氷野さんifルート

第532話 バッドエンドから始まるお話

 【ご注意ください】

 ifルートは、あくまでも「あり得たかもしれない可能性」を元に語られるお話です。

 よって、本編終盤、および『毬萌との未来編』とは、似ているけども別の時空だとお考え頂けると幸いです。


 特に、ifエピソード同士は確実に矛盾が生じますので、そのような展開が好みではない方はご注意ください。

 ゴッド各位におかれましては、ご理解のほどよろしくお願いいたします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 やってしまった。

 まさか、こんな事になろうとは。


 いや、可能性としては存在していたのだ。

 それは分かる。


 アクシデントに見舞われたのも痛恨だった。

 これは想定外。


 だけど、まさかこんな事に。まだ現実を受け入れられない俺がいる。

 何かの冗談ではないのか。

 そこの柱の影から、ゴッドが「ドッキリ大成功!」とか書かれたプラカード持って飛び出してくるのではないか。


 来ないの? じゃあ、これってマジのヤツ?

 本当に、ガチのマジのヤツ?



 ——大学、落ちた。



 余裕ぶっこいていたら、試験の当日に風邪引いた。

 俺の体が実にほにゃっとした作りをしているのは周知の事実。

 体調管理には気を付けていたはずなのに。


 もはや、この現実を受け入れるしかないのだろうか。

 今日から予備校通いの日々が始まる。

 一応俺、学年次席だったのに。


「やあ。おはよう、公平。なぁに、大学受験失敗したくらいで気にするな! 予備校のお金くらい、いくらでも出してやるから! この世の終わりでもあるまいし、元気出せ! ほら、今朝のみそ汁はハマグリが入ってるぞ!」


「早いとこ食べちまいな! エッグベネディクトが冷めちまうだろう! 予備校だって学校なんだから、気落ちしてないで励みな! やれば出来る子だよ、あんたは!!」


 父さんと母さんの優しさが痛いほど沁みる件。

 これは、ありがたみが深いという意味と、「まだ傷が塞がってないから、あんまり触れんといて!」という傷口に塩な意味の高度なダブルミーニング。


「なんつーか、面目ねぇ。まさか俺がごくつぶしになろうとは」


「何言ってるんだ、公平! 親のすねくらいかじって欲しいんだぞ! むしろ、これまで貧しい思いをさせてしまったからなぁ。父さん、これからは頑張るから!」

「そうだよ! お父さんも母さんも、あんたが健康なら何も言う事なんかないからね!! 二浪でも三浪でも好きなだけしな! 苦労した分だけ大きな人になれるよ!!」


 朝からなんだか泣けるんだけど。

 俺の両親、こんな人格者だったのか。


 とりあえず、朝ご飯を食べてエネルギーは充填。

 気力の面で非常に心許ないが、そんな事言っても時が止まる訳でもなし。

 ってでも前に進まなければ、待っているのは停滞だけだ。


「じゃあ、行ってくるよ」


「頑張れよ、公平! でも、根を詰め過ぎないようにな!」

「まだ春だからね! 本気出すのはもう少し後で良いんだよ!!」


 父さんと母さんのエールを背に受けて、俺はどうにか離陸した。



 花祭ゼミナール。

 俺が今日からお世話になる予備校である。


 名前からお察しの通り、花祭学園の系列。

 まさかの学年次席の受験失敗で騒然となる職員室にて、学園長が「ここに通うと良いよ! はい、これ割引券!」とニコニコしながら紹介してくれた。


 カリキュラムが花祭学園と似たものを採用しているため、花祭学園で受験失敗した敗残兵の多くがここに通うことになる。

 まったく、学園長も商売上手なことで。


 とにもかくにも、こうなったらもう、次の機会に向けて努力するのみ。

 気持ちの切り替えが大事。

 そうだ、俺の場合は学力うんぬんの前に、体調面で失敗したんだから、そう悲観する事もない。


 よし、元気が湧いてきた。

 勢い付けて予備校のドアを開けたら、新しいステージのスタートだ!


 気持ちが前のめりになり過ぎたのか、視野が狭くなっていたようで、傍に人がいる事に気付かず、入口で手が重なって慌てる。

 スタートなのに弾みがつかないなぁ。


 その前に、非礼を詫びなければ。


「こいつぁ、すみません。前を見てなくて」

「いえ。こちらこそ。ごめんなさい」


 なんだか、聞き覚えのある声だなぁと思った。

 相手も似たような感想を抱いたのか、タイミングを同じくして、お互いが顔の確認をする。



「あれ!? 氷野さん!?」

「げっ! 公平!?」



 まさかの再会であった。



 とりあえず、知らない仲でもないし、隣同士の席に腰かけた俺と氷野さん。

 しかし、何と言うか、アレがナニして、アレである。


 気まずいったらないね!!


