第524話 花梨とファッションショー
俺にとって、大学で迎える3度目の夏が来た。
言うまでもないが、花梨にとっては2度目の夏。
大学の勉強にも全力。お互いの将来のために。
そして俺は忙しい花梨に合わせて時間を作り、しっかりと恋人として、いやさ、婚約者としての時間も大切に過ごしていた。
将来のために頑張ると言って、2人の時間が失われるのでは本末転倒。
大学生の夏は4度しかない。
ならば、どの夏だって楽しむときは全力を尽くすのだ。
それはそれとして、花梨の成長自慢をしても良いだろうか。
専門学校にも通い始めたうちの彼女、すごいんだ。
絵心を手に入れた花梨は、やはりお母さんの仕事を間近で見ていたのか、元から才能があったのかは定かではないが、服飾デザインの分野で輝きを増し始めていた。
オマケに、縫製スキルにも向いていたらしく、先月くらいからハイペースで自分の考えた服をミシンで具現化している。
「先輩、先輩! できましたぁ! 見て下さい! 今度のヤツは、ガーリーなイメージで作ってみましたよ! ほら、スカートのフリルがポイントです!!」
「おう! 毎日頑張ってる姿を横で見てるからな! 今回も大作ができたなぁ! 絶対花梨に似合うと思う!」
今日も花梨の部屋で、俺は勉強、彼女はデザインをしながら、恋人の時間を堪能していたところである。
「もぉー。公平先輩、そればっかりじゃないですかぁ! あたしに似合うって、絶対に恋人フィルターかかってますよね!?」
「そんな事言われてもなぁ。花梨は可愛いし、服も可愛いんじゃ、絶対に似合うとしか言いようがねぇよ。花梨、可愛いもん」
「や、ヤメてください! もぉー! 公平先輩がどんどん女の子の扱いが上手になって行くのは、恋人としては複雑です!」
「花梨は時々無茶を言うなぁ。高校時代はあんなにデリカシーが、とかさ。あとは鈍感とか。色々とご指導を賜ったぜ? 俺ぁ」
ぷんすか怒る花梨さん。
それはそれでまた可愛いのだが、堂々巡りになるのは確定しているので黙る。
代わりに、俺にしてはなかなか気の利いたイベントを思い付いた。
「結構作った服、貯まってきたよな」
「はい! やっぱりお洋服作るの楽しいですもん! それがどうかしましたか?」
「誰かに着せてみようぜ! そうすりゃ、俺の視点だけじゃない、客観的な意見が手に入るし。なにより花梨が褒められるのを俺ぁ見たい」
「えー? まだそこまでの自信はないですよぉー」
「あ、もしもし? おう、俺。あのさ、明日って暇? ああ、ホント? んじゃ、久しぶりに。おう、そうだな。頼むよ。そっちは俺が。おう」
「あの、コウくん? 何してるんですか?」
「えっ? いや、明日、花梨ブランドのファッションショーしようと思って。電話」
「なんで勝手に話決めちゃうんですかぁ! コウくんのバカ!!」
「大丈夫、みんな知ってる顔だから」
「そーゆう問題じゃないんですよぉ!!」
「おう。花梨は可愛い! さて、もう一本。もしもし? 師匠、受験勉強はどうっすか? 明日さ、時間があったら気晴らしに、ちょいと集まれないかなって」
電話をしている隣で、花梨が大きなため息をついた。
何かを諦めたようである。
「はぁ……。公平先輩って、そーゆうとこありますよねぇ。昔から……」
何を隠そう、俺ぁそーゆうところがあるらしいのだ。
だから、恋人であり婚約者な花梨は、ある程度の諦めを持ってくれると助かる。
そして翌日。冴木邸にて。
「公平兄さま! 心菜、来ました! 古文の呪縛から解き放たれるのも兄さまのおかげなのです!!」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!
心菜ちゃん、受験生バージョンである。
尊い。いとあはれ。
もし明日お前は死ぬと言われたら、俺ぁ心菜ちゃんと花梨に挟まれて息を引き取りたい。
「花梨姉さん! この
「いえいえ! 美空ちゃんには大変お世話になりましたから! 当然ですよ!!」
かつての仲良し中二コンビ。またの名を天使コンビ。
今は仲良し受験生コンビ。またの名を天使コンビ。
本日はこの2人に花梨ブランドの初披露といきたい構え。
それじゃあ客観視する人がいない?
