第526話 花梨と初めてのお酒

「せんぱーい! もう一軒行きましょー! ねーえー! せんぱーい!!」

「花梨! もうヤメとこう! なっ? また今度にしよう!」

「やーですぅー! じゃあ、キスしてくれたら考えますよぉー!!」


「花梨! 花梨さん! ヤメて! 街中だよここ! あ、違うんですよ、すみません! もう、本当に違うので、すみません! はい、どうも!!」


 なにゆえこのような事態になったのか。

 ゴッドも知りたいだろうし、俺も再確認と再認識をしたい。

 プレイバック!



 2週間ほど前に、花梨の誕生日会が盛大に行われた。

 花梨との婚約についてはパパ上がかん口令を敷いているので、一部の人間しか知らない。


 しかし、何故かパーティー会場では、俺も主賓扱いを受ける。


「これは桐島様。わたくし、大谷電気事業の大谷と申します。本日はおめでとうございます」

「い、いや、めでたいのは花梨! じゃねぇや、花梨さんですよ!?」

「いやいや、これから長いお付き合いをさせて頂ければと弊社の社員一同、気持ちは一緒でございます!!」


「困りますって! ヤメてください!!」

「名前だけでも憶えて頂ければ光栄でございます」


 何故か俺に対してやたらと頭を下げてくる偉い人が複数人。

 原因を探っていたら、すぐに分かった。


「くくくくっ。あちらにいる痩身そうしんの男。見ためは頼りなく見えるかもしれぬが、中身は豪胆な者よ! なにせ、このワシの息子であるからな!!」

「そ、総帥、ご子息がおられたのですか!?」

「くっくっく。今は、まだだがな! しかし、いずれはそうなる!!」


 そしてパパ上と話していたどこかの偉い人が、俺に向かってダッシュ一番。

 また同じような会話が繰り返される。



 パパ上。かん口令はどうなさったのですか。



 花梨は花梨で、二十歳の誕生日という事もあり、やっぱり偉い人に囲まれていた。

 これではとても恋人らしい事なんてできようはずもなく。

 誕生日会は慌ただしく終わった。


 そして10日ほど経って、花梨の専門学校がひと段落ついた頃。

 大学の学食でうちの彼女が頬を膨らせて、プリプリ怒っていた。


「もぉー! 先輩! 公平先輩!! あたし、せっかく二十歳になったのに、お酒飲みにつれてってくれないのはなんでなんですかぁ!?」

「えっ!? 花梨、酒飲みたかったの!?」


 むちゃくちゃデカいため息をついた花梨は、出来の悪い彼氏に向かって、正しい二十歳になった恋人に対する礼儀作法を語った。


「普通は、さり気なく誘ってくれるものじゃないですか!? だって、人生初めてのお酒ですよ!? 早くしないと、ゼミの飲み会であたしの初めてが奪われちゃいます!!」

「お、おう。そんなに大事なイベントだったのか」



「当たり前です! あたしの初めてはコウくんに全部あげるって決めてるのに!!」

「花梨! 分かったから! 声のボリュームと言い方!! なんかみんながこっち見てる!!」



 こうして、翌日に何の予定もない日を見繕って、俺は花梨と居酒屋へ繰り出した。

 そろそろ冒頭に近づいてきたけど、まだお互いシラフである。


「なあ、花梨? お酒飲むなら、家で良くなかったか? 言っちゃあこの店にわりぃが、磯部さんに任せといたらつまみもお酒も極上のものが出て来たろうに」


 俺たちが暖簾のれんをくぐったのは、某大衆居酒屋チェーン店。

 大学生の飲み会では御用達ごようたしであるが、花梨には似つかわしくない。


「もぉー。先輩は分かってないですねぇー。こーゆう、普通の思い出が良いんじゃないですか! あたし、メニューを見て既にワクワクしてますよ!!」

「そうか? まあ、花梨が楽しいなら、俺ぁそれで良いんだけどな」


 お品書き見てワクワクしているところで、その先を予見するべきだった。


「何飲みましょうか!? とりあえずビールってヤツですか!? 先輩、先輩!!」

「ビールは俺が頼むから、花梨は甘いカクテルにしとけって。ほれ、ここに女性におすすめ! って書いてあるじゃねぇか」


「あ! 本当ですね! じゃあ、カルーアミルクってヤツで! おつまみもいっぱいあるんですねぇー! 何が美味しいんですか!?」


 ここで「磯部さんのご飯の方が2000倍美味いよ」と言うのは、愚策。

 それくらいは分かる。


「好きなの頼んでみると良いよ。会計は俺が持つから。どんだけ食っても大した額にゃならんから、安心しなされ」

