第537話 氷野さんとキャンパスライフ

 山目大学でのキャンパスライフがスタートしてから、もう1カ月半。

 そろそろ生活にも慣れてきて、俺たち花祭組も大学に馴染み始めていた。


「ゔあぁあぁぁぁっ! 桐島先輩!! やっとお昼休みになりました!!」


 鬼瓦くんを除いて。


 彼は、その恵まれた体格を運動部に察知され、最初にアタックを仕掛けてきたアメフト部をはじめ、ラグビー部、バスケ部、相撲部、レスリング部、柔道部、その他諸々の部活、サークル、同好会から熱烈なオファーを受けていた。


 お忘れかもしれないが、鬼瓦くんはとってもシャイボーイ。

 生徒会の会計、副会長を歴任した成果もあり、かなり改善されてはいるが、新しい環境へ適応するのには時間がかかるタイプ。


 昼飯時になるときながら俺のところに来るのがその証拠。

 勅使河原さんから「武三さんをよろしくお願いします」と言われているし、俺としても、彼は可愛い後輩なワケであるからして、しばらくは面倒を見るつもり。


「まったく、情けないわねぇ。鬼瓦武三ってば。しゃんとしなさいよ!」

「氷野さんも友達なかなかできないで俺の隣から離れないのに、よく言うなぁ」


「なぁっ!? ち、違うし! 私は、公平がぼっちになるのが可哀想だと思うから! アレだし、言わばボランティア精神みたいな気持ちで!!」


 氷野さんのツンデレは、噛めば噛むほど味わい深くなるタイプ。

 もうしばらく放っておくと、俺の尻が蹴られます。


「あ、いたいた! 桐島くん、ちょっといい?」

「おう。西川さん。全然平気よ。うどん食うのに忙しいくらいだから」


「あはは! 来週の英語ディベートの講義さ、あたしと組んでもらえない?」

「おう。別に構わねぇけど。でも、俺ぁ先々週中島くんとやってるから、新鮮味はねぇと思うよ? 評価に響かなきゃいいんだが」


「何言ってんの! その時の桐島くんが凄かったから、みんな君の事狙ってるんだよ? じゃ、あたしが予約ってことで! よろしくねー!!」

「おう! 何か知らんが、任せといてくれ」


 英語ディベートの講義は、文字通り英語のみで討論する、なかなかエキサイティングな時間である。

 俺の英語力でやれるのかって?


