心菜ちゃんifルート

第548話 天使との恋愛は成立するのか

 【ご注意ください】

 ifルートは、あくまでも「あり得たかもしれない可能性」を元に語られるお話です。

 よって、本編終盤、および『毬萌との未来編』とは、似ているけども別の時空だとお考え頂けると幸いです。


 特に、ifエピソード同士は確実に矛盾が生じますので、そのような展開が好みではない方はご注意ください。

 ゴッド各位におかれましては、ご理解のほどよろしくお願いいたします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 毬萌が県外の川羽木大学を受験すると言って自立して、花梨が東京の大学を受験して街を出て、氷野さんも希望通りのシンシア女子大学に進学して。


 俺はと言えば、独り宇凪市に残り、宇凪市立大学に通っていた。

 そして、2度目の夏休み。

 7月の誕生日で、めでたく二十歳になった。


 これで酒だって飲める。合コンにだって行けちゃう。

 楽しい大学生活をいくらでも謳歌できる準備は出来ている。



 それなのに、何故か心が寂しいのはどういうことか。



 毬萌は自分で道を切り開くことで、花梨は自分の夢にまい進することで、俺を安心させてくれた。

 「だから、これからはコウちゃんの好きなようにしていいんだよっ!」と毬萌は言った。

 「公平先輩なら、きっとステキな未来が待っています!」と花梨は言った。


 別に、「高校生活がずっと続けばいいのに!」なんて、頭メルヘンな事を考えていた訳ではない。

 充足した時間には限りがあり、だからこそ、その時間は輝くのだと、俺は知っていた。


 それなのに、なんだかぽっかりと穴の開いてしまった心を放置して、1年半。

 今日も俺は、夏休みを空虚に過ごす。


 テレビでは、面白いのかイマイチ分からないお笑い芸人が一発ネタを披露して、観客が「わはは」と沸いている。

 俺もそれに合わせて笑ったら気分が高揚する気がして、試しに「ははは」と笑ったら、余計に虚しくなった。


 もう、昼寝でもするかとベッドに転がったタイミングで、下の階から声がする。


「あんた! ちょいと、あんたぁ! お客さんだよ! 降りて来なぁ!!」


 客? 俺に?

 ああ、茂木だろうか。あいつは俺と同じ、ウナ大に進学している。

 たまに遊びに誘ってくれる。


 それとも、鬼瓦くんだろうか。

 彼は隣の市にある、山目大学に通っている。

 同じく、時々お茶に付き合ってくれる。


「おう! 今行くよ!」


 気晴らしに、どこか出かけるのも良いかもしれない。

 水分補給をしっかりしないと、今日も太陽は頼んでもいないのに全開営業中。

 俺ぁ油断すると、その辺で倒れかねない。


「へいへいっと。お待たせしましたー」



「はわわ! 公平兄さま、お久しぶりなのです! 来ちゃいました!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」



 久しぶりにウルトラなソウルを振り絞ったものだから、全身の毛穴から水分が放出されて、俺の意識は遠くなる。

 これが噂に聞く夏の幻ってヤツか。


 心菜ちゃんをチョイスしてくれる辺り、意外と気が利くじゃないか。



「んぁ? ああ、夢か」


 こんな言いそうで言わない、少し言ったりするセリフを口に出すのは、凡才の俺にはピッタリだなぁと天井を見上げて思う。


 しかし、なにやら天井と俺の顔の間に遮蔽物しゃへいぶつがある。

 それに、なにやら頭の下がやたらと柔らかい。

 ははあ、さてはまだ夢見てるな? アレだ、明晰夢ってヤツだ。


「公平兄さま? 大丈夫です?」

「いやぁ、心菜ちゃんが出て来てくれるなんて、今日の夢はとびきり上等だなぁ」


「はわ! 兄さま、しっかりして欲しいのです! お水飲んでください!!」

「おぶっ」


 なんか柔らかいものが顔に覆いかぶさって来た。

 ものすごくいい匂いがするけども、これは少々息苦しい。


「ちょいと、あんた! いつまで女子高生の膝枕で寝てんだい! 母さんは息子が事案で捕まるのはご免だよ!! いい加減にしときな! 心菜ちゃん、ここにゴディバのチョコレート置いておくからね。ゆっくりしていくんだよ!」


「はいです! お母様、ありがとうございます!」


 遮蔽物の正体は心菜ちゃんの胸。

 柔らかいものの正体は心菜ちゃんの太もも。

 いい匂いの正体はアリエル女学院の制服。柔軟剤と石鹸の香りだな。



 これ、どうやら夢じゃねぇな!?



