第527話 花梨と花梨ママの試練

 大学三年生の後期試験の結果も出揃って、どうにか1位によじ登った俺。

 花梨と、花梨パパとの約束を果たすべく、今のところは順調。

 しかし、人生というヤツは順調と自覚した時点で次の問題がにょっきりと生えてくるものであり、多分に漏れないのもまた人生。


 今回の超えるべき関所は、かつてないほどの鉄壁を誇っていた。

 俺と花梨の未来のために、避けられないイベントが始まる。



 まだまだ冷える3月上旬。

 大学は春休みだが、そろそろ就職試験にも本腰いれにゃあならんぞと、買って来た参考書を並べて「どれが一番楽して知識が増やせるかしら」とか横着おうちゃくな事を考えていたらば、スマホが震えた。


「おう。もしもし。どうした?」

『公平先輩! コウくん! 助けて下さい!!』


 なんだか久しぶりに電話で助けを求められた気がする。

 かつては毬萌がしょっちゅうやってきたパターンだったが、花梨もする事があるんだ。


「なんかあったのか!? まあ、落ち着きなさいよ」

『落ち着いてなんていられませんよ! 先輩、緊急事態です!!』

「確かに、緊急事態じゃあ落ち着けないなぁ」


『ママがイタリアから帰って来たんです!』

「あ、そうなの? 久しぶりだなぁ。良いじゃん、家族水入らずで過ごすのも」


 すると電話の向こうの花梨の語気が強まる。

 何となく「てめぇなに他人事みたいな態度なんだよ!」的な雰囲気を察知。

 察知したらは確認せねばなるまい。


「もしかして、俺に関係ある?」

『ありますよぉ! むしろ、公平先輩の事について、帰って来るなりパパと揉めてるんですから!』


 俺、何かやらかしたのかしら。

 あんまり身に覚えはないのだが。



『パパってば、ママに言ってなかったんです! 婚約の事!!』

「えっ!? マジで!? 嘘だろ!?」



 大学で首席取ってる場合じゃない。

 花梨ママと言えば、冴木家のボス。

 ゴッドマザーの許可なく勝手に娘がくっ付いたり離れたりして良いはずがない。


 俺は「とにかく、すぐに行くよ!」と言って、自転車にまたがった。

 今日の風はとびきり冷たく感じたのは何故か。

 虫の知らせだったのかもしれない。



「くっくっく。良く来たな、息子よ。正直、もうストレスで死にそうだったから、貴様が来てくれると思っただけで心がぴょんぴょんしておったわ!」


 玄関先で俺を出迎えてくれたのが、まさかの冴木家ご当主。

 そしてパパ上に死相が出ていた。

 この人、「お客さんかなぁ?」とか言って逃げて来たな。


「ちょっと、お父さん! なんでお母さんに俺たちの事を伝えてないんですか!? 俺、やっと大学で首席になったんですよ!? 花梨だって頑張ってんのに!!」

「それに関しては、ワシも実にすまないと思っておる! 許してヒヤシンス!!」



 出会ってから数年。初めてこの人をぶん殴りたくなった。



「と、とにかく俺も一緒に頭下げますから!!」

「待つが良い、息子よ。その話はもう片付いたのだ」

「ちょっと何言ってんのか分からないんですけど」


 パパ上は言う。

 「もっと面倒な事になっているのである」と。


「ママが人気デザイナーである事は知っておろう?」

「もちろんですよ。だから、花梨は憧れて同じ道を選んだんですよね」


「ママはデザイナーになるために、全てを捨てて、文字通り人生を賭けて取り組んできたのだ。そのママからすると、花梨ちゃんは大学に通いながらデザインの勉強をして、結婚相手まで作って……とな。花梨ちゃんがデザイナーを軽んじているように思えたらしいのである」


「そりゃあ言い掛かりですよ! 花梨は一生懸命やってます!!」

「ワシも当然知っておる! しかし息子よ! ワシの序列はこの家で最下層! ファービーとでも喋っててと言われて、先ほど追い出されたところよ!!」


 とりあえず、花梨がピンチなのは分かった。

 そして、そう言えばこの人、女性陣に対して発言力ゼロだったなとも思いだした。

 ならば、俺が駆けつけなければ。


 愛しい恋人のピンチに颯爽と現れない彼氏がどこにいるのだ。


 応接間に2人はいると聞いて、俺は駆け足で現場に向かった。

 パパ上は俺の後ろをぴったりとついてくるドラクエスタイル。


「失礼します! 桐島公平、不躾ぶしつけながらお話を伺って参りました!」


「あら。公平くんじゃない! 久しぶりねぇ! そんなとこ立ってないで、こっちきて座って、座って!」

「公平せんぱーい! 傍に来てくださーい」



 想像していた空気と結構違うんだけど、大丈夫かな?



