第555話 心菜ちゃんと女子大生
宇凪市立大学、通称ウナ大。
それなりに偏差値が高く、スポーツ関係の部活にもそれなりに力を入れている。
確か、柔道部の2年生の女の子が全国大会で3位だったとか。
あとは、陸上部も定期的に全国クラスの選手を輩出している。
水泳部は正直その手の噂を耳にしない。
そんなウナ大からの特待生勧誘を受けることにした心菜ちゃん。
学科試験は免除され、高校時代の成績と内申書、それに加えて面接と小論文の出来栄えに彼女の合格の可否は委ねられた。
とは言え、特待生入試である。
よほどの事をしない限りは、心菜ちゃんならまず問題ない。
それなのに、俺と一緒に小論文の勉強を頑張った彼女。
そんなこんなで訪れた、春。
今年の桜は開花が観測史上最速だったとかで、入学式の行われる本日、キャンパス内の並木道はすっかり緑の葉に変わっている。
そっちの桜じゃなくて、大事なサクラは咲いたのか?
合格発表をすっ飛ばしている時点で、聡明なゴッドはお気付きだろう。
「兄さま! 写真を一緒に撮りましょうなのです!!」
「あぁぁぁっ……。おう。撮ろう、撮ろう!」
リクルートスーツ姿の心菜ちゃんを前にして、あやうくウルトラソウルをキメそうになったが、どうにか理性で押しとどめた。
俺もなかなかやるようになった。
まあ、今年の7月で22になるので、いつまでも公衆の面前で絶叫している訳にもいかない。
「はわ! ブラウスとスーツのボタンが外れそうなのです!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
だから氷野さんのスーツ借りるのはヤメようって言ったのに!!!
身長が氷野さんとほぼ同じになった心菜ちゃん。
もったいないからと言う理由で、氷野さんのリクルートスーツを1着もらって、それを仕立て屋さんで調整した。
しかし、心菜ちゃんの胸部は、それはもう大層なアレがナニしているので、ちょっとやそっと仕立てたくらいではどうにもならなかった。
ブラウスだけちゃんと買い直したのに、どうしてそれでボタンが飛びそうになるのか。
さては、あのレディースフォーマル専門店のお姉さん、心菜ちゃんのバストに嫉妬して適当に選んだな?
まったく、何と言う職務怠慢。
本当にありがとうございます!!
さて、写真だったか。
早いとこ済ませないと、心菜ちゃんの胸をいやらしい目で見る男どもが湧いてこないとも限らない。
急がねば。
「おう。毬萌。ちょいとシャッター押してくれ」
「みゃーっ……。コウちゃんが心菜ちゃんの事、やらしい目で見てるのだ……」
「なんだよ! 俺の彼女だぞ! ちょっとくらい見たって良いだろ! って言うか、お前、暇だからってついて来たんだから、シャッターくらい黙って押せよ!!」
心菜ちゃんのご両親は残念なことに都合がつかず、入学式に参加できなかった。
そこで「すまんが、心菜を頼めるか」と信頼と実績の桐島ブランドをご指名してくださったのがお父様。
断る理由がなさ過ぎるため、二つ返事で拝命したのち今日をウキウキしながら待ち構えていた俺。
そんな俺の部屋に不法侵入してきたのが、俺の幼馴染。
なんでも、四年生になって早々に、大学の研究室でロボット工学についての研究をすると言う進路を決めたため、暇に任せて帰省して来た毬萌。
「明日は大事な日だから相手はしてやれん」と言ったらば「じゃあ、わたしも行こーっ!」とか言って、マジでついて来やがった。
「むすーっ。兄さま、毬萌姉さまとくっ付き過ぎなのです!」
「おう。いや、全然くっ付いてないよ? 今、こいつにシャッター押させようとして、スマホを渡してたとこ」
「そうだよっ! コウちゃんは心菜ちゃんの彼氏だからねっ! わたしいらなーい!!」
「おまっ! なんつー恩知らずな。どんだけお前の人生で助けてやったと思って!」
「兄さまぁ! 特別におっぱいに触って良いので、心菜だけを見て欲しいのです!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「みゃーっ……。コウちゃん、しばらく会わない間にバカになったよね……」
嫉妬する心菜ちゃんは大変愛おしく、俺は締まりのない顔で心菜ちゃんの隣に立ち、腕には暴力的なまでの破壊力を誇るバストが押し付けられ、そんな様子を見ている毬萌が心底呆れた顔でシャッターを連射した。
20連射くらいしたので、1枚くらいまともなヤツもあるだろうと思ったら、金太郎飴みたいにどのカットも俺は間抜け面をしていた。
俺は、この写真を心菜ちゃんのご両親にどの面下げて見せたら良いのか悩むことになるるのだが、まあその話はいいか。
「ここの喫茶店、パフェが美味いんだよ! 食事に気を遣ってるのは知ってるけど、今日はめでたい席だし、頑張った心菜ちゃんにご褒美ってことで、食べちまおう!」
「はわっ! 良いのですか!? お、美味しそうです!」
「コウちゃん、わたしはチョコレートパフェにするのだっ!」
「お前は自分で払えよ」
「心菜ちゃん! フルーツパフェ頼んで、ちょっとずつ交換しよっ!」
「毬萌姉さま、天才なのです! 兄さま、そうしてもいいですか?」
「お前、相変わらず頭の回転は速いみてぇだな。毬萌よ」
「にははーっ。大学でも主席なんだよーっ! 参ったか!!」
結局俺は3人分のパフェを注文させられた。
お前も食うのかって?
