第543話 氷野さんと絡み酒

 春になり、学年が二年生に上がる。

 それからもうしばらく時間が経って、季節は梅雨。


 何の変哲もない雨の日だが、今日は俺たちにとって特別な日だった。


「みのりん、誕生日おめでとう!」

「おめでとうございます、みのりんさん」


「わー! なんだかすみません、私なんかの誕生日を覚えて頂いて」

「なにを言うんだ、みのりん! これで俺たち花祭組、全員が二十歳越えたんだぜ! 今日は記念すべき日だ!! いやぁ、実にめでたい!!」


 俺はもうじき21なんだけど、それは言わないで良いと思う。

 代わりに氷野さんが言った。


「松井もやっと大人になった事だし、こうなったらやる事は一つね! あんたたち、今日は暇でしょ!? 飲みに行くわよ!!」

「す、すみません、氷野先輩。僕、今日は真奈さんに早く帰るように言われていて」


「公平!」

「よし来た! 氷野さん、任せとけ!! あ、もしもし、勅使河原さん? 俺、俺。そう、花祭学園のエノキタケ。あのさ、今日みんなで飲みに行こうって話になってるんだけど、どうかな? 勅使河原さんと鬼瓦くんのラブっぷりを久しぶりにこの目で見たくてな! いやぁ、2人はお似合いだから、見ているだけで幸せに、おう、ホント? じゃあ、電話切ったら場所と時間送るね!」


 俺のネゴシエーションスキルを見よ。

 先日アメフト部に遊びに行った時、座興でバーベル持ち上げさせてもらって脱臼したけど、交渉術ならまだまだ現役よ、俺。


 何キロのバーベルかって?

 バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。



 バーだけだよ。重り付ける訳ないじゃん。



 それ以降、アメフト部の部員とすれ違う度に申し訳なさそうな顔をされるんだ。

 鬼瓦くんの応急処置で命は拾ったから、気にすることないのに。


「居酒屋の予約、完了よ! 今日は、お会計も任せなさい! 私と公平で持つから!!」

「えっ? あ、ああ、おう! 任せとけ! おう、任せとけ!!」


 大学の構内にATMがあるのってステキ。

 ステキを通り越していっそセクシーだよ。

 ちっぽけな先輩としてのプライドまで守れるんだもの。


 そして、俺たちは残った講義を受けて、夜の街に繰り出した。



 某大衆居酒屋チェーン店にて、チーム花祭が大集合。

 毬萌や花梨もこの場にいたら良いのだが、2人とも県外の大学に通っているので、それはまたの機会に譲ることにしよう。


「すみません、あの、私、学校、違うのに」

「何言ってるのよ、勅使河原真奈! 学び舎は違っても、心は一つでしょ!!」


「氷野さん、飲み会するのが初めてでテンション上がってんだ。悪ぃけど、合わせてやってくれよな。みんなも頼む」


 俺のコソコソミッションに、全員が頷いた。

 なんてステキな仲間たち。


 みんなが思い思いの飲み物を注文して、つまみも適当に頼んだら、楽しい酒席のスタート。

 節度を持って、最高に盛り上がろうじゃないか。


「くぅぅー! やっぱりこう暑いと、ビールが美味しいわね!!」

「氷野さん、なにも一気飲みせんでも。まだつまみも来てないのに」

「なによぉ! 公平こそ、しみったれた飲み方してんじゃないわよ!!」


「み、みのりんさん、それ、何て言うお酒?」

「スクリュードライバーだって。美味しいよ。勅使河原さんのは?」

「あ、これ、鬼ころしの、ソーダ割り、だよ!」


「鬼、ころすんだね。あはは」

「真奈さんお酒強いんですよ。僕は全然なんですけど」


 鬼瓦くんの飲んでいるのは、ピニャコラーダと言うカクテル。

 女子人気が高く、見た目も鮮やかで映えると評判なのだとか。

 さすが鬼瓦くん。期待を裏切らない。さすおに。


「失礼しゃーす! こちら、枝豆と軟骨のから揚げ、たこわさに厚焼き玉子、たこ焼きとお刺身盛り合わせでございやーす!!」

「すみません。ビールおかわりで! 公平も飲むでしょ? ジョッキで2杯!」

「かしこまりましたぁー! 少々お待ちくだせぇませぇー!!」


 俺、まだジョッキに3分の1くらい残ってるんだけどな。

 まあ、テンション高い氷野さんは可愛いし、付き合うとするか。

 ウコンの力も飲んで来たし、さすがにビール2杯じゃ俺も倒れない。


「ところでさ、鬼瓦くん」

「はい。なんでしょうか、桐島先輩」



「勅使河原さんといつ結婚すんの?」

「ゔぁあぁあぁぁっ!! やめでぐだざい!! その話題はやめでぐだざい!!!」



「聞いてもらえますか? 皆さん。私はもう、いつでもお嫁に行けるように準備しているんですけど、武三さんったら、大学卒業するまでは、とか言うんです。そりゃ、一般的な家庭だったらそうでしょうけど、洋菓子店を継ぐのは決まってるんだから、学生結婚でも問題ないと思うんです。せめて籍だけでも入れたいのに、武三さんってば」


