第517話 花梨と大学生になっても先輩は先輩

 今日は宇凪市立大学、通称ウナ大の入学式。

 つまり、俺は二年生になり、新入生たちが入学してくる訳で。


 花梨は宣言通り、ウナ大を受験した。

 結果? それをここで言うほど俺は野暮じゃない。

 失礼しちゃうわ、ヘイ、ゴッド。


「せんぱーい! 公平せんぱーい!! お待たせしましたぁー!!」

「おう! 急がなくても平気だって! 慣れねぇスーツなんだから、転ぶぞ!!」


 フレッシュなスーツ姿で駆け寄って来る、高校の後輩。

 そして、今日からは大学の後輩。

 その正体は、俺の恋人。


「だって、またこうして先輩の後輩になれて、嬉しいんですもん!」

「どうだった? 入学式」


「はい! 問題なくこなしました!」

「ほほう? この春って言うところを、こにょ春って噛んでたように聞こえたけど?」



「もぉー! なんで知ってるんですかぁー!! 覗き見なんてひどいですよー!!」

「はっはっは! すまん、すまん!」



 この可愛い要素を全て足して凝縮した理想の女の子みたいなのが、俺の彼女。

 冴木花梨さん。

 ウナ大でも新入生総代で、代表の挨拶をこなした才色兼備な子。


 俺には不釣り合いだと思うけど、そう言って自分をけなすと怒られるのは高校時代から何度も経験済み。

 だから堂々と言っちゃう。

 俺にしか似合わない、理想の彼女。


「さっきお父さんにも挨拶したぞ。花梨ちゃんコレクションが増えたって喜んでた」

「はぁ……。パパっていつになったら子離れできるんでしょうか」


「まあまあ、花梨がそれだけ大切なんだよ」

「それは分かりますけどー。あー! もしかして、パパから動画のデータ貰う約束してませんか!? もぉー! その表情! 絶対にしてるじゃないですかぁ!!」


 うちの彼女は勘が鋭い。

 言うまでもないが、花梨のパパ上と俺の間では、『花梨ちゃんの可愛いところ共有同盟』の誓いが結ばれている。


 たまに内緒で、出かけた先の写真と、昔の花梨の写真を交換したりしている。

 小学校時代の花梨がな、これまた可愛いんだ!


