第531話 花梨と空から降る星の下で

 車の免許は二十歳になったタイミングで取得した。

 とはいえ、大学生で学費も親に出して貰っている身であるからして、マイカーなんてとんでもない。


 つまり、俺はペーパードライバーの区分になるのだが、それでもたまには運転する機会が訪れる訳で。


「すみません、田中さん! あの、もっと俺に見合うヤツないんですか!? 走行距離10万キロの軽自動車とかが良いんですけど!」

「桐島様、申し訳ございません。当家にある車両はこれだけでして」


 これだけとか言いながら、20台超えて来るのはさすがの冴木家。

 しかし、そのどれもが高級車。

 ぶつけたらどうするの。


「コウくん、コウくん! あたしはこれとか似合うと思いますよ?」

「おう。って、ダメだよ! それフェラーリじゃん! せめてハンドル右に付いてるヤツにして! ストレスで死んじゃう!!」


 今宵は雲一つない夜空が広がっている。

 花梨が言った。


「今晩、星を見に行きましょうよ!」


 断る理由なんてあるはずもなかった。

 そして、現在その出発前の準備中。


「お嬢様。お荷物をお忘れです」

「あ! ごめんなさい、磯部さん! えへへ、失敗、失敗!」

「磯部さん!! 助かった! ちょっと、車を見繕みつくろうの手伝ってください!!」


 冴木邸の中では恐らく庶民派な磯部さん。

 俺の心の支えになってください。



「こちらはどうですか?」

「ドアがガルウイングじゃないですか!! ハンドルも左だし!! 俺ぁこんな車、デロリアンしか知りませんよ!! タイムスリップしちゃう!!」



 このままでは、永遠に出発できない。

 永遠が訪れる前に朝が来るけども。


 そんな悩める俺を救うべく、一台の車が車庫にやって来た。

 古い軽自動車で、いい感じに右側のフロントがへこんでいて、「肩肘張る必要なんかねぇぞ!」と訴えかけてくるステキな車。


 そういうので良いんですよ!!

 そして車から顔を出すのは、パパ上。

 嫌な予感がする。


「くくくっ。息子よ。花梨ちゃんとの夜のお出掛け用、これなら文句はあるまい?」

「え、はい。文句はないんですけど。確認して良いですか? これ、どこにあったんでしょうか?」



「そこで買って来たのだ! 新車を買ったのちに、スタッフに錆と油染みでコーティングするように言って、車体も適当にぶつけさせてやったわ!! くっくっく、驚いだろう?」

「いや、もう。そんな事だろうと思いましたよ。多分、ディーラーの人が一番驚いたと思います。新車にそんな事すんの!? って」



 とは言え、やっと俺が乗れそうな車がやって来た。

 これ以上ここで押し問答していたところで、得るものはないだろう。

 パパ上のご厚意に甘える事にした。


「うわ。ホントだ。中に入ったら、ピッカピカじゃん。シートもすげぇフカフカ」

「ではでは、行きましょう! パパ、みんな! 行って来ますね!!」


「桐島様、ご武運を!」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「気を付けてね、花梨ちゃん! コウくんも安全運転だよ! パパ寝ないで帰り待ってるからね!!」


