第520話 花梨と海

 日差しがエノキタケをこんがりと焼き上げようとしていた。

 こんな日は、冷房の効いた室内で安静にしておくが吉。


 だけど、俺は炎天下の中、砂浜に立っている。

 日光と熱々の砂というダブルパンチ。

 蒸し焼きにされるのかな?


「せんぱーい! お待たせしましたぁー! どうですか!? 似合ってますか!?」

「おう! 露出加減がちょうど良くて、思わず何度もチラ見したくなる、素晴らしい水着だな!! あと、素晴らしいおっぱい!!」


 夏と言えば、海。

 海と言えば、水着。

 水着と言えば、花梨。


 3年ぶりの海水浴にやって来た俺たち。

 3年前と違うのは、2人きりだという事。


 そして、花梨さんが成長している事実。

 俺? 1キロのダンベルを3回も上げ下ろしできるようになったよ?

 もうね、筋肉の喜んでるのが分かる。


「もぉー。先輩は困った人ですね。胸ばかり見るんですから」

「失礼な! ちゃんと脚もお尻も見てるぞ!!」

「あたしも日頃からスタイルの維持には気を付けているので、先輩に見られるのは嬉しいんですけどぉー。男の人ってみんなこんな感じなんですかねー」


 断言しても良いけど、男の人ってだいたいこんな感じだよ。

 スタイル抜群の彼女が水着に着替えたら、そりゃあ見るよ。

 むしろ、海とか添え物になるまである。海なんかノリ弁のきんぴらだ。


「ところで先輩。あたしを見てくれるのもいいんですけど。水着に関してはもっと何か感想ありませんか?」

「おう。水着?」


 今日の花梨のファッションチェック。

 白と緑の水着は大変眩しく、ビキニタイプのシンプルな構造だが、胸もとにはリボンが付いている。


「リボンが可愛いな!」

「わぁー! すごい、先輩、分かっちゃいましたかぁ!? この、胸もとと腰のリボン、すごく気を付けたんですよ! さすが公平先輩です!!」


「ん!? もしかして、花梨が作ったのか!?」

「はい! と言っても、デザインしただけで、水着を作成してくれたのは家の人なんですけど。えへへ」


 そろそろ暑さでエノキバターになりそうな気配を感じて来たので、とりあえず花梨を浮き輪に乗っけて、海の中へ。

 話はそちらでじっくりと聞こうじゃないか。



 花梨船長の浮き輪丸が波間で揺れる。

 俺は浮き輪にくっ付いて身を任せる漂流者スタイル。

 大事な彼女の水着姿を野郎のいやらしい目から守れるだけでも高得点なのに、リラックスして話もできるとか、浮き輪ってステキ。


 でも今日は水着姿の花梨の方がセクシー。


「しかし驚いたな。花梨、デザインなんて出来たのか。全然知らんかった」

「だって、先輩にも内緒でしたから!」


「そりゃまた、なんで? あれだったら、俺の水着もデザインして欲しかったなぁ」

「ホントですか!? 内緒にしてたのはですね……。あの、あたし、ちょっとだけ迷っていまして」


 タイミングよく、流れて来た海藻が俺の腕に張り付き、話の邪魔をする。

 ワカメ、てめぇはあっちに行ってろ。


「良いじゃん。実際、花梨の水着、おっぱい抜きにしても相当可愛いし。売ってたら花梨に勧めたくなると思う。マジで」

「先輩がそう言ってくれるのは、あたしの事が好きだからじゃないですかぁ?」


「そりゃあ、もちろんそういう贔屓目ひいきめもあるだろうな。けど、俺の名前を忘れてくれるな。公平な視野に関しちゃ、ちょいと自信のある男だぜ?」

「ふふ、あはは! そうでしたね! じゃあ、先輩。あたしの悩み、聞いてもらってもいいですか? やっと大事な人に打ち明ける決心がつきました」


 俺の彼女がなにやら重要な話をするらしい。

 その辺を漂うワカメを片っ端からぶん投げた。

 ダンベルトレーニングの成果だろうか、ワカメたちは「失礼しました」と去って行く。



「デザイナーになりたかったのか!? マジで!? 全然気付いてやれなかったなぁ。そうかぁ。ごめんな、俺、彼氏なのに」


 花梨は、「実は……」と切り出した。

 そして「将来、自分の母親のようなデザイナーになりたい」と、真っ直ぐに言う。


「あ、いえいえ! あたしが絶対に誰にもバレないよう隠していたので! 先輩が気を落とさないで下さい! むしろ、あたしの方こそ、秘密にしててごめんなさい」


 俺たちは、ひとまずお互いにごめんなさいをした。

 例え恋人でも、言いたくない事はあるし、それを全て共有しようと言うのは、エゴだとも思う。


 だから俺は、自分の言葉で彼女に伝える。


「それじゃあ、これから先、大事な事の隠しごとはヤメような。特に将来に関わるような事は。……俺ぁ、花梨との将来についてだけは、真剣に考えときたいと思ってんだ。頼りねぇかもしれんが、花梨の希望は全部知って、支えてやりたい」