いつから男がパフェ食っちゃいけない世界になったのですか、ヘイ、ゴッド。
「みゃーっ! おいしー! それにしても、やっぱり2人はお似合いだねぇーっ!」
「なんだよ、藪から棒に。言っとくけど、おかわりは自分で頼めよ」
「そんなんじゃないよぉー。心菜ちゃんがコウちゃんのこと好きなの、ずっと知ってたからさっ! ちゃんと恋人同士になった2人を見るのは嬉しいのだっ!」
「はわっ!? ま、毬萌姉さま、知ってたのですか!?」
「うんっ! ずっと気付いてたよ! 多分ね、花梨ちゃんも気付いてたんじゃないかなぁ? やっぱり、コウちゃんの事を一番好きな人がコウちゃんの隣にいて欲しいなって、よく花梨ちゃんと話してたんだぁー!」
「はわわわっ! 恥ずかしいのですぅ……」
「……心菜ちゃんが可愛いから、おかわりは1度までなら許す」
「やたーっ! コウちゃんは相変わらずコウちゃんだねぇー! すみませーん!!」
それにしても、毬萌のヤツめ。
心菜ちゃんの気持ちに気付いていたとか、生意気な。
それならば、教えてくれたら良いじゃないか。
「心菜ちゃん、水泳で日本一目指すんだよね! わたし、大会の応援、絶対行くからねっ! 日本一と言わず、世界一を目指すのだっ!!」
「公平兄さまだけじゃなくて、毬萌姉さまも応援してくれるのですか?」
「もちろんだよーっ! わたしだけじゃなくて、花梨ちゃんも、マルちゃんも、心菜ちゃんの事知ってる人はみーんな! 絶対に応援してくれるよ! だから、頑張って!!」
すると心菜ちゃん、パフェを食べ終えてグラスの水をこくんと飲んだと思ったら、両手を胸の前でギュッと握って誓いを新たにする。
「はいです! 心菜、頑張るのです!! むふーっ!!」
「にははっ! その意気だよー! 頑張れ、頑張れー!!」
毬萌のアホ毛がぴょこぴょこと左右に揺れる。
まったく、天才様は人を励ますのが相変わらずお上手なことで。
これは俺も大いに見習わなければならい。
心菜ちゃんの一番近くで彼女を支えるのは、他の誰にも出来ない、俺だけの使命なのだから。
「あっ! わたしもう行かなきゃ! お母さんと一緒におばあちゃんの家に行くんだ! じゃあ、心菜ちゃん! またね! コウちゃんをよろしくお願いしますっ!!」
俺が立てた誓いをすぐに叩き折りに掛かるんじゃないよ。
よろしくお願いされるのは俺の方だろうに。
「はい! 心菜、兄さまを幸せにして見せるのです!!」
よろしくされてしまった。
まあ、心菜ちゃんが良いなら、それで良いよ。
こうして、心菜ちゃんは無事に女子大生へとクラスチェンジ。
毬萌の応援も推進力に変えて、さらに前へ、少しでも遠くへ。
彼女の挑戦は始まったばかりである。
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