「わぁー! なんだか公平先輩がいつもより大人な男性に見えます!! それじゃあ、えっと、どうしましょうか!!」


 結局、枝豆とかだし巻き卵とか、唐揚げやたこ焼き、焼き鳥にフライドポテト辺りを適当に注文した。


「じゃあ、花梨が大人になった事を祝して!」

「えへへー。はい!」


「「かんぱーい!」」


 花梨さん、生まれて初めてのお酒を一口。

 そして瞳が輝く。


「わぁー! 美味しいです! 甘くて、なんだかジュースみたいです!」

「そりゃあ良かった。けど、飲み過ぎは注意だぞ。ジュースみたいだからって水感覚で飲むとえらいことになるからな」


 事実、えらいことになるのだが、まだこの段階ではどうにかなった。

 俺がちょっと気を抜いたばかりに、あんな事になろうとは。


「はむっ! んー、おつまみも美味しいです! 公平先輩、ビール一口ください!!」

「おう。いいぞ。試してみるか」


「……うぇぇ。苦いじゃないですかぁ! なんですか、これー!!」

「はは! だろうと思った! 俺もビールが美味いって思い始めたの最近だからな!」

「お口直しに違うカクテル頼んで良いですか?」


「おう。いいぞー。今度はどれに挑戦するんだ?」


 この辺りで、既に引き返せないところまで来ていた訳なのである。

 そろそろ冒頭と繋がるので、ゴッドはワクワクすると良い。

 俺は回想中なのに、愚かなてめぇをぶん殴りたい。


「ちょいと俺ぁトイレ行ってくる。そろそろ良い時間だし、もう一杯飲んだら帰ろうか?」

「えー!? もうですかぁ!? じゃあ、急いで飲まなくっちゃ!」

「ははは! また連れて来てやるから」


 そしてトイレから帰って来ると、空いたグラスが2つ増えていた。

 この短時間で。


「花梨、2杯も飲んだの!? って言うか、俺、5分も離席してなかったけど!?」

「何言ってるんれすかー、せんぱーい! あたし、全然まだ、イケますよー!!」


 俺は速やかにお会計を済ませて、花梨を連れて店の外へ。

 お待たせしました、ヘイ、ゴッド。冒頭のシーンとドッキング。



「まだ飲めますよぉー! せぇんぱーい!!」

「俺としたことが……。とりあえず、田中さんに連絡して、迎えを。あれ!? 花梨さん!?」


「ちょっとぉー! どこ見て歩いてるんですかぁ! 危ないですよ!!」



 居酒屋の看板にお説教する俺の彼女。



「なんつーベタな事やってんだ! 花梨、帰ろう! もうすぐ3月って言っても、今日は冷えるから! 風邪引いちまうって!!」

「ヤですー!! じゃあ、先輩がおんぶしてくれたら、帰ってあげてもいいれすよー?」


 無理難題をおっしゃる、俺の彼女。

 しかし、俺だって男だ。

 酔っぱらってスキだらけの彼女を放置してタクシー拾いに行く訳にもいかん。


「おるぅああああぁっ!! よ、よーし、花梨! 帰ろうなぁ! ゔぁぁあぁぁっ!!!」

「あははは! すごい、コウくん! コウくんすごいですー!! あははは!!」


 花梨はダイエット戦士、

 口が裂けても言えないセリフがあるんだけど、心の中でくらいなら言っちゃう。



 くそ重てぇ!!



 背中に柔らかい感触が! とかラブコメ展開する余裕もないよ!!

 気を抜いたら腰から砕けそう!!

 繰り返すけど、アレだ。



 くっそ重てぇ!!!



 俺は、スマホをどうにかポケットから取り出して、「緊急」と書かれた番号をプッシュする。

 通話なんかできるかい!


 30秒で救援隊がやって来た。


「桐島様、お呼びで! 田中、参上いたしました!!」

「田中さぁん!! マジで助かります! あのですね、ちょいとのっぴきならねぇ事情が」

「お察しいたします! それがしにお任せを! 車を回せ!!」


 そして飲み屋の連なる路地裏にやって来る、冗談みたいなリムジン。


「ささっ、お早く!」

「ああ! もう、本当にありがとうございます!!」


 車の中で、幸せそうな顔をして眠る花梨。

 ぼそりと寝言を口にしたりするもんだから、たちが悪い。



「コウくん……。また、行きましょうねー。えへへ」

「……また今度な」



 彼女に酒を飲ませるのも一苦労。

 俺は、大人の階段をまた一つ上った気がした。

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