第540話 氷野さんと公平の流れるように自然な告白
「すんまなぁ、鬼瓦くん。急に頼んだのに、割引までしてもらって」
「いえ、お気になさらず。桐島先輩のためでしたら、これくらい何でもないです」
こちら、リトルラビット。
手土産が必要になったので、鬼瓦くんに融通して貰ったのだ。
「武三さん、用意、できたよ! 桐島先輩、お待たせ、しました!」
「おう。ありがとう、勅使河原さん。ごめんな、2人きりの時間を邪魔して」
「もぅ、そんなんじゃないです! お店の、お手伝いしてただけ、ですよ!」
勅使河原さんは、料理関係の専門学校に通っている。
もちろん、花嫁修業とリトルラビットに嫁入りする準備のためだ。
「桐島先輩こそ、氷野先輩の家にお呼ばれなんて、最近は特に仲がよろしいですね」
「そっか? 俺ぁ、前にも1回食事に誘われた事があるぜ?」
「あ、あの、きっとそれって、特別な意味があると、思いますよ?」
「はっはっは! 氷野さんが俺の事を好きとか、そーゆうアレ? いやぁ、ないと思うなぁー。だって、氷野さん男が嫌いだもん!」
「え、あの……。その氷野先輩が、男の桐島先輩を……」
「真奈さん。ヤメておこう? 僕たちが口を出さなくても、きっとそのうちあるべき形に変化すると思うんだ」
「そ、そうだね! 武三さん、大学で、協力して、あげてね?」
何やら2人で幸せそうな内緒話の鬼のカップル。
いつ結婚するんだろう。
結婚式の司会とか、もしかして俺が頼まれちゃったりするのかしら。
「桐島先輩。お時間は大丈夫ですか?」
「おう。これは俺としたことが。そろそろ行かねぇとまずいな。じゃあ、2人とも、ありがとな! 助かった! また来るよ!!」
「ゔぁい! お気をつけて!」
「ひ、氷野先輩にも、よろしくお伝え、くださいね!」
リトルラビットを出た俺は、自転車を走らせて氷野さんのマンションへ。
今回は、氷野教授が俺の事を呼んでくれたらしい。
理由はよく分からんけども、断る理由がない事はハッキリと分かる。
夕暮れに染まる向こうの山をめがけて、俺はペダルを踏みこんだ。
「ええと、部屋番号を打ち込んでからボタン押すんだっけか?」
氷野さんのマンションは高級な仕様。
何度来ても、インターフォンの操作で手間取ってしまう。
そんな鈍い俺を迎えに来てくれた、小さな影が柱から顔を出した。
「公平兄さまー! いらっしゃい、なのですー!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
心が叫びたがっていたんだ。だから、これは仕方がない。
「むふーっ。兄さまを驚かせたのです!」
「いやぁ、見事にやられちまったなぁ! 心菜ちゃん、今日も可愛いね!」
「はわわ! 心菜も、兄さまに会いたくてワクワクしていたのです!」
そうか、ここが天国か。
「早く、早くなのです! もう、みんなで兄さまの事を待っているのです!!」
「あははは! そんなに引っ張られると、俺ぁ困っちまうなぁ! うふふふ!」
そして、心菜ちゃんに手を引かれて、俺はエントランスを潜り抜けた。
この先で高価な壺が待ち構えていて「兄さま、心菜、これが欲しいのです」と言われたら、迷わず買うと断言できる。
エレベーターに乗って、「緊急停止しねぇかな」とか
多分俺、ゾーンに入ってたな。
「ただいまなのです! 兄さまが来たのですー!!」
「やあ。桐島くん。呼びつけるような誘い方ですまなかったな」
「氷野教授! いえ、とんでもないっす。これ、お土産です。皆さんでどうぞ」
「すまんな。相変わらず、気の遣い方を心得ている。感心な若者だ。まあ、入りなさい。もう食事の用意は出来ている」
俺は、「おじゃまします」と頭を下げて、いざ氷野さんのお宅へ潜入ミッション。
心菜ちゃんがトテトテと先を歩く。
そして、見覚えのあるモダンなリビングに通される。
2年ぶりだろうか。
「よっ。公平。いらっしゃい」
「氷野さん。お招き頂いて光栄だよ」
「べ、別に私が呼んだんじゃないし! 父さんがどうしてもって言うから!!」
「大丈夫、全部分かってっから!」
