第521話 花梨パパとよく分かる「娘さんを俺にください」

「くっくっく。息子よ。今日は貴様の方から折り入って話があるとか。このような事は初めてであるがゆえ、ワシも正直心中はガクブルと察するが良い! ついにデキたのかと、先ほどから震えが止まらぬわ! 田中にカフェイン錠剤を買いに行かせる事になろうとはな。くくくっ、して、どうした? 出来れば衝撃は柔らかめで頼む」


 花梨の進路が定まったら、応援するのが俺の役目。

 そうなってくると、どうしても花梨のパパ上と対話の席を設ける必要がある。


 専門学校に通うのだって、費用はもちろん親を頼らなければならないし、そもそもデザイナー目指すんだったら、冴木グループどうすんだって話にもなってくる。



 俺の覚悟はとっくに決まっていた。



 花梨が3度目の告白をしてくれた、花祭学園の卒業式。

 その時に「俺はこの子のために生きよう」と決意した。


 告白というものは、実にエネルギーを必要とする。

 時に脈打つ心臓が痛いほど。時に想いを秘めた胸が張り裂けそうなほど。

 楽しい感情をはるかに凌駕りょうがする、悲壮感。


 それらに打ち勝って、ようやく「好きです」という言葉は出て来る。


 そんな行為を3度もさせてしまった愚か者な俺が、今度は一生かけてその想いに応えようと思うのは、むしろ必然。

 そうしない理由がなかった。


 今日は、その第一歩。



「お父さん。お話があります」

「うむ。万が一に備えて、医療班を隣の部屋に待機させておる。申すが良い」


 ただし、一番大事なことは、やっぱり花梨の口から言わなければ。

 告白ばかりさせて申し訳ないが、その分、フォローは任せとけ。


「あのね、パパ! 聞いて欲しい事があるの!」

「花梨ちゃんから来るの!? やだ、パパそっちのパターンは想定してない! ちょっと待って! ちょっと待って!! 田中ぁ! 濃いめのポカリを持って来い!!」


 シュタッと参上した田中さんの手には、人数分のグラスが。

 さすがです。


「ひぃ、ひぃ、ふぅー。……よし、大丈夫! パパ、準備できたよ!! さあ、花梨ちゃん、何を言うの!? これまでワガママなんて言ったことない我が娘と真剣な表情で向き合うと、正直ストレスでひげが全部抜けそう!!」


 花梨は、「ふぅ」と息を吐き、胸に手を置いて、ゆっくりと。

 しかしハッキリと希望を口にした。



「あたし、デザイナーの道に進みたい! ママみたいな!!」

「……ええっ!? 全然良いよ!?」



 親子の攻防は、一瞬で決着を見た。

 さすがはグループ企業の総帥。判断が早い。


「へっ? いいの? だって、あたしこれまでずっとパパのこと邪魔者扱いしてきたのに! いきなりこんなワガママ言って、怒らないの!?」

「ええ!? むしろ、パパが怒ると思ってた方にショック! 怒らないよ! だってパパ、花梨ちゃんのパパだからね!? 娘がやりたい事見つけるとか、最高じゃん!!」


 田中さんが俺の背後にシュタる。

 そして小声で「桐島様。お覚悟を決めなすったのですな」と囁く。


 俺は小さな声で「はい」と答える。

 「委細承知つかまつった! それがし、準備を! ご免!」そう言って、田中さんは消えた。


 さて。俺の番だな。



「あの、お父さん」

「なに!? ……なんだ。貴様、このワシをガクブルさせるとは、やはり只者ではないな! きっと、花梨ちゃんの背中を押してくれたのであろう?」


「そうですね。娘さんの将来に介入してしまいました」

「何を申すか。男女交際をしている以上、それは当然である」

「いえ。それじゃあ、俺のケジメがつかないんで。今日はお願いにあがりました」


 まさか、二十歳になった直後の若さで、このセリフを口にする事になろうとは。

 もちろん、いつかは言おうと思ってはいたけども。

 男にとって、一世一代の告白である。


 花梨。

 俺に想いを告げてくれた時の勇気の5分の1で良いから、ちょいと貸してくれ。



「お父さん。娘さんと、花梨さんとの結婚を認めて頂けませんか」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」



 パパ上が鼻血を噴いて倒れた。

 えらいこっちゃ。

 やっぱり前置きがもう少し必要だったか!?