 むしろ、つたない英語でガンガン喋る俺のスタイルが、どういう訳かウケてるの。

 担当のレアード教授からも「ユーのイングリッシュはソウルフルだね!」と、褒められているのか実に微妙な評価を頂いている。


「……なんか、公平さ。あんた馴染み過ぎじゃない? どうなってんの? 本当に友達100人作るつもり!?」

「いや、普通じゃない? もう講義始まって1カ月以上経つし、よく見かける人とはそれなりに仲良くなるもんだって」



「鬼瓦武三。私、公平にぐうの音も出ないほど言いくるめられるの、初めてよ」

「ゔぁい! 桐島先輩は相変わらず、コミュ力お化けです!!」



 そんなことないと思うけどなぁ。

 ほら、「今日はお友達とご飯食べます」って言ったみのりんが、充実した顔でこっちに来るもの。


「みなさん、お疲れ様です! 桐島先輩、先週の講義のノート、ありがとうございました! すごく助かります!」

「おう。体調崩したんだから仕方ねぇよ。こじらせないで良かった」


 みのりんは、語学系の講義に力を入れている。

 第2外国語でアラビア語を選択するチャレンジャー。

 ならばその背中、押してあげたいと思うのが良き先輩であるための道理。


 と言うか、鬼瓦くんにしても、みのりんにしても、俺はもう彼らの先輩じゃないんだけどね。


「氷野さん、氷野さん。次の講義、お父さんの日本史Aだよ」

「分かってるわよ。って言うか、なんであんたまで履修してんのよ」


「良いじゃん。俺、歴史系の授業好きだし。あと氷野さんのお父さんだし!」

「意味が分かんないのよ! ……まあ、同じ講義履修してくれてるのは、その、助かってるけどさ」


 氷野さんともあろう人が、まさか友達作りで出遅れるとは。

 と言うか、俺、花祭学園時代に氷野さんと絡むようになったの、2年生になってからだから、彼女が1年の頃にどうやって友人増やしたのかを知らないのだ。


 ちょっと聞いてみよう。

 まだ昼休みも残っている事だし。きつねうどんも食べ終わったし。


「はあ? そんなの、風紀委員から派生してったに決まってるじゃない。クラスメイトより、委員会の先輩とか、同級生とかと先に仲良くなったわよ」

「あ、そうだったのか。あのさ、氷野さん。一応確認なんだけど。自分から誰かに声かけた回数教えてくれる? 山目大に入ってから」



「……な、ないわよ。なによぉ! だって、仕方ないじゃない!!」

「だろうと思った! 氷野さん、大丈夫! それは俺の中で萌え要素だから!!」



 完全無欠の風紀委員長だった氷野さん。

 実はコミュスキルが低かった。

 と言うか、このまま放置してたら確実にぼっちになるのは明白。


 どうにかしなければならない。

 氷野さんのお父さんにもよろしく頼むと言われたし、なにより、俺の大事な友達がぼっちこじらせるところなんか見たくない。



 さらに2週間が経ったある日。

 俺は、色々と根回しが済んだ事もあり、作戦を開始する事にした。


「氷野さん! ちょっと付きあってよ! 良いところに行こう!」

「なによ、突然。まさか、人気のないところに連れ出して、私にいやらしい事するつもりじゃないでしょうね?」


「ははは! そんな事を俺がする理由を聞きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 惚れ惚れするミドルキック。

 今日も尻が喜んでいる。

 氷野さんのコンディションも悪くないようで何より。


 なんで分かるのかって?

 尻の蹴られ具合でそのくらい、分かるに決まってるじゃない。

 ゴッドも一度蹴られてみると良いよ。会話よりも伝達速度が速いから。


「ここだよ、氷野さん!」

「なによ、ここ。なんかの部室?」


 心細さを隠しきれない氷野さん。

 俺のシャツの裾を引っ張っている。


 惜しむらくは、控えめにおどおどしながら引っ張ってくれたら、ラブコメのワンシーンみたいで心がときめくのに。

 氷野さんは、全力で引っ張るスタイル。



 俺のシャツ、そろそろボタン全部弾けたあとで盛大に裂けそう!!



 部室棟にある部屋のドアをノックして「すみません、1年の桐島です」と名乗ると、「ああ、待ってたよ。どうぞ、入って」と返事を頂戴する。


「おっし。氷野さん、入ろうか」

「ちょっと、やだ。なんか怪しいサークルじゃないの!? 嫌よ、私、マルチ商法に手を染めたりするの!!」

「氷野さんのサークルに対する偏見がまずいことになってるなぁ」


 とりあえず、中の先輩をお待たせするのは良くない。

 俺は、シャツが裂けるのもいとわず、ドアを開けて一歩踏み出した。


「お疲れ様です。宮西先輩。先日お話した、優秀な人材を連れてきました!」

「そっか、ありがとう! 自己紹介するね。僕は工学部3年の宮西。学園祭実行委員会の代表をしているよ。人手不足だったから助かる!」


 ハテナ顔の氷野さん。

 しかし、彼女は頭の良い女子であるからして、わずか数秒で自分が俺にハメられた事を理解した様子。

 さすがだなぁ。


「公平? どういうつもりかしら?」

「いや、氷野さんの統率力を生かさねぇのはもったいないと思って。で、色々探したら、ピッタリな仕事の募集を見つけてね」


「それは、うん。まあ、お礼を言っても良い気がするわ。でも、どうして一言も相談してくれなかったのかしら?」

「はは! ぼっち拗らせかけてる氷野さんに事情説明するのが面倒で! ごめん、ごめん! まあ、そう言う事だからさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 こうして、氷野さんは学園祭実行委員会に所属する事となった。

 もちろん、発案した俺も一緒に。


 彼女のキャンパスライフを灰色のものにしてはならない。

 どうにか、バラ色、できれば純金製のキャンパスライフを氷野さんに。



 それが自分の使命のように思えて、俺はひとり、燃えていた。

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