第535話 氷野さんと合格発表
「おはよう、氷野さん! よく眠れた?」
「おはよ。公平。あんたはいつになく顔色が良いわね」
「いや、なんか昨日、両親が前祝いとか言ってさ。聞いたことない肉のさらに熟成肉とか、とにかく聞いたことがないものを重ねてきて。結局、何食ったのか分かんなかったけど、精が付いたよ!」
「ふぅん。余裕じゃない。落ちてたら承知しないわよ」
「大丈夫だって。自己採点でも合格ラインは余裕で超えてたし」
「私もだけど。さあ、早く行きましょ」
氷野さんが迷いのない一歩を踏み出した。
もちろん俺も後を追いかける訳だが、景気づけにこれをやっておかなければ。
「氷野さん、氷野さん!」
「なによ。うっさいわね」
「こうして待ち合わせてして合格発表見に行くとか、なんかカップルみたいだね!! ねえ、氷野さん! カップルみたいだね!! 氷野さん、聞いてあぁぁぁぁぁぁい!!」
「な、何言ってんのよ! ホント、バカなんだから!! ……バカ」
ちょっと照れた感じのミドルキック、ごっつぁんです!!
さあ、この上なく弾みがついた。
これで万が一落ちてたら、それはもう国家規模の陰謀だよ。
宇凪駅から電車で4駅。
山目大学前駅から歩いて5分でもう構内と言う、ステキな立地。
さすが私立。利便性にかけてはウナ大と比較にならない。
ウナ大、山の中にあるからね。通学するのも一苦労。
氷野さんを待っている時間が20分あったから、その間に2往復できたじゃん! とか、無粋なことは言うものではない。
本当に、一緒に合格の喜びを分かち合える親友がいるのは、得難き事だよ。
ちなみに、俺も氷野さんも文学部を受験した。
俺ぁまだ将来のビジョンが見えていないので、単純に興味のある学部に。
氷野さんは「別に学部はどこでもいいわ」とか、ブルジョアジーな事を言っていた。
アントワネット系の発言だね!
さて、人だかりが見えて来た。
どうやら、目的地はその辺りな模様。
アメフトの恰好をした人たちが合格者を胴上げしている一方で、この世の終わりのような表情の男子がちらほらと。
これぞ合格発表。
氷野さんに「アメフト部の人たちはなんで胴上げしてるんだろ?」と聞くと「有望な新入生を囲い込みで確保するためでしょ」と答えが返って来た。
ヤダ、俺、胴上げされたらどうしよう!!
その心配も非常に大切だが、まずは自分の番号があるかどうかの確認をせねば。
繰り返すが、まかり間違って落ちていたら、笑えない話に早変わり。
多分、俺の物語はそこで終わる。
「ほら、よそ見してないで! 探すわよ!」
「よし来た! ええと、372、372と……。おう、あった!」
呆気なくサクラサク。
去年散々絶望したのだから、なにかこう、こみ上げてくるものがあるかと思ったものの、意外とあっさりしている俺の心臓。
「……あ」
「えっ!? 氷野さん、まさか落ちてたの!?」
「受かってたわよ! なんで先に悪い方の想定すんのよ!」
「なんだ。だって、一言ポツリと呟くから。桜が散ったのかなって」
「咲いてたわよ! ちょっと、公平! せっかくだから写真撮りましょ!」
氷野さんにしては珍しく、テンションが高めである。
口では素っ気ない事言っているのに、内心は満開の桜で覆い尽くされている模様。
ならば、一緒にお花見しない理由がない。
「撮ろう、撮ろう!」
「じゃあ、私のスマホで撮るわよ! ちょっと、もう少しこっちに寄りなさいよ! なんで2人しかいないのにあんた見切れようとするの!?」
俺の写真うつりの悪さを舐めてはいけない。
ツーショットどころか、ワンショットでもフレームアウトする男だよ、俺ぁ。
そして、はいチーズ。
「ぷっ! 公平、すごい顔してるわね! あはは!」
「俺のしょっぺぇ写真で氷野さんが笑顔になるなら、こんなに嬉しい事ぁねぇよ」
「この写真を前にして、よくそんなイケメンみたいなセリフを吐くわね。感心するわ」
ところで、そろそろ俺はアメフト部に胴上げされるんじゃなかろうか。
「おい! すごい逸材がいたぞ!」
「ああ! こりゃあ、10年に一人いや、下手すると創部以来のスター候補だ!」
「絶対に逃がすな! 少々手荒なことをしても構わん!!」
アメフト部の皆さん、なんだか忙しいそうである。
ここにも鍛え抜かれた枯れ枝のようなボディの持ち主がいますけど?
