第519話 花梨とちゃんとしたキス

「公平先輩! あたしとちゃんとキスしてください!!」

「おう!? どうした!?」


 今日は花梨に誘われて、冴木邸でお昼ご飯をお呼ばれしている。

 当然、花梨がいるという事は、花梨パパも同席している訳で。


「花梨ちゃん!? えっ、なに、先輩とキスするの!? ちゃんとってなに!? 正式ではないキスならした事あるの!? 花梨ちゃん!?」


 こうなるのも自明の理。

 むしろ、年頃の娘を持つ親のリアクションとしては、珍しくパパ上が合格点を出していた。



「パパうるさい! って言うか、なんでいるの!? 商談に行けば良いじゃん!」

「ええー。だって、だってー! 先輩と花梨ちゃんが一緒にご飯食べるんだったら、パパも参加したいじゃーん!」


「お父さん。お暇なときに呼んでもらえれば俺、すぐに伺いますから」

「くくくっ、やはり凡人とは違うな! 我が息子よ! 痒い所に手が届く、実に見上げた男よ! くっくっく、では、ワシは仕事に行くとしよう」


 パパ上、大事な商談の途中で「娘と息子と飯食ってくる」とか言って抜け出して来たらしい。

 会食の途中で。


 いや、ここで飯食わんのかい! と、先方もさぞかし戸惑っただろう。


「それでですよ、公平先輩! あたし、もう大人ですよ!?」

「あ、忘れてたー! 先輩のメロンは冷蔵庫に入れてあるからね! デザートに食べるなり、お土産に持って帰るなり、好きにして良いからね!!」


「もぉー! パパ、ウザい!」

「ありがとうございます、お父さん」


 今度こそ、本当にパパ上は去って行った。

 今日のメロンはどこ産の何メロンかしら。


「せんぱーい? あたしが目の前にいるのに、他のこと考えてたでしょ?」

「おう。すまん。だけど、誓って別の女子の事とか考えてねぇよ!? 今はメロンの事で頭がいっぱいだった!」


「もぉー! 人間相手の浮気はもちろん嫌ですけど、メロンに浮気するのも嫌ですぅ!!」

「大丈夫だって! 僅差で花梨への愛が勝ってた! マジで!!」


 膨れっ面の花梨さん。


 キスと言えば、思い起こすは高校2年の夏。

 みんなで遊びに出掛けた海で、漂流した末辿り着いた防波堤の上にて、俺は花梨にキスされたのだった。


 ただし、頬っぺたに。


 それ以降、何度かキスしそうになるシチュエーションはあれど、よくよく考えてみるといずれも未遂で終わっている。

 花梨と付き合うようになって、1年と数か月。


 世間一般で言うところのタイミングでは、遅すぎると言われるかもしれない。

 だけど、俺の言い分も聞いて欲しい。


 花梨は年が1つ下だから、どうしても俺の方から強引にキスをするのは、精神的にはばかられた。

 かと言って、受験勉強に集中していたマジメに定評のある花梨が、「キスしましょう!」と迫って来るかと言えば、もちろん答えはノー。


 こんな事なら、「合格のご褒美は、甘いキッスだぜ!」とか売れない少女漫画みたいな布石を置いておけばよかったのに、俺ったらなんて間抜け。


「もぉー。また考え事してます!」

「いや、今度はちゃんと花梨について考えてたぞ。どうやってキスするかなぁって」


「へぁっ!? そ、そーゆうのは、彼女に言うものじゃないと思います!」

「ええ……。キスの話してきたのは、その彼女じゃん」


 花梨は「それはそれ、話が別です!」と、俺の知らないロジックを展開する。

 雨の季節も終わり、今日はカラッと晴れたいい天気。


「とりあえず、どっか出かけるか。休みの日だし」

「はい! デートですね! もぉー、先輩が言うから、仕方なくですよぉ?」


 その割には、気合の入った格好である。

 しかし、そこを指摘するとまた花梨がフグになるので、価値のある沈黙を貫いた。



 そしてやって来たのは、宇凪川。

 宇凪市を縦断して流れる、そこそこデカい河川。

 ちなみにかつてはウナギが獲れたとか。今は知らん。


 宇凪川の河川敷と言えば、市内の定番デートコースの一つに数えられる、カップルホイホイスポット。

 そんなド定番な場所だけども、俺と花梨が訪れるのは初めて。


「あー! 見て下さい、公平先輩! アヒルです、アヒルがいます!!」