「そんじゃ、構内を案内でもするか! つっても、オープンキャンパスで来たし、知ってるだろうけど」

「あたしがそのお誘いを断らないって、知ってて言ってますよね?」


「おう。バレたか。だってずっと楽しみにしてたもんな。入学式」

「当たり前ですよぉ! お付き合いしていると言っても、高校と大学じゃあ距離がありますし、寂しかったんですよー?」



「実は俺も心待ちにしてた。寂しかったのはお互い様だったみてぇだな」

「……もぉー。そーゆう事言うの、ズルいです!」



 とりあえず、花梨を連れて大学内を一周する事にした。

 既に結構な注目を浴びているが、そんなもん、花祭学園時代でとっくに慣れたわい。

 好きなだけ羨ましがるといい。だけど、石は投げないで。



「えへへ。なんだか、こうしていると高校に入りたての頃を思い出しません?」


 隣をぴったり同じ歩幅で歩く花梨が、思い出し笑いを浮かべる。

 「そうだなぁ」と返事をする俺。

 確かに、やっている事はあの時と全然変わっていない。


「どう頑張っても、俺ぁ花梨の先輩になっちまうからなぁ」

「あたしも、公平先輩が先輩なのは嬉しいですけど、1年だけ一緒にいられない期間があるのは、ちょっぴり寂しいです」


「おう。確かにな。ここが2つ目の学食だな。あと、カフェが1つあるぞ」

「やっぱり大学って広いですから、お昼ご飯食べるのも悩んじゃいそうです。ところで、先輩! あたし、先輩と同学年になれるいい方法を知ってます!」



「先輩が留年したら良いんですよ! 去年の単位、いくつですか? 6くらい?」

「ヤメなさいよ! ちゃんと講義に出とるわ! 48ちゃんと取ったよ!!」



 唇を尖らせて「ええー? もっとデートして、先輩を堕落させておくべきでしたー」と恐ろしい事を言う花梨。

 そんなダメな男が彼氏で良いのかよと思うものの、この子は「全然平気です!」とか普通に言いそうで困る。と言うか、多分言う。


「こっちが体育館だな。さっき入学式したから知ってると思うが、学食から一本道で通じてるから、体育の前に飲み物買いたい時なんかは便利だ」

「わぁー! 今のは頼りになる先輩っぽいです!」


 高校時代を思い出してエスコートしていたせいだろうか。

 高校時代をよく知るヤツと出くわした。


「桐島! サークルに入ってないお前が、なんで今日大学にいるんだ? ……ああ。そう言う事か。入学おめでとう、冴木さん」


 爽やかカバディ青年、茂木である。

 高橋がまったく勉強をせずに謎の大学へ進学したせいで、カバディコンビは解散となったが、茂木はウナ大でもカバディ部を立ち上げた。


 そのカバディにかける情熱は並々ならぬものを持っており、今日も入学式の片づけを買って出る代わりに体育館の使用を取り付けたらしい。


「茂木先輩! お久しぶりです! 全然変わってませんね!」

「はは! 久しぶり! 冴木さんは綺麗になったね!」


「お前なぁ。他人の彼女に平然と爽やかスマイルで口説くようなことを言うなよ」

「オレが何を言ったって2人の関係に影響はないだろ! 冴木さんの事は、桐島からよく聞いてたよ! 同窓生のよしみだし、今度一緒にお茶でも飲もう!」


 体育館から、女子が「茂木くーん!」と呼んでいる。

 相変わらずモテる男だが、何故か恋人は作らないこの男。

 「本気でカバディに集中したいんだ!」と言うが、そのセリフを後ろの女子部員たちに教えてあげると、一斉に退部しそうで少し面白そうである。


「それじゃ、オレは行くから! 2人は学内デートの続きを楽しんでくれ!」

「おう。お前も頑張れよー」

「茂木先輩、失礼します!」


 体育館を横切ると、グラウンドが広がっており、さらに直進すると芝生が整えられた中庭が現れる。

 経済学部の講義が行われる3号棟がすぐ傍なので、ちょっと一息入れたい時など、この中庭は重宝する。


 ちなみに、俺も花梨も経済学部である。


「そう言えば、花梨はサークルとか入らないのか? 大学では生徒会から解放されるから、好きなことする時間もできるぞ」

「先輩は何かサークル入ってます?」


「いや、入ってない。運動系はお呼びじゃねぇし、文科系なら興味もない事はないんだが、花梨が受験勉強頑張ってんのに俺だけサークルってのもなぁ。とか思ってたら、2年になってた。はっはっは」


「もしかして、あたし、先輩の大学生活のお邪魔になってましたか?」


 不安そうな顔をする花梨。

 まず相手の事を考える花梨らしい。

 そして、俺も似たようなものらしいのは、知人たちから指摘されて知っている。


「全然? 花梨が同じ大学に入るって言ってくれた時、実は俺、むちゃくちゃ嬉しかったからな! 毎日花梨とこうやって歩く日の事ばっか考えてた! おうっ!」


 俺の左腕に勢いよく抱きつく花梨さん。

 気を付けて。あんまり強く引っ張ると、腕が取れちゃう。


「もぉー! じゃあ、どうして家庭教師している時に言ってくれないんですかぁ! 言ってくれたら、その、あたしだって、もっと安心できたと言うか……」


「いや、だってそんな事言ったら、花梨の進路選択の幅が狭くなるって言うか、一択になるじゃん! 俺だって、花梨の将来の希望があれば邪魔したくなかったんだよ」


 お互いに顔を見れば、自然と笑顔になってしまう。

 やっぱり俺たちは、考え方が似ているらしい。


「じゃあ、今日からは先輩が好きなことを思い付きりしてください!」

「おう! もうしてる! 花梨と一緒なら、毎日が楽しいよ」


 そして、構内一周旅行の終着点。

 最初に待ち合わせした正門へと俺たちは戻ってきた。


「そんじゃ、今日のところは帰るか」

「はい! ……あ、そうだ、先輩、先輩!」

「おう?」


 花梨は少しだけ俺の前に駆けて行き、くるりとこちらを振り向いて言うのである。



「今日から、またよろしくお願いしますね! せーんぱい!」



 桜は散ってしまったが、目の前の笑顔の花はしっかりと咲き誇っている。


 こうして、俺と花梨の大学生活がスタートした。

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