第554話 心菜ちゃんと夏の思い出
「おう。もしもし? 心菜ちゃん、明日暇かな?」
『暇なのです! と言うか、大学が推薦になってしまったので、お勉強の時間が減って、部活に行くくらいしか予定がないのです。兄さまは3日に1回しか会ってくれないですし!!』
俺の恋人がお怒りである。
本当なら毎日会いに行きたいのだが、俺も少しばかり忙しくなってしまったため、心苦しいが彼女には我慢してもらっている。
これも2人の将来のためなのだ。
しかし、せっかくの高校生最後の夏に、思い出の一つも作らないのでは色気がないではないか。
そこで俺は、お出掛けを提案する。
「あのさ、明日と明後日で花祭ファームランドに行かない? ほら、昔俺たち生徒会と一緒に合宿したところ。覚えてるかな? あそこってプールもあるし、夏の思い出作るにゃちょうど良いかなって思ってさ」
『はわっ! こ、公平兄さまと、お泊りなのです!?』
「おう。鬼瓦くんが車出してくれるらしいから。彼と勅使河原さんと俺たち、4人で一泊って感じなんだけど」
『……むすーっ。兄さまって、そーゆうとこがあるのです』
おかしいな。
とびきりステキなプランだと思ったのに、なんか心菜ちゃんの反応が思ってたのと違う。
「あ、もしかして、ご両親に怒られるかな? やっぱまだ高校生だもんな。ごめん、俺ぁそこんところまで考えが回らなかった!」
『行くに決まっているのです!! 父さま、父さま!! 公平兄さまとお泊りに出掛けてもいいですか!? はいなのです! むふーっ! 許可を取り付けました!!』
お父様、今日もお休みでしたか。
俺はその後、明日の朝迎えに行くことと、ご両親には「4人で出かけるってちゃんと言ってね!?」と強く付言して、電話を切った。
明けて翌朝。
鬼瓦くんのパジェロに乗って、俺たちは一路、懐かしの花祭ファームランドを目指す。
「心菜ちゃん! 私服可愛い! いつも制服か部屋着だから、新鮮!!」
「……ありがとなのです」
「それは桐島先輩が悪いですよ。最初に僕たちがいるって伝えないで、泊りがけで出かけようなんて言うんですから。女の子は色々と思うところがありますよ」
ハンドルを握る鬼瓦くんは、いつも清く正しい女子の味方。
妙だな。昔の彼なら、俺の味方のはずだったのに。
「こ、心菜ちゃん、期待しちゃったもん、ね? 私、気持ち、分かるよ?」
「皆さん、やっぱり大人なのです! ……公平兄さま以外は!!」
実に困った。
心菜ちゃんがへそ曲げているのも確かに困るが、それ以上にへそ曲げた心菜ちゃんが可愛いのでこれは困る。
怒った顔も可愛いねぇ。うへへ。とか言ったら、火に油なのは明白なのに。
さすがはド平日。
働いている世の中の父ちゃんと母ちゃんに感謝しつつ、学生は青春を謳歌するのだ。
「お待たせ、しました!」
「兄さま! もう許してあげるのです! 見て下さい! 今年買った水着なのです!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!