 どう会話を切り出したものか。

 天気の話か。株価の話か。今朝のめざましテレビの占いの話か。

 三択だな! と頷いていると、脇腹を思い切り小突かれた。


「あひゅん」

「……あんた。なんで大学落ちてんのよ。成績良かったでしょ」


 氷野さんから声をかけてくれた。

 もしかして気を遣わせてしまったのだろうか。

 これはいけない。俺としたことが。


「いや、試験の日に高熱が出てさ。一応、大学で別室受験させてもらったんだけど、まあ、フラフラで、途中から記憶がなくて。気付いたら落ちてた!」

「はあ……。あんたらしいわね」


「そういう氷野さんは? 確か、シンシア女子大受けてたよね?」

「……忘れたの」



「ん? 何を?」

「入学手続きを! 忘れたのよぉ!!」



 なんてこった。

 俺も相当なアレをやらかしたと落ち込んでいたけども、氷野さんもかなりアレだった。


「合格してたのに?」

「そうよ! 憧れてた大学に受かったから、その、浮かれちゃって……! 親には自分で手続きするって言ってたのをすっかり忘れたのよ! 笑いなさいよぉ!!」


「おう……。それは何とも。いや、笑えねぇよ。俺なんか普通に落ちてんだもん」

「体調不良でしょ? 仕方ないじゃない。公平ならどこの大学でも万全だったら受かってるに決まってるもの」


「…………」

「…………」


「あの、氷野さん」

「公平、私さ」


 同時に言葉を吐き出して、しかも間が悪く講師が教室に入ってきてしまい、俺たちの会話は宙に浮いたままとなった。

 受験は落ちるのに、会話だけ浮かぶとか、世の中ってひでぇ仕組みになってるよ。


 その後、講師から「てめぇら、全員合格させてやっからよ! ついて来いよな!!」という、ありがたいお話を拝聴した。

 精神論で盛り上がったあとには、カリキュラムとコース選択の説明がちゃんと設けられており、俺は地元の山目やまめ大学を目指す旨を書類に記載した。


 そして、本日は解散となる。

 やる気をたぎらせている者は、勢いそのままに自習室へとなだれ込むらしい。

 俺はそんな気にもなれず、とりあえずぼけーっと天井を眺めて「あ、花祭学園と同じ材質使ってあるじゃん」とか考えていた。


「あひゅん」


 そして、2時間の時を経て、再び小突かれる俺の脇腹。


「ちょっと、公平。あんた、山目大なの!? 国立大じゃなかったの!?」

「いや、元々迷ってたんだよ。ウナ大と山目大。で、親とも話したら、山目大の方が良いんじゃないかって事になってさ」


「私の父親が教授やってる大学なんだけど」

「マジで!? そう言えばお父さんって! そうなのかぁ! これは偶然! じゃあ、氷野さんも山目大受けるの?」


「受けないわよ! 私は、もう一度シンシア女子大受けるんだから! 今度はきっちり入学してやるわ! でも、予備校には通えって親が言うから」

「あー。分かる。浪人すると、親の言葉の重みが変わるよね」


 しばしの沈黙。

 そう言えば、さっき言いかけたセリフを口にしていなかった。


「あのさ、氷野さん」

「なによ」


「いや、花祭出身のヤツらも割といるけど、なんつーかさ、俺たち浮いてるよね」

「言うな! 気付いてるわよ! 生徒会の副会長と風紀委員長が仲良く浪人とか! そりゃ目立つし浮くでしょう! ああ、もう!!」


 そして氷野さんは言った。


「こうなったら、一緒に行動するわよ、公平! あんたの学力なら、どの授業受けたって変わんないでしょ! 私に合わせなさいよ!」

「あれ、もしかして氷野さん、寂しいの? 心細いの? もしかして、ねぇ、氷野さん! ねぇ、ねぇ、氷野さん! 寂しいんだ!? 氷野さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 久しぶりに氷野さんの蹴りを尻に貰って、目が覚める。


 考え方によっては、仲良しの氷野さんがいてくれて良かったじゃないか。

 これなら、モチベーションも維持できそうだし。

 「その話、乗ったよ!」と答える俺だった。



 これはどん底から始まる俺と親友が、その先へ向かう話の、イントロダクション。

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