第538話 氷野さんと大学デビュー

 俺の見立ては完璧だった。

 思い返せば、氷野さんとも長い付き合いであるからして、彼女がアレな状況になれば、恐らくナニするだろうと言う予測を立てるのは比較的容易。


 その結果の証明として、事実、氷野さんは輝きを放ち始めていた。

 学園祭実行委員会と言う組織の中で。


「ちょっと、公平! どうなってんのよ! ポスターの発注作業の締め切りまであと少ししかないのに! グズグズしないでよね!!」

「おう。こいつぁ申し訳ねぇ。だけど、毎年同じじゃ芸がないと思って」


 俺の意見に、数人の委員が同意する。

 そして、氷野さんは持ち前のリーダーシップでその同意をぶっ飛ばす。


「あのねぇ、毎年同じフォーマットが使われているのは、それが優れている証拠でしょ? どうしていい部分をわざわざ変えようとするのよ。こーゆう作業で大事なのは、個性じゃなくて、汎用性なのよ!!」


 氷野さんの一本筋がしっかり通った理屈は、茹でる前の棒ラーメンが如し。

 バリカタ以外は認めないという姿勢に、オーディエンスが沸いた。

 やはり、氷野さんは組織においてその才能を発揮する。


「いや、すごいね、氷野さんは。桐島くんが是非って言うから、どんな人が来るのかと思っていたけど、これは嬉しい増援だったなぁ」

「うっす。こちらとしても、手腕を振るう機会を求めていた氷野さんに居場所を作ってあげられて良かったです!」


 実行委員会代表の宮西先輩は、穏健派。

 物腰柔らかな姿勢は交渉事をスムーズに進める事にかけて一級品であるが、その反面、指針を決定する場面ではどの意見もしっかりと精査してあげる優しさが裏目に出て、作業の遅れを引き起こしていた。


 例年であれば既に決まっている、先ほどのポスターの件もそうだし、まだまだ決めなければならない案件は山積みである。


「ほら、そこ! 暇なんだったら、こっちの書類に目を通して! 来週の会議で話し合う内容について纏めてあるから。先に頭に入れておいたら話し合いもスムーズでしょ」


 更にプラスの材料となっているのが、俺と氷野さんが一浪だと言う事実。

 つまり、2年生委員と同い年であると先に明かす事で、1、2年生の多い学園祭実行委員会において、一定の発言力を獲得することに成功していた。


 まさか浪人した事が役に立つとは、世の中って何がどうなるのか分からないものである。



「すごいじゃないですか、先輩たち! 学園祭実行委員に立候補するなんて! そのバイタリティは花祭学園時代から変わっていないんですね!!」


 久しぶりのチーム花祭が集合してのランチタイム。

 みのりんが氷野さんに尊敬のまなざしを向ける。


「別に、大した事じゃないわよ。公平がどうしてもって言うんだから、仕方なくね。でも、結構やりがいがあって面白いの! 松井も来年入れば良いわ! 就活の時に、履歴書埋める役にも立つわよ!」