氷野さんは「まあ座んなさいよ」と、俺をテーブルに促してくれる。
隣が心菜ちゃんで、思わずウルトラソウルをキメそうになったが、理性がミラクルセーブを見せて、それを阻んだ。
自分の事ながら、凄まじい精神的な成長を遂げている事を実感。
「桐島くん。たくさん食べてね。おかわりも用意しているから」
「あ、こいつぁすみません、お母さん! いやぁ、相変わらず美味しそうですね!」
「では、食事を始めよう。さあ、遠慮なく食べてくれ」
楽しい会食が始まった。
氷野さんのお母様の得意料理だというビーフシチューを堪能して、デザートにプリンまで用意して貰えると言う大盤振る舞い。
その全てを綺麗にたいらげて、俺の胃袋は充足感で満たされた。
「桐島くん。少し話をしても良いか」
「もちろんです! 是非、喜んで!!」
「丸子も来なさい」
「はぁい。もう、何の話かはだいたい分かるけど」
3人でソファに腰かける。
この革張りのソファ、いくらするのかしらとか考えていると、氷野教授が口を開いたので、俺も座り直してお話を聞く構え。
「先日は、娘の危機を救ってくれてありがとう。改めて、礼を言う」
「あ、いえ! 俺ぁそんな活躍もしてないですけど、お役に立てたなら良かったです!」
「丸子、お前からもお礼を言いなさい」
「いえ、教授。氷野さんとはもう話が済んでますから。お礼を断るってのも
「公平……。な、なによ。カッコ付けちゃってさ!」
「ひとつ聞きたいが、良いかね?」
「もちろんです。何なりと」
「一歩間違えば君も怪我くらいはしていただろうに。正義感からの行動かね?」
「いやぁ、そんな大したものじゃないっすよ。強いて言えば、氷野さんがピンチだと思ったら、体が勝手にってヤツですかね」
ここで氷野教授、大きくひとつ咳払い。
なんだか、改まった空気を感じる。
「君は丸子の事を好いているのかね?」
「はい。好きですね」
「は、はぁあぁっ!? えっ、ちょっ!? なぁ!?」
「質問を少し変えよう。異性として、好いているのかね?」
「んー。そうですねぇ。何と言ったら良いか。すみません、1分下さい」
俺は、適切な言葉を探す。
ともすれば失礼な発言になってしまう危険を孕んでいるため、ここは慎重に。
「丸子さんとお付き合いしたいかと言われると、もちろんしたいです。しかし、丸子さんが男性を好まない性格なのは存じ上げていますので、これは絵に描いた餅ですね。まあ、俺ぁ丸子さんのそういうところも含めて好きなんですが。ははは」
「そうか。君は大した男だな」
「そうですか? 恐縮っす!」
「なっ、えっ、公平、あんた!? な、何言ってんの! えっ、嘘でしょ!?」
「どうしたんだ、氷野さん!? そんな乙女みたいな顔して! 具合悪いの!?」
とりあえず、尻を差し出せばいいのかな?
お父様の前で尻蹴られるのは、緊張するなぁ。
「ちょ、ちょっと、アレが色々とアレだから。私、部屋で休むわ」
「おう。なんか知らんが、お大事に」
「桐島くん」
「桐島くん」
氷野教授が分身した訳ではない。
お母様がいらっしゃったのだ。
「はい。なんでしょうか」
「あれは、育て方が悪かったのか、気難しいところがあるが。どうかよろしく頼む」
「私からもお願いするわ。あの子には、あなたみたいな人が必要なの」
「うっす。なんかよく分かりませんけど、任せて下さい!」
「頼もしいな」
「頼もしいわね」
その後、俺は心菜ちゃんとマリオカートを楽しんだ。
俺のルイージは、心菜ちゃんを1位に押し上げるべく、CPUどもを片っ端から赤甲羅で
恐らく、この日一番のファインプレーを決めていたと思われる。
「それじゃあ、俺ぁ失礼します。夕飯、ご馳走様でした!」
「はわわ、兄さまー。また来てくれるです?」
「もちろん! 何回だって、何十回だって! この身がある限りお邪魔するよ!!」
そして天使に見送られて、俺は氷野家を後にした。
そういえば、氷野さんは部屋から出て来なかった。
食べ過ぎて気持ち悪くなるとか、氷野さんもおっちょこちょいだなぁ。
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