 そして出発。

 目指すは宇凪市の北部にある、冴木カントリークラブ。


 ゴッドもお察しの通り、冴木グループが所有するゴルフ場である。

 「星を見るならここ!」とパパ上推薦の場所。

 当然のことながら貸し切りになっており、またゴルフ場によくある立地で、小高い丘の上に作られているため、なるほど条件は完璧かと思われた。



 花梨を乗せて車で出かけるのはこれが初めて。

 意外に思われるかもしれないが、運転手が常在している冴木家なので、機会がなかったのである。


「コウくん、運転上手ですね! とっても安心できちゃいます!」

「俺ぁ必死だよ。まかり間違って事故なんか起こしちゃならねぇから」


「暗闇の中で真剣なコウくん! んー、これはイケメンですね!」

「言っとくけど、マジだかんな? ハンドルなんか手汗でべちゃべちゃよ?」


 それでも、花梨と夜のドライブは楽しい。

 普段とは違う、非日常体験も手伝って、車内では会話が大いに弾んだ。


 毎日顔を合わせているのに、思いのほか話題には事欠かない。

 花梨が専門学校の話をすれば、俺は就職活動の話をする。

 それが終われば、また次の話。


 昔話から未来の話まで、実に雑多で、だけどそのどれもが愛おしい。


 そんな風に過ごしていたら、片道30分のドライブなんてあっと言う間に過ぎる。

 冴木カントリークラブに到着したのは、ちょうど日付が変わる時分。


 俺は、車から降りて、明かりのついている事務所に向かう。

 「すみません、桐島と申します」と名乗ったらば、「お話は伺ってございます!」と一瞬で手続きが済む。

 至れり尽くせり。ありがたいことだ。


 車を停めて、花梨と一緒に高台へ向かった。


「ほれ。花梨。手を貸してくれ。暗くて危ねぇから」

「えへへ。そんな事言って、手を繋ぐ口実ですねぇ? コウくんってば!」


「おう。バレたか。こんなに可愛い彼女が隣にいるんだから、手ぇ繋がないなんてもったいない事はできないよな」

「そうですね! あたしも、こんなにステキな彼氏が隣にいるのに、くっ付けないなんてもったいないと思っていました!」


 2人で顔を見合わせて笑う。

 やれやれ、これは明るい場所ではできないな。

 良い感じの暗闇に感謝。



 そして到着した高台。

 普段はゴルフコースの休憩スペースになっている場所で、いい塩梅にベンチやらテーブルやらが置かれている。


「コウくん! 見て下さい! すごいですよ、今日!」

「……おう。こりゃあ、すげぇな」


 満天の星空。

 それ以上の形容は見当たらなかったので、とぼしい語彙ごい力も致し方なし。


「今、紅茶淹れますね!」

「ああ、準備してたのってそれか。すまんなぁ、俺、全然気が利かなかった」

「いえいえー。はい、どうぞ! コウくん!」


「おう。ありがとう。なんか、生徒会時代を思い出すなぁ」

「あはは! あたしも同じこと考えてました! 懐かしいですねぇー」


 花梨も紅茶の入ったコップを持ち、2人で湯気を立ち昇らせる。

 こんな夜空を前にしたら、何か特別な事を話さなければならないような気がしてくる。


「コウくん、覚えてますか? 高校生の頃、あたしが言ったこと」


 花梨とは、多くの言葉を交わして来た。

 それこそ、星の数ほど。

 けれど、この夜空を見上げていれば、該当するセリフは限られてくる。


「一緒に流れ星を見つけようって話をしたな。文化祭の時だっけか。確か、お願い事するんだったよな」

「もぉー。コウくんって、そーゆう大事なことはちゃんと覚えてますよねー」


「えっ、いい事じゃん!? 忘れてた方が良かった!?」

「えへへ。どっちでもいいです! だって、あの約束が、現実になったので!」


 すると夜空が空気を読む。

 流れ星が1つ。いや、2つ。キラリと光って消えていく。


「コウくん! あたしと、ずっと一緒に! 来世も、そのまた次も! 一緒にいてくれますか!?」


 花梨にしては珍しく、欲張りなお願いだった。

 だけど、幸せを願う時くらいは、欲張りでちょうどいいと思う。


「おう。未来永劫、離れたりするもんか」

「ホントですかぁー? コウくんはモテるから、心配です!」



「失敬な。花梨はさ、俺のことを、俺より半年も先に好きになってくれたろ? だから、俺ぁ花梨のことを、生まれ変わった先でも、半年ほど、余分に好きでいるよ」


「あはは! なんですか、それー! じゃあ、あたしは生まれ変わっても、コウくんのことを半年先に好きになりますからね! 覚悟しておいてください!!」



「ほらな。これじゃ、離れようがねぇよ。俺たちはずっとくっ付いたままだ」

「そうですね。離しちゃ嫌ですよ?」


 繋いだ小さな手を、潰してしまわないように、ギュッと握りかえす。

 この温かいものを、ずっと大切にしていこう。


 俺の決意を知ってか知らずか、花梨の方からそっと唇を重ねてくる。



 上空には、輝く数多あまたの星たち。

 俺のすぐ隣には、ずっと傍にいてくれる優しい光。

 そのこの世でたった一つの特別な星には、花梨と言う名前が付いている。


 恋心を教えてくれた時からずっと続く天体観測。

 次はどんな風に光って、俺を驚かせてくれるのだろうか。


 そらから星が消えないのだから、天体観測にも終わりはない。



 ——何度生まれ変わっても、何回だって、何十回だって、俺は君を好きになる。





 花梨ifルート、完。

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