「桐島先輩。何となく後ろに倒れて来そうな気配を感じていたので良かったですが、気を付けて下さい。プールサイドで頭を打ちますと、先輩の場合は多分死にます」
「お、おう。こいつぁすまん。いや、心菜ちゃんの水着があまりにも眩しくて、アレがナニしちまってな」
心菜ちゃんの水着と言えば、競泳水着とシナプスにすり込まれている俺である。
それが急に、緑のビキニで彼女の姉さまに似なかった立派な胸部や、日々のトレーニングで引き締まったウエストや、魅惑の太ももを見せられたら。
そりゃあまあ、ウルトラソウルがキマるのも致し方ない。
「はわ! 兄さま、立ち眩みなのですか!?」
「うん。心菜ちゃんの水着の破壊力が凄すぎてね。とっても可愛いよ」
「はわわ! もう、兄さまは困った兄さまなのです! 心菜の水着姿には慣れてくれないと、その。将来はもっと、えと、薄着になることも、あるのです……」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!! はぁぁぁぁぁぁい!!!」
「ああ! 桐島先輩! 頭からプールにダイブはまずいですよ! ぜんばぁぁぁい!!!」
鬼瓦くんの絶叫を聞きながら、俺はとても幸せだった。
その後、30分かけて心菜ちゃんの水着に慣れた俺は、4人で楽しくプールを満喫した。
場面は変わり、温泉へ。
「いいお湯だったのですー。あ、真奈姉さま! 兄さまたちいたのです!」
「ホントだ。ふふっ、お待たせしちゃった、ね」
女子の風呂が長いのは誰だって知っている。
それに不平不満を叫ぶの者がモテないことも知っている。
どうせなら、世界の中心で愛を叫びたいくらいの気概は常に持とうじゃないか。
「おう。2人とも、じっくり温泉堪能して来たか? うんうん、女に磨きがかかってんな! 結構なことだ!」
「桐島先輩。タイミングの良いことに、レストランがちょうど空いているようです」
女子の湯上り姿を「これは良いものですねぇ」と眺めている俺に対して、鬼瓦くんは巨体に似合わぬ俊足飛ばして次のフェーズに移行していた。さすおに。
そして、高校時代にお世話になったレストランに再びやって来た俺たち。
伊勢海老も元気そうに蒸し焼きにされていた。
もちろん食べたとも。心菜ちゃんと一緒に。
湯上り心菜ちゃんは若干服装にスキが見受けられて、「やはり俺は女子のスキと共に生きる宿命なのか」と自分の運命を悟り、そっと「心菜ちゃん、胸もとがちょっとナニだよ」と彼女に告げると「兄さま、エッチぃのです」と怒られた。
どうすれば正解だったのかは、今の俺には分からない。
温泉で体を清めて、レストランで胃袋を満たした俺たちは、一旦コテージへと引き上げて、ベッドの配置を決める。
「僕と真奈さんは2階で寝ますから、先輩たちはこちらのベッドを使って下さい」
「おう。良いのか? 2階って確か、簡易ベッドだったろ?」
「あ。平気です。武三さんが、ベッドを運びますから」
「真奈姉さま、でもベッド1個しかないですけど。どうするのです?」
「ふふっ。私たちはね、ひとつで充分、なんだよ」
心菜ちゃん、20秒ほどで言葉の意味を理解する。
「はわっ!! ま、真奈姉さま、大人なのです……! 兄さま……?」
「いや!? だ、ダメだぞ! 心菜ちゃん、君はまだ高校生なんだからな!? ダメだ、絶対に!! そりゃあ、俺も一緒のベッドで寝たいけども! それはダメなヤツ!!」
「はわわー。心菜、まだ何も言っていないのですよ? 兄さまー?」
「なんか俺、年下にからかわれなくちゃダメな星の下に生まれた気がするよ」
ベッドに寝転がる心菜ちゃん。
そうはさせるかと、俺は彼女にさっき買っておいたものを見せる。
「まだ夏の思い出は足りてねぇんじゃないかな? ほら、花火やろう!」
「はわっ! 兄さま、そーゆう気配りが上手なところ、昔から大好きなのです!!」
あ、ああ、あああ!
すんでのところでウルトラソウルを耐えた俺を、ゴッドは褒めたら良いと思う。
そして4人で仲良く手持ち花火。
本当なら花火大会にでも連れて行ってあげたかったけども、心菜ちゃんのスケジュールが推薦入学によって空いたのが盆過ぎだったからなぁ。
「公平兄さま、線香花火一緒にやりましょう!」
「おう。心菜ちゃん、渋いなぁ。まだ他の花火もいっぱいあるのに」
「心菜、線香花火が好きなのです! 公平兄さまも好きなのです! 好きと好きを一緒に楽しめるなんて、とっても贅沢なのです!!」
「そっか。誘ってみて良かったよ。まあ、これから夏は何度だって来るんだから、高校生活最後の夏休みの思い出は、これくらいで勘弁してくれるかな?」
線香花火の頼りない光に照らされた心菜ちゃんの表情はとても嬉しそうで、返事は必要ないようだった。
こうして、変化の夏は過ぎ去り、時間が流れていく。
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