「そんな事まで考えていたんですね! はい、是非! また氷野先輩の下で働けたら、私も嬉しいです!!」


 氷野さんとみのりんの師弟関係も健在。

 学園祭実行委員は基本的に3年になるまで持ちあがりで引き継いでいくシステムなので、再来年まで関わる事がほぼ決定している。


 来年は、名コンビ復活が見られるかもしれない。


「桐島先輩、さすがです。氷野先輩のために一肌脱がれたのですね」

「おう。俺ぁちょいとキッカケを作っただけで、後は氷野さんが自分で居場所をゲットしたんだけどな。やっぱり、才能がある人ってのは埋もれさせちゃ損だから」


「ゔぁあぁあぁっ! やっぱり桐島先輩はすごい人だ! 僕も着いて行きます!!」

「おいおい、よせやい! ははは、それ以上力を込めると、俺が真っ二つになるぜ!」


 鬼神ホールド。


 ちなみに、鬼瓦くんも交友関係が広がり始めている。

 こちらも少しだけ俺が暗躍させてもらった。


 まあ、高校時代の焼き写しの要領なので、実に簡単だった。

 鬼瓦くんと気が合いそうなヤツを見つけたら、彼の魅力の塊と言ってもいい、お菓子を片手に俺も交えてお茶をする。

 ただそれだけの簡単なお仕事。


 それを何度か繰り返していると、鬼瓦くんが見た目で損している優しい人、いやさ鬼だという事が伝わり、さらに噂が駆け足でその辺を走る。


「氷野さん、ちょっと良いかな? 男子学生がタバコを吸って困ってるんだけど。相談に乗ってくれない?」

「ええ。もちろん、良いわよ。まったく、不届き者がいるわね! みんな、ちょっとだけ行ってくるから、ご飯食べててちょうだい」


 氷野さんも今や、女子を中心に頼れる守護神として引っ張りだこ。


「タケちゃん、いたいた! あのさ、彼ピッピにプレゼントでアロマキャンドル贈りたいんだけどー。なんかイミフでさー。ちょっと教えてくんない?」

「ええ。僕でお役に立てるのであれば、喜んで」


 鬼瓦くんも、すっかり花祭時代と同様のポジションを確立している。

 相変わらず、女子にモテるので、この情報は勅使河原さんにだけは伝わらないように、隠匿する必要があるけども。


「やれやれ。2人とも大人気だな。凡人の俺とはやっぱりカリスマ性が違う」

「ふふっ。そんな事言って、一番頑張ったのは桐島先輩じゃないですか。先輩も含めて、みんな、変わったところと変わってないところがあって、なんだかホッとします」


 みのりんがよく分からんけど俺を褒めてくれる。

 「君のそういう優しいところも実に稀有けうだぜ」と指摘するのを忘れてはならない。


 季節はもうすぐ大学生活最初の夏。

 俺たちチーム花祭は、それなりに充実した毎日を過ごしていた。



「おう。氷野さん。遅かったね」

「あら、公平。待っててくれたの? 次の時間も講義あるでしょ?」


「氷野さんと同じ講義じゃんか。だったら待つよ。戻って来て誰もいなかったら寂しいもんだしさ。鬼瓦くんとみのりんは先に失礼しますだって」


 まだ昼休みは15分残っている。

 氷野さんは、食べかけだったサンドイッチを急いで頬張る。

 喉に詰まっては大変なので、俺は速やかに紅茶を買って来た。


「ありがと。ホント、公平は気が利くわね。さっきのバカたちとは大違い!」

「おう。なんか、タバコ吸ってたとか言う話?」


 学内は全面禁煙のため、数か所設置されている喫煙所以外でのタバコはご法度。

 正義の使者である氷野さんが看過できるはずもない。


「そうなのよ! 聞いてよ! 4人組だったんだけどさ、全員が口を揃えて言うのよ! 別に誰かの迷惑になってないから、いいじゃないかって!!」

「そりゃあいかん。実際、迷惑に思っている子が氷野さんに相談してきた訳だし。部室棟で吸ってたの?」


「よく分かったわね」

「俺たちの事を知ってる学生って、基本、学園祭実行委員の屯所とんしょがある部室棟の住人だからさ。よく顔合わせるから、自然と知り合いが増えるよね」


 氷野さん、最後のハムサンドを口に入れる。

 マスタードが効き過ぎていたらしく、涙目になって紅茶を飲む。

 ちょっと可愛い。


「それで、そのマナー違反集団はどうしたの? 学生課に連絡でもした?」

「そんなまどろっこしい事しないわよ。ガタガタとうるさいから、キックで黙らせてやったわ! ふふん、すごいでしょ?」


 氷野さんの蹴りの威力は俺の尻が世界で一番知っている。

 よほどの体力自慢、例えば鬼瓦くんみたいなタイプでもない限りは、なるほど、簡単に制圧できるだろう。


「相変わらず、ワイルドな解決法を選択するなぁ」

「無駄を省いているのよ。効率的と言ってもらえるかしら? さあ、待たせちゃったわね! 早く教室に行きましょ! 前の方が埋まっちゃうわ!」


「おう。そうだね。行こうか」

「やっぱり講義は前列の方が集中できるもの! 急ぐわよ!!」


 氷野さんにとって、そして俺にとっても、彼女の正義の火消しはいつもの事であり、今回の1件にしたって、取り立てて感想を抱くほどのことでもなかった。


 だが、この後、消火し損ねてまだくすぶっていた火種が、ちょっとした騒動を起こすことになる。

 まったく、タバコの不始末ほど手に負えないものもない。

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