第549話 心菜ちゃんと告白

 俺の部屋に、天使が降り立った。

 ちょっと奮発して買ったガラスのテーブルに映るのは、まごう事なき天使と、貧相な上に最近はしなびてきているエノキタケ。


 そんなキノコ界の恥さらしを前にして、心菜ちゃんが言う。

 「俺の事が好きだ」と。


 そろそろ氷野さん辺りが「ドッキリ大成功」って看板抱えて、俺の尻を蹴りに来るのではないか。

 そう考えるのが自然だと断言できるし、心菜ちゃんの言葉を額面通り受け取るのは、あまりにも分不相応だと言う自覚くらいは俺も持ち合わせていた。


 しかし、だけど、ところがどっこい。



「兄さま、心菜は本気です! 心菜、兄さまの事が大好きなのです!!」

「わ、分かった! ちょっと待って! 落ち着こう! ほら、お茶を飲んで!」



 心菜ちゃんの瞳は相変わらず真剣そのものだし、ドッキリの看板持った人影は現れないし、動悸がするし眩暈めまいもするし、お茶を飲むべきは俺のような気もするし。


「むふーっ。美味しいです! ね、兄さま!」

「いや、もう、本当にね。夏は麦茶に限るなぁ」



 いや、そうじゃないんだよ!!



 俺が落ち着いてどうするんだ!

 俺は焦ってなんぼな状況じゃないか!!

 落ち着いて欲しいのは心菜ちゃんだろうが!!!


「心菜ちゃん? あの、なんつーか、ね。そういう気持ちって言うのは、高校生くらいの頃に年上の異性に抱きやすいと言うかね。いや、もちろん、それすらも俺にゃあ過分も過分な話なんだけど。多分、憧れとか、そういうアレがナニして」


「あ、そういうお話はもう姉さまとたくさんしたので、大丈夫なのです」

「えっ!? 姉さま、この事を知ってんの!?」


 あと、心菜ちゃんの声が低めのトーンになるの初めて聞いたけど、なんか尻の穴がキュッてなった。


「はい! 今日、公平兄さまの家にお邪魔する事も全部知ってるのです!」


 そう言えば、俺の家の場所は氷野さんに聞いたと言っておられたな、この天使様。

 冷静になってみれば、氷野さんが心菜ちゃんを単身で俺の家に向かわせること自体が異常な状況ではないか。


 あの過保護な氷野さんだぞ。

 そして、その氷野さんが目に入れても痛くない妹が心菜ちゃん。



 普通なら、俺の家を空爆して更地にするくらいの事は平気でやってくるはずなのに。



 これは、いよいよもって、真実味が増して来た。

 夏の魔物、サプライズが過ぎない?

 俺、極度の緊張でさっきから血圧の乱高下が激しいんだけど。


 殺しにかかってる?


「ライクかラブかの議論はもう済んでいるのです。もちろん、心菜の答えはラブなのです。この胸いっぱいの愛は全部、兄さまのものなのです!」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!



 いや、バカ! 愛とウルトラソウルかけて遊んでる場合じゃねぇよ!!


 その大きな胸に詰まっているものが俺への愛だと心菜ちゃんは言う。

 大変嬉しいことだけども。恐悦至極だけども。


「あの、心菜ちゃん? なんで俺なのかな?」

「そう来ると思ったので、ちゃんと理由も言えるように準備してきたのです」


「お、おう。いや、だって、この2年会ってなかったじゃない? それが、突然惚れたの愛だのって話になると、俺も戸惑っちまうって言うかさ」


 心菜ちゃんは「お話します」と言って、大きな瞳で俺を見る。

 まずいな、見ているだけでもう全てを受け入れそうになる。


「心菜は、兄さまに初めて会った時から、ずっと好きだったのです。だけど、それは心菜の幼さが見せている幻想かもしれないとも思っていたのです。だから、兄さまが二十歳になって、心菜が初めて会った時の兄さまと同い年になった時、もう一度しっかりと確かめようと思ったのです」


