第522話 花梨と膝から崩れるオープンキャンパス
冴木邸での大宴会を終えた俺は、メロン片手に自宅へ帰還。
とりあえず、事後報告になってしまったが、うちの両親にもちゃんと伝えなければ。
「ただいま」
「あんた、やっと帰ったのかい! ビーフストロガノフが冷めちまったじゃないか!! 困った子だよ、本当に!!」
「おや、公平。少しお酒入ってるのかな? そうか、どこかで宴会でもして来たね? 父さんは家でエビスビールとローストビーフで寂しい晩酌だよ」
我が家の経済状態は、バブルを迎え、今のところ弾ける気配すらない。
ビーフストロガノフが冷めてるって、もう一種の煽りだよね。
この激変を見て、さぞかしゴッドも驚いたと思う。
ん? 知ってた? またまた、すぐゴッドはそういう事を言う。
父さんが課長になって、俺の学費まで面倒見てくれている事とか、涙なしでは語れないんだけど、聞かなくていいの?
本当に知ってるんだ!? ヤダ、ゴッドって怖い!!
じゃあ、もう説明は省くからね!
「父さん、母さん。実は話があるんだけど」
「お父さん! まだデリバリーって間に合うかしらね!? お寿司頼みましょう!」
「どうだろうなぁ。よし、父さんはナポレオンを開けよう」
「ちょっと待ってくれよ! まだ何の話かしてねぇじゃん!!」
「あんたが改まる時なんて、結婚決めたか人殺したかのどっちかだろう!」
「ははは、母さんはひどいなぁ! 公平が人なんて殺せるものか! つまり」
「結婚するんだね、公平! これはめでたい! ナポレオン、ロックでいこう!!」
「いや、理解力!! そして人として器の大きさ!!」
いかん、ツッコミ入れてる場合じゃなかった。
結婚といえば、人生の大きな節目。
ちゃんと両親に認めてもらう必要がある。
「あのな、相手なんだけど」
「花梨ちゃんだろう? 毬萌ちゃんが県外に行ってからしばらく寂しそうだったけど、それもすぐに治ったからね! 良い子じゃないか!!」
「確か大企業の総帥やっていらしたんだっけ、お父さんは。これは、ブリオーニのオーダーメイドでスーツ作るか! 公平が恥かかないようにしないとな!!」
「いや、話の展開速度!! どうしたの!? 息子が結婚するって言ってんだよ!?」
「あんたが選んだ子なら、間違いないだろう! なんせお父さんの子だよ、あんた!!」
そりゃあ、そうだけども。
とんとん拍子で進んでいくのはちょっと怖いよ!?
「母さんとの結婚は学生結婚だったから、色々と反対されてなぁ。だから、公平が学生結婚するのなら、応援してやりたいんだよ。冴木さんとこには敵わないだろうけど、披露宴はうちで持とうか、母さん」
「そうね! まず、ご挨拶に伺わないと! 忙しくなってきたわ!!」
「ちょ、ちょっと待って! あくまでも、今回は婚約したのであってだな! 色々と超えるべき壁があるの! 正式に夫婦になるまでにゃ何年もかかるよ!!」
とりあえず、説明は完了。
そして注がれる、なんか高そうなブランデー。
「じゃあ、うちは一足早く祝っておこう。一人前の男になったんだから、公平にも一人前の酒を」
「お、おう。じゃあ、いただきます。ぐぅぅぅぅ! 度が強い!!」
高校卒業するくらいから、むちゃくちゃ理解のある俺の両親。
今はそれに感謝しつつ、明日の予定もあるのでベッドに潜り込んで眠りについた。
頭痛い。超痛い。
やってくれたな、ナポレオン。
ハイボールくらいしか飲まない俺に、あんな高い酒は早すぎたんだ。
フラフラと待ち合わせ場所に着き、2本目の液キャベを飲んでいると、花梨がやって来た。
「すみませーん! 遅くなっちゃいましたぁ!!」
「おう。平気、平気。全然待ってねぇから」
「その割にはなんだかお疲れ……と言うか、具合が悪そうに見えますけどー?」
「おう。昨日、父さんと酒飲んでな。二日酔いっぽい」
「ええー!? じゃあ、今日はお休みにして、別の日に!」
「何言ってんだ、花梨! 時間は有限! 今日出来る事を後回しにしちゃいかん!!」
顔を緑色に変色させているくせに、何と言う正論。
