第546話 氷野さんと同窓会
大学生で2度目の春休み。
俺は氷野さんのマンションの前で、迎えを待っていた。
「ちょっと、ホントにいいの? あんたたち水入らずの方が良いんじゃないかしら」
「いいに決まってるじゃない。むしろ、氷野さん連れて行かなかったら俺が怒られるよ。毬萌なんて、絶対フグみてぇな顔で2時間は文句垂れて来る」
大学生の春休みは長い。
ならば、県外に出ている仲間も、故郷の宇凪市に帰省してくる。
「あ。なんかいかつい車が来たわね。あれかしら」
「おう。あれだ。おーい。鬼瓦くん!!」
俺が両手で車に向かって合図を送ると、鬼瓦くんの愛車であるパジェロが駐車場で急停車して、中から鬼神が飛び出して来た。
「ゔぁあぁあぁぁっ! 桐島先輩、どこかお加減が悪いのですか!?」
「おう。もしかして、俺が助けを求めているように見えたのかな?」
確かに、見ようによっては遭難者が上空にやって来たヘリコプターに向かって必死で手を振るように見えたかもしれないけども。
それはちょっとばかり心外だなぁ。
俺、実家から3キロのところで遭難はしないよ?
「ところで鬼瓦くん。2人は駅で拾うんだっけか?」
「ゔぁい! もう着いたので、お2人でスターバックスコーヒーにいるとのことです」
「……毬萌も立派になったなぁ」
スタバでコーヒー注文できるようになるとか、知らねぇ間に成長しちまって。
「そんじゃ、待たせちゃ悪ぃし、さっさと行くか!」
「ええ。では、氷野先輩、助手席にどうぞ」
「おう。氷野さん。これ、コーラとフリスクと、万が一の時のエチケット袋な。それから、梅干しも用意しといた。好きに使ってくれ!」
「あんたたちの至れり尽くせりが心にクるわ。平気よ、ほんの5キロじゃない!」
今日の目的?
ああ、これは失敬。それについて言及し忘れていた。
久しぶりに全員が宇凪市に帰って来てるんだから、これをやらない手はない。
本日、花祭学園生徒会の近況報告会と言う名の飲み会である。
鬼神パジェロは俺たちを乗せて安全運転。
10分と少しの車の旅は、すぐに終わった。
「では、僕がお連れしてきます」
「おう。すまんな、鬼瓦くん。氷野さん! 気を確かに! もう着いたよ!!」
「ゔ、うゔぉ……。こ、公平が、こんなに頼もしいのも、珍しモルスァ」
氷野さんに車はまだ早かった。
というか、これはアレである。
気が早いけども、新婚旅行とかどうすれば良いのか。
氷野さん、乗り物系全部ダメなんだけど。
それを踏まえると、アレだな。
俺たちのハネムーン、近所のスーパー銭湯とかになるな!!
「みゃーっ! コウちゃん、コウちゃん! わたし帰って来たよーっ!!」
「おう! 毬萌!! 久しぶりだなぁ! 元気だったか? こいつぅ!」
「みゃっ! ヤメてーっ! 髪がくしゃくしゃになっちゃうじゃんっ!!」
アホ毛がぴょこぴょこ。元気そうで何より。
「どうして南口の駐車場にしないんですかぁ! 相変わらず、気が利きませんね!」
「ええ……。荷物持っているんだから、許してよ冴木さん……」
毬萌に遅れること2分。
花梨もやって来た。
「公平せんぱーい! お久しぶりです!! お元気そうで安心しましたぁ!」
「おう! 花梨も、頑張ってるらしいじゃねぇか! 噂は聞いてるぞ!」
「桐島先輩。お店の予約した時間になりますが、どうしますか」
「よし、行ってくれ。大丈夫、氷野さんが死ぬときは俺も一緒だ!」
「ゔぁい!!」
こうして、再会の挨拶もそこそこに、俺たちは居酒屋へと舵を取る。
ちょっとお高い個室居酒屋が本日の舞台。
なお、料金は俺が負担する。
今日の話を父さんにしたら、「男ってのは見栄を張ってなんぼだぞ」と、笑顔で3万円渡してくれた。
お父さん、ついにサイドに残っていた髪の毛もなくなりましたが、あなたは俺の尊敬する父親です。
「氷野さんも生き返った事だし、乾杯といくか!」
「みゃーっ! コウちゃんが仕切るこの感じ、久しぶりなのだっ!」
「ですね! 公平先輩が張り切ると、生徒会! って感じがします」
「そんじゃ、久しぶりの生徒会全員集合に! 乾杯!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