「ここは某が! 医療班、血圧、脈拍の確認を! 必要に応じて点滴! 落ち着かれよ、お屋形様! まだ、ここは山の5合目でございますぞ!!」


 田中さんの迅速な対応で、パパ上が数分してから起き上がる。

 もう少し安静にされていた方が良いのではございませんか。

 体調不良の原因が差し出口を挟んで恐縮ですが。


 しかし、そこは冴木グループの総帥。地力が違った。


「くっ、くくくっ。そうか、貴様、覚悟を決めおったか! 花梨ちゃんを嫁に寄越せと抜かさずに、結婚を認めよと申した、その意味は分かっておるな? 正直もうちょっと先の未来だと思っておったから、危うく昇天しかけたわ!!」


「はい。俺なりに、一応覚悟をしてきました。一人娘の花梨さんと結婚するという事は、冴木家のお立場を考えると、軽々しく言える事ではありません」


「……くくくっ。貴様、今は経済学部にて勉学に励んでいたな? これを見越しての事か? んん?」

「まったくの偶然です。すみません」


 パパ上は、冴木邸の高い天井を数秒見上げてから、視線を自分の娘に向けた。

 いつになく真剣なお顔は、事の重大さを推し量るには充分だった。


「花梨ちゃん。先輩と結婚するという事は、どういう事か、分かるね?」

「……うん。分かってる。でも、公平先輩が決めてくれたことだから! あとは、パパが認めてくれたら! あの、先輩は本気で! すごく一生懸命で!!」


 パパ上は「分かっているよ」と言って、手で花梨の言葉を制した。

 そして再び、俺の方を向く、眼光鋭い冴木家の当主。


「良いだろう。貴様の覚悟、どの程度か見せてもらおうではないか。条件がある。ワシは学歴など取るに足らんと思っておるが、それでは下の者に示しがつかぬ。宇凪市立大学を首席で卒業せよ。そして、正規のルートで我が社の採用試験を受け、トップで通過して見せよ。……できぬとは言うまいな?」


「はい! その程度、花梨さんと一緒になれるなら、軽いものです! こんなに得難えがたい人は、世界中どこを探してもいません!!」


「くっくっく。抜かしおるわ! ……良かろう! では、その時まで、貴様と花梨ちゃんは、婚約関係であると認めよう!! 田中ぁ! 磯部ぇ!!」


「はっ。田中、ここに!」

「磯部もこちらに控えております! なんでございましょうか!?」


「磯部、宴の用意をせよ! 今日はめでたい日になった!! 全社員は明日から3日間の有給休暇と特別賞与を取らせる! 無礼講である!! 田中、手配せい!」


「かしこまりました! みんな、急ぎで仕事だ! 忙しくなるぞ!」

 磯部さんが厨房に向かう。


「はっ。既に手配してございます」

「貴様! くくくっ、良い! 褒めてつかわす!!」


 どうやら俺は、一応、花梨のお父さんに認めてもらえたようだった。

 課せられた条件はどちらも楽なものではない。

 だけど、花梨のためだと思えば、やってやれない事はない。



 そして開かれる宴会。

 花梨とパパ上も今日ばかりは楽しそうに話をしている。


「お屋形様! こちらを!」


 そして、宴会の席でも音を置き去りにする田中さん。

 何やら、数枚の紙を持って参上。


「うむ。ご苦労だった」

「はっ」


「花梨ちゃん! 家から通える範囲で服飾関連の学校をピックアップしたよ! 夏休みの間に決めちゃいなさい! それから、大学もおろそかにしないこと。パパと約束できるね?」

「うん! ……はい! 約束します!」


「それでは、本当の意味で未来の息子よ。花梨ちゃんを、娘の事を、よろしく頼むぞ!」

「もちろんです! この命に代えても!!」


 こうして、花梨の夢を供に叶えるために。

 花梨の夢の先をずっとそばで寄り添って見届けるための。


 俺と花梨の戦いが始まった。


 その道は既に結構ないばら道。

 それなのに、もっと険しくなるという事実を、俺も花梨も、パパ上さえも知らないのである。

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