「公平先輩……! もぉー、そーゆうところが大好きです!!」

「うおっ!? ちょ、花梨、いきなり抱き着くのは反則だろ!?」


「……コウくんのセリフの方がよっぽど反則ですよぉ! もぉー! 好きです、好き!!」


 ちょいと唇を重ねる失礼を詫びておこうと思う。

 俺も花梨もまだまだ若いので、一時の熱情でキスしちゃったりするのである。

 ただ、ちゃんと周りに人がいない事を確認しているので、お許しあれ。


「やれやれ。そんなに泳ぎが得意じゃねぇのに、無茶してくれるなよ」

「公平先輩がいれば、溺れる心配ないですもん! ですよね!?」


「おう。そりゃあ、命に代えても守るけども。最悪、2人で溺れるぞ?」

「それならそれでもいいです!」

「こらこら。滅多なこと言うもんじゃないよ」


 花梨は「えへへ。ごめんなさーい」と謝って、浮き輪に戻った。


「そんで、デザイナーか! 良いじゃねぇか! 俺ぁ応援するぞ! ……と言いたいんだけども、花梨、経済学部に入っちまったよな。もしかして、俺に気を遣わせちまったか? デザイナーなら、芸術学部とかなんじゃないの? よくは知らんけども」


「いえ、経済についても学びたいと思っていたので! もちろん、先輩と一緒の学部が良かったのもありますけど。それに、あの、あたし絵が……」

「……Oh」


 お忘れのゴッドは思い出していただきたい。

 花梨は何でもそつなくこなす秀才だが、芸術、特に絵に関しては、実に独創的なセンスを持っており、残念ながらまだ世の中が追い付いてこない。


「でも、デザインする力は確かなものがあると思うぞ! 素人の考えでわりぃけど。じゃあ、どうするか。お母さんに師事するか?」

「んー。それも良いと思うんですけど、ママって有名人ですから。ママから教えてもらうと、どうしても忖度されると思うんです。周囲からは」


 花梨らしい、強い意見だと思った。


 お父さんはグループ会社の総帥、お母さんは有名アパレルブランドの社長。

 こんなに恵まれた生まれなのに、彼女はそれを利用したり、ひけらかしたりした事は一度としてない。


 そんな彼女を一番近くで支えてあげられるのは、彼氏である俺の役目。

 何のために花梨よりも1年早く生まれて来たのか。


 彼女のために一歩だけ先を行くからだったと、俺は知る。


「それじゃあ、専門学校でも行ってみるか? 宇凪市にもいくつかあるだろ。この辺では学校関連が充実してる方だし。それとも、東京とか行ってみるか? もちろん、着いて行くぞ?」


「いえ! せっかくウナ大に入ったので、ちゃんと卒業したいです!」

「じゃあ、とりあえず専門学校探しから始めるか。さすがに、独学で行くにしても、いろはくらいは学ばねぇとな」


「もぉー。なんでいつもそんなに頼りになるんですかぁ。……コウくんってば」

「そりゃあ、惚れた相手のためならな。できる事は精一杯。できねぇ事はできるまでやるのが俺の信条だから」



 波に揺られる花梨を見ながら、俺は決意を声に出す。

 今、このタイミングが最適な気がしたのだ。


「ところで花梨」

「はい?」



「お父さんに、花梨と結婚したいって言ってもいい?」

「へぁっ!? えっ、あの、それって!?」



「おう。そうだ、順番が違うな。花梨。俺に君の人生を半分背負わせてください。そうすりゃあ、俺ぁ今よりずっと、頼りになる男になれる。おうっ」

「……大好きです!! 大好き! コウくん!!」



 人生、何がきっかけで動き出すかは分からない。

 俺と花梨の進む道が、遊びに来ていた海水浴場で急速に定まった。


 思えば、初めてキスの未遂をしたのも、この場所だったか。


 運命語るロマンチストは柄じゃないが、少しくらいは思うところもある俺なのであった。

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