俺だったらこんな自制もできない緑野郎に説教されたくない。
「……コウくん! ですよね! じゃあ、4つある候補、全部回りましょう!」
「おう、任せとけ!!」
ここが、花梨の苦難の入口だった。
1つ目を訪問し、2つ目を見終えた後には重苦しい空気が漂っており、3つ目の候補に行った際には、やっぱりかと2人して肩を落とした。
入学試験があるのは当然のことながら、デザイン系、服飾系の専門学校では、平面構成あるいはデッサンという科目がある。
他の筆記試験は一般教養レベルらしいので、花梨なら楽勝だろう。
平面構成とは聞き慣れないなぁと思い、2軒目の学校で聞いてみた。
その時の様子をご覧頂きたい。
「ようするに、ポスターや絵画も平面構成ですので、端的に言えば絵を描く試験です。とは言え、よほど酷くもなければ落ちませんよ」
「あの、デッサンと選べるとのことですが」
「はい。得意な方をお選びいただけます」
「どちらもなしという訳には?」
「ふふふ、冗談がお上手ですね! 算数が出来ない人に簿記の資格を取れと言っても無理なのと同じことですから」
こんな感じのやり取りを終え、俺と花梨は外に出た。
近くの公園があったので、とりあえず座ると、花梨が涙を浮かべて抱きついてきたのだった。
「しぇんぱーい! あたし、あたしの夢が終わってしまいましたぁ!!」
「待て、落ち着け、花梨! 別に、今年入学しないといけない訳でもないんだから! とりあえず、絵の練習をしよう! な!?」
「……くすん。でも、あたし、昔は絵の家庭教師を受けたこともあるんですよ? ……プロの人にさじを投げられているんですよ……」
「お、落ち着け!! ほれ、思い出してみ!? 花梨は苦手だった料理だって、頑張って得意になったじゃねぇか! あの時を思い出せ!!」
松岡修造が幽体離脱してその辺を漂っていないかしらと辺りを見回すと、修造はいなかったが、代わりに見知った顔が専門学校から出て来た。
呼び止めない理由がない。
「美空ちゃーん!! おおい、俺だ、桐島公平!! おおーい!!」
「おわっ!? 公平兄さん!? ちょ、ちょちょ、声が大きいですって!!」
久しぶりに再会する、関西系元気っ子天使、美空ちゃん。
今は高校二年生。
「ごめんな、急に声かけて」
「ほんまですよー! ビックリしますって! でも、久しぶりにお会いできて嬉しいです! 公平兄さん! と、花梨姉さんは、どうしてこんなに落ち込んでるんです?」
俺は、花梨に許可を得たうえで、専門学校に入るための課題が山みたいに高くてデカいという事を美空ちゃんに話して聞かせた。
「えーっ!? 花梨姉さん、ここに入るんですか!? ウチも高校出たら通いたいなぁ思うて、今日は見学に来たんですわ! 偶然ってあるんですね!!」
「ちなみに、美空ちゃんって絵の腕前は?」
「ウチですか? 自慢するほどの事でもないですけど、一度だけ市のコンクールに入賞した事がありますー!」
「おう。マジか。すごいなぁ!」
すると花梨さん、動く。
「美空ちゃん! あたしを弟子にして下さい!!」
「えぇっ!? で、弟子ですか!? いや、そんな、ウチなんて大したことあらへんのに!!」
そこで気付いた俺。
料理下手だって、磯部シェフをはじめ高名な料理人が束になっても太刀打ちできなかったではないか。
それを救ったのは誰か。
言うまでもなく、天使。心菜ちゃん!
花梨は聡明なので、納得できていなくても相手に配慮して「大丈夫です」と自分の意見を抑えることがある。
相手が良く知った相手の美空ちゃんならば、あるいは!!
「美空ちゃん、俺からも頼む! どうにか、花梨に夢を追わせてやりてぇんだ!! その分、学校の課題や、勉強で分からねぇ事があれば、俺が家庭教師するから!!」
「んー。ほんなら、ウチの教えられる範囲で良いですか? あんまり期待せんといてくださいよ? ……分かりました。やってみます!」
こうして、花梨の修行が始まった。
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