ゴッドは甘いなぁ。俺がそんな手抜かりをするとでも?
「皆さん。よろしければこちらをどうぞ。冷製おしるこ最中です」
「武三さんと、一緒に作りました! ぜひ、どうぞ!」
審査員には、既に二十歳になって、年齢的な言い訳もできなくなりつつある鬼瓦くんと、いつでもリトルラビットの若女将になる準備完了の妻瓦さんをお呼びした。
「すげぇ! 最中なのにウエハースみたいな食感! ついに和菓子と洋菓子の融合を本格的に果たし始めたか……!」
皆も大絶賛の鬼のお菓子。
そして、一息ついたところで花梨と心菜ちゃん、美空ちゃんは別室へ。
「鬼瓦くん」
「はい」
「結婚いつすんの?」
「ゔああぁぁぁぁっ!! ヤメでぐだざい!! その話題だけはダメでず!!」
この後、勅使河原さんが8行分くらい淀みのないお話をしてくれたのだが、尺の都合でカットしました。
タケちゃん、覚悟決めちゃいなよ。
「公平先輩、準備出来ましたー。でも、本当に自信ないんですよぉ」
「そいつはモデルたちを見てから判断しよう。じゃあ、美空ちゃんから頼む!」
「はいな! ……どうですか? ウチは気に入ってます!」
美空ちゃんは、ショートパンツに長めのソックス。
肩の開いたサマーニットは、上品さを残して少しセクシー。
とりあえず、キメとくか。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!! 最高じゃねぇか!!」
「僕も良いと思います。手作りとは思えない丁寧な仕上げ、恐れ入りました」
「ちゃんと、着る人の特徴に、合わせてくれるの、ステキだと思うよ!」
「そ、そうですか? みんなして、気を遣ってませんか!?」
「まあまあ。心菜ちゃんを待たせちゃ悪いから、その話はあとでな!」
「じゃーん! 兄さま、似合ってるです? 心菜、フワフワでフリフリです!!」
心菜ちゃんは柔らかそうな素材で仕上げられたワンピース。
スカートの丈が短いのに、フリルとリボンでキュートな雰囲気を。
さらに胸元にも大きなリボン。そして強力な胸元。これはアレですね。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!! 地球に生まれて良かったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「素晴らしいと思います。ワンピース、心菜ちゃんのスタイルに調整されていますよね? まったく不自然な感じがしません。技術の高さがうかがえます」
「可愛いと、セクシーが、どっちも上手く取り入れられてて、すっごくいいよ!」
ああ、ダメだ。
ちょっと色々とアレがナニして、立ち眩みが。
俺ぁ失礼して、床に倒れ伏してから、花梨に言った。
「なっ? 俺は言っただろ? 花梨の一番の才能は、どこまでも努力を重ねられるところ。そんで、欠点はその努力を自分で認めてあげられないところ。花梨は頑張ってんだから、もっと自信持ってくれ! 彼氏としちゃあ、もどかしくていけねぇ」
「桐島先輩……。死体みたいな姿勢で素晴らしいお言葉を……! さすがです!」
「花梨姉さま! この服、心菜欲しいのです! おいくらですか?」
「それやったら、ウチも買います! むっちゃ着心地ええですから!」
花梨の顔が、やっとほころんだ。
そうだとも、やっぱり花梨は笑ってる顔が一番だ。
努力は嘘をつかない。
結果は後からついてくると言うが、たまにゃ褒められてもてはやされる資格が、花梨にはあると俺ぁ思うのである。
「もぉー! 皆さん、なんでそんなに優しいんですかぁ! あたし、もっと頑張れちゃいますよぉ! 公平先輩!」
「おう。ああ、ちょっと興奮し過ぎて立てない。鬼瓦くん、すまんが」
「ゔぁい!」
鬼神に抱えられて、俺は花梨と向き合う。
「いつもコウくんは、あたしに勇気をくれます! ありがとうございます!」
「彼氏として、当然の事をしたまでだよ。気にしてくれるな!」
また一つ、歩みを進める俺の恋人。
負けないように俺も励まなければ。
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