「あの、心菜ちゃん? 俺ぁもしかして、大変な粗相をしでかしているんじゃ?」

「はわわ、公平兄さま、急に来ちゃってごめんなさい。ビックリさせてしまったのです。心菜、ちゃんとお電話してから来るべきでした」


「ビックリはしたけど、倒れたのは俺が怠惰な生活で夏バテしてたせいだから、気にしないで。と言うかごめん! 起きるよ! いや、何というご褒美! じゃなかった、何という失礼を! 大変結構な太ももでございました!!」



 何を言っとるんだ、俺は。



 どうにか、この数十分で失ったと思われる年長者の威厳を取り戻そうと努力したものの、努力をしたらどうにかなるのは幻想である。

 報われない努力の数が多いからこそ、開いた花は美しいのだ。


 俺のヤツはつぼみのまんま、地面にダイブしたよ。


「それにしても、よくうちが分かったね。あ、お茶淹れるよ」


 麦茶を飲んで、水分補給。

 そしてお客人の天使にお茶も出さない無礼に気付き、慌てふためく。


「むふーっ。姉さまに聞いて来たのです! 今日は、公平兄さまにお願いがあって、急に押しかけるような事をしてしまったのです。ごめんなさい」

「ああああ! いや、全然、もう、全然謝る必要なんかねぇから!! 俺なんか、朝から部屋で5時間同じ姿勢でテレビ見てたし! 何の迷惑もねぇよ!?」


 自分から恥を晒していくスタイル。



「公平兄さま、あの、心菜の家庭教師をして欲しいのです!」

「えっ!? 俺が!? 心菜ちゃん、氷野さんと同じシンシア女子大志望でしょ!?」



 俺の錆びついた学力でお役に立てるとは到底思えないのだが。

 と言うか、既に心菜ちゃんの方が賢い可能性が極めて高い。



「心菜、進路を変更するのです! 宇凪市立大学に進学するつもりなのです!」

「ええっ!? ウナ大!? いや、悪ぃ大学じゃねぇけど、なんで!?」



 アリエル女学院の高等部は、全てのクラスが一般の高校における特進コースだと伝え聞く。

 そんな高度な教育を受けているのに、偏差値そこそこで、「ウナ大出身です」って言ったらまあ恥はかかないくらいのレベルのうちの大学を受験するの?


 もったいないったらない!

 これは、俺が止めて差し上げなければ!!


「心菜ちゃん、進路はもっと慎重に選ばないと。姉さまが悲しむよ? あと、お父様とお母様も。何か、ウナ大に特別な思い入れでもあるのかな?」

「えとえと、心菜、実はずっと決めてた事があるのです。心菜が高校二年生になった時に、兄さまが、心に決めた人と一緒じゃなかったらって!」


 話が見えなくなってきた。

 真っ暗なトンネルに突入したな。

 しかし、暗闇の中でも心菜ちゃんの瞳は真っ直ぐに俺を見据えていた。


「公平兄さまは、お付き合いしている女性、いないですよね?」

「おう。生まれてこの方いないよ? 今や、一番親密な異性は母さんと言う、ある意味では地獄のような状態だよ?」


 すると、心菜ちゃんは真剣な表情のまま、とんでもない事を言い出すのだから、これが夏の幻なら、速やかに覚めて頂きたい。



「心菜は、公平兄さまの事が好きなのです! だから、公平兄さまと同じ大学に行きたいのです! 1年しか同じキャンパスで過ごせなくても、構わないのです!!」



 心菜ちゃんは、中学二年生の頃と比べると、見違えるほど大人っぽくなった。

 身長は氷野さんと同じくらいまで伸びたし、髪も伸びたし、言葉遣いもハキハキとしている。


 そんな大人びた天使が、ちょっと何言ってるか分からない。


 これは緊急事態。

 干からびていた俺の生活が、一瞬で天界まですっ飛ばされた。

 どうしたものか。


 とりあえず、窓から飛び降りればいいのかな?

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいって叫べば良いんでしょう?



 これは、天使が大空へ羽ばたくため、俺と一緒に青春を駆け抜ける話。

 その、イントロダクション。

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