第534話 氷野さんと志望大学変更
「えっ!? 氷野さん、志望校変えるの!?」
面談を終えたあと、俺たちはいつものラウンジでいつもの昼食タイム。
そこで氷野さんが結構驚かせて来るものだから、俺の口からおにぎりのご飯粒がいくつか飛んで行った。
「ヒュー! 公平ちゃん、飯粒でマシンガン撃つのはヤメてくれよなぁー! ここはジャパンだぜぇー! ヒュー!!」
「お、おう。すまん。俺としたことが」
とりあえず、全弾高橋に命中したのは不幸中の幸いだった。
そんな事よりも、今は氷野さん。
憧れのシンシア女子大学はどうしたんだ。
「模試の結果が悪かったの? 言ってくれれば、分からないところ教えたのに!!」
「別に悪くないわよ。むしろA判定よ。ほら、見なさい」
「おう。本当だ。ガッツリ高得点じゃん。……それじゃ、なおさらどうして?」
「色々とあったのよ」
「なんだよ、水臭いじゃねぇか! 相談してくれよ、氷野さん! ねぇ、氷野さん! ほら、氷野さん! まだ間に合うから! ねぇ、ねぇ!!」
俺のがぶり寄りに、氷野さんはため息。
寄り切れなかったものの、土俵際まで追い詰めるという、俺にしてはパワープレイで氷野さんの口を開かせる事に成功。
現代のペリーを名乗ろうかしら。
「はぁ。もう、うっさいわね。ちょっと親と揉めたのよ」
「マジか。ご両親と! 確かに、大学行かせてもらうにもお金がかかるからなぁ」
「違うわよ。金銭的な問題じゃなくて。もっと根本的な話」
「おう。と言うと?」
「ヒュー! 分かるぜぇ! ダディとマミィに信用されてねぇんだなー? ヒュー!」
「お前じゃねぇんだから」と話の腰を折りにかかった高橋をうっちゃりで仕留めようとすると、なんだか氷野さんの顔色が悪くなった。
先に謝っておこう。
すまん、高橋。お前って、たまにヒット打つよね。
「そうなのよ……。ほら、私、受かってたのに入学手続きミスして合格をふいにしたでしょ? だから、父さんも母さんも、そんな娘に他県で一人暮らしさせるのは危ない! とか言い出しちゃって。で、強く言い返せないじゃない」
「おう……。そりゃあ、アレだなぁ。なんと声をかけたら良いか……」
「まあ、もう割り切ることにしたのよ。私の希望の進路って、警察官だし。憧れのお嬢様女子大生活は諦めるわ」
氷野さんは自分で言うように、どうやらもう心情的な決着を済ませているらしく、ならばこれ以上俺が話を蒸し返すのはよろしくないと思われた。
代わりに、建設的な話題へとつなげよう。
「じゃあ、どこの大学に行くの?」
「うっ……。別に、どこだって良いでしょ!!」
「ええー!? 氷野さん教えてよ! そんな、減るもんじゃないし! 俺ぁ応援したいんだよ、氷野さん! ねぇねぇ、氷野さん!!」
「……
「おう?」
「なんでそんなに圧かけて来るのに聞き取れないのよ! 山目大学よ!!」
「マジで!? 俺と同じじゃん! なに、もしかして、俺の影響かな!?」
世の中、適当に言った事が意外と真実を捉えていたりするのだから、本当に不思議。
氷野さんは、最近お気に入りの昆布のおにぎりを実に苦そうな顔で口の中に放り込んで、烏龍茶をゴクリとやってから言った。
昆布、痛んでたんじゃないの?
「実はマジであんたが関係してるのよね……。うっかり、両親との話し合いで、公平の進学先を口にしたのが間違いだったわ。話をすり替えようとしただけなのに!」
「うん。どういうことかな? ちょっと俺にゃあ話が見えんのだが」
「公平って、うちの両親の覚えが良いのよ。何故か。で、いつも一緒に授業受けてるって言ったら、桐島くんが同じなら、もう過ちも起きないだろうとか言い出しちゃって……。しかも、前にも行ったけど、山目大学は父さんの勤め先だし」
俺の知らないところで、俺が氷野さんのご両親から高得点を獲得していた。
何だかよく分からないけど、今度菓子折り持って行かなきゃ!!