なんだか美味そうなつまみも並んで、これは盛り上がらないと嘘である。
とりあえず、会長から順に今何してんのと言うトークテーマで進行させることにした。
「わたしはね、今、ロケット作ってるんだよーっ!」
「マジで!? お前、ついに宇宙に行くのか!?」
「川羽木大学でね、民間の企業さんが出資してくれたチームに入ってるの! もしかしたら宇宙飛行士にもなっちゃうかもー。にははーっ」
毬萌の言う事なので、本当にそうなるビジョンしか見えない。
幼馴染が宇宙進出か。途方もない事になったなぁ。
「花梨は東京の大学で経営について学んでるんだっけか?」
「はい! 実はですね、この春から、1年の短期留学でイタリアに行くんですよ!」
「あ、お母さんのとこ!? ってことは、デザイナーになるのか!」
花梨はイタリアでデザインを学び、自分のブランドを立ち上げるのが夢なのだと語った。
きっとその夢は叶うだろう。
先輩ってコネでなんかオシャンティーなヤツを1着仕立ててもらえるかしら。
「武三くんはコウちゃんたちと同じ大学なんだよね?」
「見ましたよー。アメフトの日本代表に選ばれて、辞退したって。ニュースで同級生の名前が流れて来たからビックリしました」
鬼瓦くんは、アメフト部に何度も頼み込まれて、2度ほど助っ人で試合に出たところ、その様子をたまたま見ていた日本代表のスカウトの目に留まった。
「君なら世界と戦えるラインになれる!」という熱烈なラブコールを、バッサリと断ったのがつい2か月前の事。
ちなみに断ったのは勅使河原さんである。
鬼瓦くんは、俺の横でプルプル震えていた。
こうしてみると、俺の仲間たちの活躍っぷりが凄すぎて、俺と氷野さんの報告が既にかすんでいるように思えるが、順番が回ってきてしまった。
じゃあ、一応言うけども。
「実はな、あのー、なんつーか。俺と氷野さん、付き合ってんだ」
「そ、そうなのよ。公平がどうしてもって言うから、仕方なくなんだけどね!?」
「うんっ! 見てたら分かるのだっ!」
「はい! あたしも一目で分かりました!!」
ほら、こうなるー。
しかし、そこは俺の誇れる仲間たち。
「知ってた」で済まさない辺り、ステキ。
ステキを越えていっそセクシーである。
「2人の結婚式ではね、わたしがサプライズの仕掛け作ったげる! 液体窒素を使ってね、あと、ヘリウムガスとー!」
「お、おう。なんか知らんが、すごそうだ」
「お2人のウェディングドレスとタキシードはあたしに任せて下さい! とびっきりのデザインで、世界に一つだけのものをご用意します!!」
「冴木花梨……! 嬉しいわ。ありがと」
「ウェディングケーキは僕にお任せを。天井まで届くくらいのものを作って見せます」
「食い切れるかな。鬼瓦くんならガチで作るだろうから、多めに人呼ばねぇと」
「心菜が喜びそうだわ。楽しみにしてるわね」
ここで、毬萌と花梨が顔を見合わせて「にへへ」と笑う。
何かしら、俺、まだモヤシのナムルしか食ってないけど?
追加の注文するの? お前らもモヤシ食いなさいよ。
「2人はさっ! 結婚式の話しても否定しないんだねっ!」
「もう別れる気がまったくないじゃないですかぁー! 妬けちゃいます!!」
天才と秀才を相手にすると、反論するのも一苦労。
そして、反論する内容を考える事が無駄な努力である事を、俺も氷野さんも知っている。
「参ったな。まあ、そうだよ。俺ぁ、氷野さんを隣で支えるって約束してんだ」
「ば、バカ! そーゆうのは言わなくていいのよ!! ホントに、バカなんだから!!」
「みゃーっ! コウちゃんとマルちゃんの前途にかんぱーいっ!!」
「はーい!! かんぱーい!!」
「ゔぁい!!」
こうして、一夜限りではあるが、懐かしい仲間とのひと時を楽しんだ。
みんなそれぞれの道に進むので、なかなか頻繁には集まれないだろうけど、きっとこの先も俺たちの縁は切れる事がないだろう。
この中で一番の凡才である俺にだって、それくらいは分かるのだ。
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