「ゔぁあぁあぁぁぁっ! や、ヤメてぐだざい!! 僕ぁ、僕ぁ!! ゔぁあぁぁぁっ!!!」
「氷野さん、氷野さん。なんか聞き覚えのある絶叫が聞こえるんだけど」
「奇遇ね。私も今、同じことを考えてたわ。って言うか、あれ、どう見ても」
「鬼瓦くんだね!」
「そうね。間違いなく鬼瓦武三よ」
鬼瓦くん、山目大学を受けていたのか。
これは意外な再会。だけど、距離が遠くて俺には気付かないかな?
試しに、軽く手を振ってみた。
「ゔぁっ!? き、ぎりじばぜんばぁぁぁぁぁい!!!」
そして鬼瓦くん、アメフト部員を10人ばかり引き倒して、俺のところまでダッシュ。
相変わらず言葉を失うほどの見事なフィジカル。
「おう! 久しぶりだなぁ! 鬼瓦くん!」
「まさか、こんなところでお会いできるなんて! 氷野先輩も!」
「よっ。あんたは変わってないわね」
「ところで、お2人はどうして合格発表をご覧になっているのですか?」
鬼瓦くんに目を付けたアメフト部の
この突破力は並じゃない。
俺と氷野さんは、顔を見合わせた。
もちろん、どっちが浪人を告白するか、嫌な役のなすりつけ合いが無言で行われたのは言うまでもない。
分かった。俺が言うよ。
そう決意すると、さらに懐かしい顔が増えた。
「見間違いかと思ったんですけど、やっぱり! 桐島先輩! ……あれ!? ひ、氷野先輩!! どうしてここにいらっしゃるんですか!?」
「おう! みのりん! なに、みのりんも山目受けてたの!?」
「はい! 第一志望でした! わぁー、懐かしいです! 先輩方は、新入生の様子を見に来られたんですか?」
俺の頭を見事なアイアンクローでがっちりホールドした氷野さんは、そのままヘッドロックの姿勢に移行する。
お馴染み、世界一内緒話のしやすいフォームである。
胸部に頭押し当てられているのに、なにも当たらないからね!!
「おう。どうした、氷野さん」
「おう、じゃわいわよ! 気まずいじゃない!! 私、浪人してる事、後輩たちには言ってないのよ!!」
「奇遇だなぁ。俺も、俺も! ふふふ、俺たち息ピッタリだね!! 痛い!」
「誤魔化して! 公平、コミュ力お化けじゃない! どうにか誤魔化して!!」
無茶をおっしゃる。
でも、氷野さんの頼みなら、頑張ってみるか。
「おう。2人とも。俺と氷野さんはな、アレだよ。2周目の世界をナニしてな。だから、敢えて今年も受験したって言うか、おう。……浪人してました」
世の中の事象は、努力で
浪人した事実を隠蔽できる人っているのかな?
地元の大学受けてるのに。はは! ちょっと考えたら分かるよね!
鬼瓦くんとみのりんこと松井さんは、全てを察したようだった。
「桐島先輩。僕にとって先輩は、何が起きても先輩です!」
「そ、そうですよ! 別に、浪人なんて珍しくもないですし! 氷野先輩も、去年は体調を崩されてたとか、ですよね!?」
「おう。そりゃあ俺だよ、みのりん。氷野さんはね、シンシア女子大に受かってたのに、入学手続き忘れたの。笑えるよね! ははは! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
何はともあれ、これで俺と氷野さんも大学一年生。
かつての後輩も、今日から同学年。
なんだか氷野さんが涙目でプルプル震えているが、むしろプラスに考えようじゃないか。
新しい人間関係の構築は、きっと刺激的な毎日の第一歩。
俺たちに、1年遅れの春が訪れた。
さあ、楽しい大学生活にしようじゃないか。
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