 てっきり、血で血を洗う決闘が行われているのかと思ったのに。

 なんだか穏やかな雰囲気じゃないか。


「それじゃあ、失礼しまして。あの、お母さん、ご挨拶が遅れましたが、その。俺ぁ、いや、わたくしは、花梨さんと真剣にお付き合いさせて頂いておりまして」

「ちょっとぉ、ヤメてってば! 高校生の頃から良い仲だったの知ってるから、別に結婚に反対してるワケじゃないのよ? むしろ、公平くんなら大賛成!!」



「えっ!? そうなんですか!?」

「そうよー。私もあなたの事、好きだもの!」



 ホッと胸を撫でおろす俺であったが、隣の花梨の表情がすぐれない事に気付く。

 つまり、問題はまだ解決していないらしい。


「私が怒ってるのはね、どうしてデザイナーを志した時に、言ってくれなかったのかってこと! 悲しいじゃない? 一人娘なのに、頼ってくれないなんて」


 ママ上のおっしゃる事も実にもっとも。

 心中もお察しできるが、花梨の「自分で頑張りたい」という気持ちも尊重して欲しい。

 なんという二律背反。


 こういう時こそパパ上の出番なのでは。

 そもそも、軽くでいいから事情を伝えておいてくれたら、こんな事にはならなかったのではないのか。


 チラリとパパ上を見る。

 すると、ロシア軍人みたいな険しい表情で、口をパクパク。

 読唇術を試みろとのお達しか。分かりましたよ。


 ええと、「ゆ・る・し・て・ヒ・ヤ・シ・ン・ス」ですか。



 俺に人並みの力があったら、ぶっ飛ばしてますよ?



「あの、差し出口を挟んでもよろしいでしょうか?」

 ママ上にお伺いを立てる。


「ええ。もちろん良いわよ! あなたもそのうち家族になるんですもの。遠慮はなし、なし!」

「公平先輩……」


「それじゃあ、遠慮なく。あの、花梨の頑張りを評価して頂けませんか? 俺ぁ、デザインのいろはも分からねぇ素人ですけど、お母さんほどの人になれば、どれだけ花梨が頑張ったか、見てもらったら分かると思うんです! お願いします!!」


 そしてしっかりと土下座する。

 人に自慢できる事の少ない俺だけども、土下座の美しさだけは誰にも負けない。


 俺の必死の訴えが通じたのか、芸術点の高い土下座が評価されたのか。

 どちらかは分からないが、花梨ママが「ふぅ」と息を吐いた。

 続けて、お言葉を賜る。


「分かった、分かったわよー。これじゃ、私が悪者みたいじゃない! じゃあ、花梨? 今から1日あげるから、1着、自信のあるデザインを見せてちょうだい! ラフで良いから、とにかく最高のものをよ!」


「ママ……! 分かった、絶対に納得させてみせる!!」

 硬直していた花梨の表情がやっと少しだけ緩んだ。


「とは言え、まだまだヒヨッコの花梨独りでって言うのも可哀想だから、公平くんも助っ人に付けてあげる! 2人で協力して、完成させてみて!」


「うっす! ありがとうございます!!」

「コウくん……。あたし、頑張るから!! 見てて、ママ!!」


 話は纏まった。

 急に出現したラスボスである花梨ママ。

 しかし、慈悲のあるラスボスで助かった。


 俺に何ができるかは分からないが、このピンチ、2人で乗り越えて見せる。


「ちょっと、パパ! ぼさっとしてないで、2人のために準備して! 今日は公平くんも泊まっていくんだから!」

「は、はぁーい! パパ、すぐに色々手配しちゃうね!」


「……それが終わったら、パパは私とゆーっくりお話ししましょうね?」

「……はい」



 パパ上、おいたわしや。

 でも、割と自業自得だし、こっちも手一杯なので助けてはあげられません。

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