 論理的な心菜ちゃん。

 すごいなぁ。成長したなぁ。可愛いなぁ。


「結果から言うと、やっぱり心菜は公平兄さまの事が好きだったのです。この人と一緒に過ごしたいと思ったのです」


 思わず聞き惚れていたが、それじゃあいかんと俺の中の危機管理システムが警報を鳴らす。


「し、しかしなぁ。ほら、俺たち、結構年が離れてるし」

「父さまと母さまの年は5歳離れているのです! だから、心菜も安心して良いよって、2人も言ってくれたのです!!」



「えっ!? ちょっと待ってね!? 心菜ちゃん、ご両親も承知してるの!?」

「はいです! 桐島くんなら不足はなかろう。って父さまも言ってたのです!!」



 俺は、空になったグラスに3杯目の麦茶を注いで、一気の飲み干した。

 そろそろ反論する材料がなくなってきたので、時間稼ぎである。


「大人になってからの5歳差と、今の俺たちはちょっと違うよ。心菜ちゃん、まだ高校生じゃないか」

「もちろん、心菜も高校生の間は節度のあるお付き合いをするつもりなのです! エッチぃのはダメなのです! むふーっ」


 俺の周りには撃ち尽くされた空薬きょうが散らばっている。

 そして全弾撃ち込んだにも関わらず、心菜ちゃんはノーダメージ。

 それどころか、何発か跳弾となって、俺が被弾する始末。


 少しだけ、柔軟な考え方をしよう。


 心菜ちゃんと遊びに出掛ける事なんて、彼女が中学生の頃から結構あったではないか。

 一緒に花祭の学園祭回ったり、その前にキャンプ場ではひとつ屋根の下で一晩過ごしたりもしている。


 そもそも、俺は心菜ちゃんの事を女子として見た事がないのではないか。


 いつも、天使のようだとばかり思って、可愛い妹のように感じていた。

 実際のところは、同級生の妹であって、俺の妹ではないのに。


 ならば、今、目の前にいる超のつく美少女と仲良くしたくないのか。

 俺は俺に問いかける。



 愚問である。望むべくもない。こちらから土下座してお願いしたいまである。



 そうなってくると、話も変わって来る。

 別に、何の問題もなくね?

 そんな意見が、脳内でも多数派を占め始める。


 とりあえず、ここで頑なに彼女を突っぱねる必要はない事がハッキリとした。



「あの、兄さま? もちろん、兄さまにご迷惑なら、心菜はそれで納得するのです。恋愛は1人じゃできないのです。そのくらい、心菜だって分かる年なのです」


 少し考え込んでしまったので、沈黙が続き、それは心菜ちゃんを不安にさせてしまったらしかった。

 これはいけない。

 エノキタケである前にジェントルマンであれと誓った高校時代を忘れたか。


 ぶっちゃけ、灰色の大学生活で忘れていたけども。

 今はその辺の事情は脇に置いておこうじゃないか。


「じゃあ、まずは家庭教師の話を引き受けようかな。それから、少しずつ一緒に過ごす時間を増やしていく……。と言うのは、どうだろう?」


 我ながら、見事な折衷案せっちゅうあんだった。

 ついでに、それは心菜ちゃんの琴線にも触れたらしかった。


 彼女は、テーブルを丁寧に横へ避けたあと、俺に向かって飛びついて来た。


「はわわ! 兄さまと一緒に過ごせるのです! 心菜、嬉しいのです!!」

「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」


 柔らかかったりいい匂いだったりが、俺の理性をワンパンKOした。

 男やもめをこじらせていた喪男子大学生には、あまりにも刺激が強すぎた。


「はわ? あ、あれ、兄さま? 兄さま、しっかりしてください! 兄さま!!」

「あ、ああ、いや、大丈夫。ちょっとね、心がモッキョリ逝っただけだよ」



 心菜ちゃんの破壊力を知ったつもりでいた俺である。

 が、男子三日会わざれば刮目して見よと言うではないか。


 天使に2年会わざれば、そりゃあもう、色々と刮目するに決まっている。


 もはや終わったと思っていた俺の青春。

 よもや、こんなスロースターターなお寝坊さんだったとは。


 遅咲きのつぼみは、さぞかし大輪の花を咲かせるだろう。


 覚悟はできた。

 ならば、この桐島公平、もう一度恋愛と言う名のサバイバルに身を投じようではないか。

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