「おっ! ホントだ! いちにのさん、し……6羽もいるな! 家族かな?」


「どうでしょう? あ、ほらあそこ! あそこで1羽だけそっぽ向いてる子、ちょっと先輩っぽくて可愛いです!」

「俺ぁアヒルになっても仲間外れにされるのか……。頑張れ、俺! 仲間のところに行って、俺も輪に入れてくれって言え、俺!!」


「あはは! 先輩、何言ってるのか分かんないですよー!」

「なんてこった。俺が独りで流されて行く。強く生きろよ、俺」


 俺は、俺の生き写しのアヒルに別れを告げて、花梨の手を引き屋台を見て回る。

 休日という事もあり、食べ物系の屋台が多く並んでいたが、残念なことにもう昼ご飯は冴木邸で磯部シェフの絶品グルメを頂いたあと。


 しかし、デザートくらいなら良いかと思い、花梨に提案する。


「かき氷でも食うか。今日は結構暑いし。どうだ? まだ満腹だったらヤメとく?」

「いえ! 食べましょう! かき氷はカロリー低いですし!」


 デザートのカロリー計算にも余念のない花梨さん。

 そしてその苛烈かれつを極める試験に合格したかき氷。君は誇って良い。


「すみません、2つください」

「あいよ! お味はどうしましょう?」


「んー。ブルーハワイで。花梨はどうする?」

「じゃあ、イチゴをお願いします!」


 屋台のお兄さんは日に焼けた肌が良く似合う、健康的なタンクトップスタイル。

 うらやましい。俺もタンクトップの似合う男になりたかった。

 過去形で語るくらいには、自分の肉体について見識も深まっている。


 何をしても、ダメなものは、ダメなんだよ。ヘイ、ゴッド。


 500円玉で支払いを済ませて、俺たちは河川敷の人が少ない辺りに腰を下ろす。

 花梨が座る場所には、ハンカチを敷いてあげることも忘れずに。


「わぁー! ありがとうございます!」

「スカートなんだから、脚にも気を付けてな。俺が通りかかったら、凝視する自信はあるからな!」


「あはは、先輩のエッチ! 気を付けますよー。あたしだって、先輩以外の人にいやらしい目で見られるのは嫌ですから! いただきます! はむっ」

「俺もいただきますっと。あー、この安っぽいかき氷、ホッとするなぁ。最近はなんかフワフワしたヤツが幅利かせてるからな。食った事ねぇけど」


「あれも美味しいんですよ? 今度磯部さんに作ってもらいましょう!」

「ううむ、どうすっかな。それ、絶対美味いじゃん。俺、こっちで我慢できない体になったらどうしよう」


 少し強い風が吹いて、花梨の髪が俺の鼻先に当たる。

 彼女は「すみません!」とこちらを向いて、俺も「大丈夫だよ」とそちらを向いた。


 顔の距離が、「キスをするなら今ですよ」と言わんばかりに接近する。

 花梨はもう勇気を出して、「キスしたい」と昼飯の時に口に出している。


 ならば、年長者であり、彼氏でもある俺がリードすべきだろう。



「花梨。キスして良いか?」

「……ズルいです、コウくんは」



 そして、静かに重なった唇。

 時間が止まったり、周りの雑音が消えたりするようなロマンチックな演出はなし。


 事が済めば、ゆっくりと離れていく俺と花梨。

 随分と遠回りした、ファーストキスだった。


「初めてのキスはレモンの味とか言うみてぇだし、レモンにしときゃ良かったな、かき氷。ブルーハワイ味とか、すげぇ表現し辛いことになっちまった」


 無粋な一言を付け加えるのは、もはや俺の習性。

 花梨も今日は1回膨れっ面になっているので、2度目はなかった。


 代わりに、頬を赤くして、彼女は言った。



「もう一度、その、確認してみませんか? 次は、イチゴの味がするかも……んっ」



 かき氷のシロップはどれも同じ味だと言うトリビアをご存じか。

 香料の違いにより、各フレーバーの味がするとかなんとか。


 ならば、俺たちのキスの味は。


 一つ言えるのは、何味かの判別は付かずとも実に甘かったと言う事実。

 これから何度彼女とキスをしても忘れることはないだろう。


 夏がすぐそこまで来ている。

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