第529話 花梨とサプライズ
また春が来た。
俺もついに大学四年生。
「よう、桐島! 春休みに体育館を覗くとか、さてはカバディ部に入りに来たのか?」
「おう。茂木か」
「そうか! 歓迎するぞ!」
「今のおうは、はいって意味じゃねぇよ!! 挨拶だ、挨拶!!」
茂木は四年生になってもカバディ漬け。
なんでも、卒業後はNPOの何とか言う団体に入って、インドに派遣されるらしい。
いよいよカバディの母国に殴り込みとは、こいつの情熱も本物か。
「はは! 分かってるって! どうせ、新入生のガイダンスの準備だろう?」
「相変わらず察しが良いなぁ、お前さんは」
「それを言うなら、桐島だろ! 相変わらず、頑張ってるな! 三年生の頃からずっと成績トップじゃないか!」
「まあな。色々と約束があるんだよ。しかし、主席になると新入生の案内までさせられるとは思わんかったが」
しばらく世間話をしてから、「頑張れよ! オレも応援してるぜ!」と爽やかな笑顔で去って行った茂木。
時計を見ると、俺も次の予定が差し迫っていた。
今日は、懐かしい顔に会える日。
尊敬すべき天海先輩と土井先輩。
天海先輩は東京の大学で起業のための勉強をしており、土井先輩はアメリカに留学して更なる高みを目指していた。
そのお2人が共に卒業して、宇凪市に帰って来た。
2人の夢は、アパレルショップを経営する事。
そうとも。
本日、ついにその店舗が完成したので、みんなで落成祝いに伺うことになっている。
こんなめでたい日に遅刻はご法度。
「すみませーん! せんぱーい! お待たせしましたぁ!」
「おう。大丈夫、まだ時間にゃ余裕がある。花梨、鞄重そうだけど、持とうか?」
「あ、いえいえー。これは平気です! お迎えの車はまだですか?」
「さっき着いたってさ。今は駐車場に停まってもらってる。そんじゃ、行くか」
「はい!」
鬼瓦くんに電話をすると、すぐにパジェロが走ってきた。
代々鬼の一族に伝わる秘伝のパジェロ。
リトルラビットではパジェロで商品を搬入するのがしきたりだとか。
「すまんなぁ、鬼瓦くん。運転手させちまって」
「ゔぁい! 気にしないで下さい。僕、車の運転好きなので」
「あ! 公平先輩、毬萌先輩たちも駅に着いたそうですよ! 鬼瓦くん、もたもたしていないで早く出しちゃってください!!」
「ええ……。酷いよ、冴木さん……」
まあ、他県からわざわざ帰って来ている連中を駅で待たすのも忍びない。
鬼瓦くんに安全運転で急いでおくれと言ったら、出発進行。
いざ、宇凪駅へ。
「みゃーっ! コウちゃん! 花梨ちゃん! 久しぶりなのだーっ!!」
「おう! 毬萌! 元気だったか? 氷野さんに迷惑かけてねぇか? ちゃんと野菜食ってるか? 大学卒業できそうか?」
「もうっ! コウちゃんは花梨ちゃんの事だけ考えてればいいのだっ! わたしもちゃんとやってるもん!!」
「そうか。なんか、立派になったなぁ、毬萌」
毬萌は今、他県の川羽木大学に通っている。
そして、氷野さんも近所にある女子大に通っている。
やっぱり離れても毬萌が心配な俺は、氷野さんに面倒を頼んだところ、ルームシェアして2人で住むことになったのがもう3年前の話。
こうして元気そうにしているところを見ると、氷野さんが頑張ってくれたに違いない。
ところで、氷野さんはいずこへ。
「マルさん先輩! しっかりしてください!!」
「うゔうぉ……。へ、平気、平気。ちょっと、電車に酔っただけだから……」
頼りの氷野さんが今にも死にそうな件。
「氷野さん、大丈夫!? ねぇ、大丈夫!? 肩貸すか!? ねぇ、氷野さん! ねぇねぇ!!」
「こ、公平……。あんたぁ……。人が弱っているところに……」
「ははは! ごめんよ! ところで、これから鬼瓦くんの車に揺られる訳だけど、行けそう?」
「モルスァ」
先輩たちのお店は駅通りにある。
徒歩でも10分歩けば着くため、氷野さんはここで一時離脱。
毬萌を回収して俺たちは移動を開始。
ほんの数分の事であるが、車内では花梨と毬萌が楽しそうにお喋り。
こうして見ると、2人とも花祭学園に通っていた頃のままに見える。
当然、綺麗になったけども。だけど、変わっていない。
実に不思議な表現。日本語って難しいや。