「ヒュー! つまり、公平ちゃんは氷野っちのホースシューってことだな! ヒュー!!」
ホースシューとは、
要するに、俺は氷野さんの「お守り代わり」という事らしい。
高橋のせいでまた無駄なアメリカントリビアが増えてしまった。
「マジかぁ! なんか嬉しいなぁ、そんな風に思ってもらえるのって!」
「べ、別に私がそう思ってるワケじゃないからね? あくまでも、うちの両親がって話だから! あと、山目大学だってそこそこ良いところだし。あと、姉さんも通ってたし。だから、いいのよ! こらぁ! ニヤニヤすんなぁ!!」
これ以上踏み込むと。尻を蹴られる。
今はまだ食事中なので、尻を蹴られるデザートには早い。
そのため、俺は追及を一旦ヤメて高橋に話を振った。
「んで、お前はどこの大学受けるんだ? ウナ大? 頑張らねぇと、落ちるぞ?」
「ヒュー! 志望校のA判定くらい、オレっちだって貰ってるぜぇー! この間、ジュエリーと一緒にレモネードでお祝いしたんだぜぇー! ヒュー!!」
「えっ!? お前、ウナ大のA判定取ったの!? 知らねぇ間にすげぇ頑張ってんな!」
「本当ね。ちょっと意外だわ」
「ノンノン! 2人とも、大統領選挙の速報と人の志望大学は早とちりNGだせぇー!」
「なんか高橋の
「まったくもって同感だわ」
それじゃあ一体どこなのよ。
聞いてやるのが世の情けだと思い、もう一度同じ質問を繰り返してやったところ。
「マンチェスター北インド洋水産大学だぜぇー!!」
そんな大学あった!? と氷野さんと2人で探したところ、ちゃんとうちの県の北の果てに存在していた。
水産大学なのに水産学部がないという、なんだか見れば見るほどに怪しさが匂い立つ大学で、高橋の将来が心配になったが、一方で「こいつならどこでもなんだかんだ生き残れそう」という謎の信頼感もあり、「頑張れよ」と言うに留めておいた。
何にしても、花祭学園浪人チーム、めでたく進路が出揃った訳である。
俺と氷野さんは山目大学へ。
高橋は、マンチェスター……何とか大学へ。
目標なんて、定まってしまえばあとはそこに向けて駆け抜けるのみ。
迷わず行けよ、行けば分かるさとは、かのアントニオ猪木が引退時に残したとされる格言である。
俺たちも、精々踏み出した一歩、また一歩を道にしていこうじゃないか。
そこからは実に早かった。
秋が来て、秋合宿。
冬が来て、クリスマス合宿。
さらに年末年始は年越し合宿。
意外とスパルタな花祭ゼミナールのスケジュールを、俺たちは乗り越えた。
高い金払ってもらって通っているのだから、学力なんて付け過ぎるくらいで元が取れるというもの。
大学に入ってからも勉強するのだから、むしろ大学に入ってからの勉強が本番なのだから、1年で遅れた分、ここでブーストのための力を蓄えておくが吉。
浪人は必ずしも悪じゃないという事を、俺は世の中に広く伝えていきたい。
そしてやって来た、入試当日。
「ちょっと、公平! あんた、熱はない? 鼻水は? 水分取りなさいよ! ご飯食べた? 歩くのが辛いんだったら、肩貸すわよ!?」
「氷野さん。俺ぁ今日、割とコンディション良好だぜ?」
「それなら良いけど。いい? 絶対、ぜーったい、落ちないでよ!? 浪人仲間がいないで、心細い入学式とか私、嫌だからね!? 分かってんの!?」
「大丈夫。俺たちのやって来た1年間を信じようぜ!!」
「いい笑顔でキメてるところ悪いんだけどさ。私たちって自分を過信して失敗してるわよね。なんか、死亡フラグみたいで嫌なんだけど」
「こいつぁ手厳しい! はっはっは! 大丈夫、勝ってしまっても構わんのだろ?」
そして受験を終えた俺たちは、合格発表に備える。
今どきの合格発表はネットで確認出来るけど、やっぱりこういうのはライブ感が大事。
俺と氷野さんは、待ち合わせて、一緒に大学の掲示板に張り出される合格通知を見に行くことにしていた。
さあ、待っていろ。1年遅れの桜の花よ。
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