万入れて来たのだ。
お父さん、今日も働いてくれてありがとう!!
「おいおい、桐島くん。先輩の威厳を奪わないでくれ。後輩は先輩に気持ちよく奢らせるものだぞ?」
「そうでございますよ。実は、事前に美空ちゃんから心菜ちゃんの服のサイズを聞いておりましたので、既にご用意が整っております」
天海先輩相手でも厳しいのに、土井先輩まで顔を出されると、これはもう降参である。
俺は、2人のご厚意に甘えることにした。
「まずはこれだ! 花柄のワンピース! 可憐な心菜ちゃんに似合うと思うぞ!」
「えと、あの。心菜、胸が……」
そう言えば、心菜ちゃんってワンピース着ないよね。
そんな風に間抜けな顔をしていると、美空ちゃんが教えてくれた。
「おっぱい大きいと、ワンピースってシルエットが崩れたり、おっぱいの分、裾が前だけ上がっちゃったりするんですよ!」
「はわっ! 美空ちゃん! 恥ずかしいのです!!」
「安心すると良い! これは土井くんがアメリカで買い付けてきたものでな、バストサイズの大きい女性向けに作られているのだ!」
「同じブランドのもので、5分袖のブラウスとスカートもご用意しておりますよ。大きめのリボンが心菜ちゃんの雰囲気に合うかと思います」
「兄さま?」
「試着させてもらおうぜ! 俺ぁこれ着た心菜ちゃんをぜひ見たい!!」
パァッと表情が明るくなった心菜ちゃんは「はい!」と元気よく試着室へ。
天海先輩が着いて行ってくれる。
「すみません。土井先輩。お気遣い頂いちまって」
「ふふっ。お気になさらずに。桐島くんの頑張りは、美空ちゃんから聞き及んでおりますゆえ、これはそんな後輩へのささやかなエールだと考えてくださいませ」
「美空ちゃんから? なんてこった、君はスパイ活動してたのか」
「へっへー! すみません!」
その後も3人で雑談していると、心菜ちゃんが試着を終えて、こちらに歩いて来た。
「これはこれは」
「可愛いで、心菜ちゃん!」
「兄さまぁ? 心菜に似合ってるですか? 自信ないのです……」
ウルトラソウルをキメなかった俺を、ゴッドは称賛しても良いと思う。
カラフルな花柄を従えた花の女王な心菜ちゃん。
似合うとか似合わないとか、そんな言葉を口にするのがもう既に無粋と思われた。
「すっげぇ可愛い! その辺を自慢して歩きてぇくらいだよ!」
「はわっ! ……嬉しいのです!」
たまの息抜きに先輩たちのお店へ来て良かった。
心菜ちゃんは大満足。気力も充填された様子。
ならば、俺が満足しない理由がない。
自分の恋人が笑っていれば、それですべてが満たされるものなのである。
それからと言うもの、暇を見つけては『アマンド』に出掛けるのが俺たちの日課になった。
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