「これはこれは、皆さん。わざわざご足労頂き、恐縮でございます。大した店ではないので、お目汚しですが。どうぞ、お入りくださいませ」
店の前では、背筋の伸びたイケメンが俺たちを待っていてくれた。
実に4年ぶりになるそのお姿は、以前にも増して男前に磨きがかかっていた。
「土井先輩! この度はおめでとうございます!! これ、ご祝儀と花束っす! あと、鬼瓦くんからお菓子の詰め合わせも!」
「なんと、申し訳ございません。お気を遣わせてしまいましたね」
俺と鬼瓦くんが「とんでもない」と首を振っている間に、女子チームは店内へ突入する。
お前ら、そういうところも全然変わってないな。
「なんだなんだ! 美人が2人も飛び込んできたかと思えば、神野くんに冴木くんじゃないか!! 久しいな! 見違えたぞ!! ああ、早速似合う服を見繕いたい!!」
「みゃーっ! 天海せんぱーい!! お久しぶりですっ!!」
「オシャレなお店ですね! とってもステキだと思います!!」
これまた綺麗に磨きがかかった天海先輩が、うちの女子たちをがっちりホールド。
一つしか違わないはずなのに、あの包容力はなんだろう。
「お店の名前、『アマンド』って言うんですね。先輩方の名前をもじってですか?」
「そうですね。天海と結婚しましたら、土井の苗字になってしまいますので、2人で作った店と言う目に見える形を残しておきたかったのですよ。お恥ずかしい」
「アマンドと言えば、フランス語でアーモンドの意味ですね」
「おう、そうなの? さすが鬼瓦くん、パティシエだな!」
「洋菓子屋さんと間違われるかもしれませんので、その時はリトルラビットをご紹介させていただきますね」
土井先輩の小粋なジョークで「ははは」と笑っていると、店の中から声がする。
「3人とも、早く来てよーっ! かんぱいするよ、かんぱい!!」
「いや、お前。氷野さんがまだ来てねぇのに、そりゃあねぇだろ」
すると、背後に気配を感じる。
「ふふっ。甘いわね、公平! 私ならここよ! もうとっくに酔いは解消済みよ!! 胸ポケットにフリスクが3箱あって助かったわ!!」
「そんな、それで銃弾を防いだみたいに! まあ、元気になったなら何よりだ」
そして全員で『アマンド』の落成を祝い、乾杯する。
昼間からアルコールを頂くのはアレな気もするが、祝いの席ならば無礼講。
当然、ハンドルキーパーの鬼瓦くんは烏龍茶。
鬼神きっちり。
しばしの歓談を楽しんでいると、天海先輩が花梨に声をかけた。
「冴木くん、頼まれていたもの、ほぼ完成したぞ!」
「本当ですか!? 実は、すごく良いタイミングでこんなお話がありまして」
「なんと! これは天啓だな! では、早く彼にも知らせてあげると良い!」
何の話かしらと首を傾げていると、花梨が控えめに俺の服の裾を引っ張る。
やっぱり彼って俺の事か。
「どうした? 内緒話じゃねぇの? 別に俺に気ぃ遣わせなくてもいいよ?」
「えっと、あのですね。実は、こんな催しがありましてー」
花梨の差し出した紙には「冴木ブライダル。新規モデルの募集」と書かれていた。
「お父さんとこの関連会社じゃん。おう。ブライダルモデル?」
「はっはっは! 相変わらず、肝心なところで鈍いな、桐島くん! これを見てもまだとぼけているようなら、冴木くんは私がさらってしまうぞ!!」
天海先輩の手には、真っ白なウェディングドレスと、イカしたタキシード。
「公平先輩! ……コウくん! あたしと結婚式の練習しませんか!? 新郎新婦の衣装、あたしがデザインしたんです! それを、天海先輩のお知り合いの方に作って貰って、ですね。その……」
男たるもの、女子に恥をかかすことなかれ。
鈍い俺でも、何を言えば良いのかくらいは分かる。
「花梨の旦那の予約ができるってんなら、俺も是非やりたい! いつだ?」
「明後日なんですけど」
「急だな! あれ、ちょっと!? なんでみんな驚かないの!? もしかして!?」
「はい! サプライズを仕掛けちゃいました! えへへ!」
いたずらっぽく舌を出す花梨を見て、やっぱり俺の恋人は可愛いと誰かに自慢したくなるのは、多分当然の事かと思われた。
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