「ずびばぜん! 鬼ころし、ロックでお願いします!!」


「お、おいおい。鬼瓦くん、酒弱いんだからヤメとけって!」

「そうですよ! 明日も講義あるんですよ!?」

「桐島先輩、みのりんさん。飲まなきゃやってられない事もあるんです」


 鬼瓦くんは一体、何と戦っているのだろう。

 勅使河原さんと相思相愛なんだから、結婚しちまえば良いのに。


「ちょっとぉ! 公平、飲んでないじゃないー! ほら、飲みなさいよ! 私のヤツあげるからぁ! 間接キスになるけどさぁー! あははは!!」


 鬼瓦くんをいじっている間に、氷野さんができあがっていた。

 もう何回か一緒に飲んでいるから、知っている。



 氷野さんはお酒に弱い上に、酔ったら面倒なのだ。



 基本的に絡み酒のスタイル。

 だから、飲み会には参加させられないと判断して、今日まで俺とサシ飲みで我慢してもらっていた。


 でも、まあ、気心知れたこのメンバーなら大丈夫だろう。

 きっとみんなも笑って許してくれる。


「ちょっと松井ー! なんであんた、ちょっとおっぱい大きくなってんのよぉ?」

「え、え!? 氷野先輩!?」

「さては、誰かに揉んでもらってるわねー? ったく、どいつもこいつも、浮かれちゃってさぁー! 私なんか、自分で揉んでるのにぃー!!」


「すまん。みのりん。なんつーか、すまんとしか言えないで、すまん」

「氷野先輩って、もしかして酒癖が?」


「おう! くっそ悪いな! こんなに悪い人を俺ぁ他に知らねぇ!!」

「桐島先輩!? お誘い頂いてこんな事言いたくないですけど、私、初めての飲み会ですよ!?」


 みのりんの言いたい事も分かる。

 けれど、先輩の酒に付き合うのも、立派な社会経験だと思うんだ。


「武三さん。お酒に逃げるのはズルいと思う」

「ゔぁあぁあぁっ! 喉が焼けるように熱いです!! もう一杯お願いします!!」



 こっちでは、鬼が鬼嫁と鬼ころしに殺されようとしている。



「ちょっとぉ、公平! 聞いてる? こうへーい!!」

「おう。聞いてる、聞いてる。どうしたの?」


「なんかさぁー。楽しいわよねぇー、こーゆうの! ずっとさ、続いていけば良いのに! あんたはちゃんと、いつでも付き合いなさいよねー!! あはは!」

「おう。分かってるよ。お好きな時に呼んでくれ」


「……私、しっかりとしたお酒の飲み方、覚えよう。うん。もう二十歳だもんね」


 こうして、花祭組の飲み会は大いに盛り上がった。



「……死にたい」

「氷野さん、酒飲む度に翌日死のうとするのヤメなよ。生きて! 頑張って!!」


 氷野さんは、酔って乱痴気騒ぎをしても、記憶だけはしっかりと残る体質の持主。

 ある意味では最強だが、酒の勢いで口にしたセリフの全てを脳内に名前を付けて保存するのは、見方を変えるとなかなかに辛い。


「どうして私、飲み会なんて主催したのかしら。どうかしてたわ……」

「まあまあ。みんな楽しかったって言ってたよ? サシ飲みなら、また俺で良ければ付き合うから。何なら、明日にでも飲みに行く?」


「……うん。飲む」

「よし来た。社会に出るまでには立派な飲みにケーションを身に付けようね!」

「……うん。頑張る」


 お酒は飲み過ぎると、色々と失うものが多い。

 しかし、同時に、普段は強気な女子が別の表情を見せてくれる事もあるので、やはり付き合い方次第で毒にも薬にもなると考えるべき。


 まあ、とどのつまり、俺にとっては氷野さんと一緒の酒の席も、結構嬉しいイベントなのである。

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