第513話 毬萌とお茶会
成人式の翌日。
本日は成人の日により祝日。
なんだか日本語がアレしているが、事実は事実と受け止めなければならない。
ちなみに、明後日には毬萌と一緒に川羽木に戻ることになっている。
そして、その先には後期の試験が待っている。
わざわざ律義に待たなくてもいいものを。
そんな訳で、久しぶりの宇凪市への帰省も残すところあとわずか。
そこに小粋なイベントを開催してくれるのが、俺の愛すべき後輩。
「毬萌。本当に気持ち悪くないんだな? 頭が痛かったりは?
「もーっ! コウちゃん心配過ぎだよぉ! 確かに、昨日は途中で寝ちゃって、あんまり覚えてないけどさー」
途中で寝る前に色々と良くないハッスルしてたんだけどな。
「それなら、おう、まあ安心だな。案外酒に強いのかもしれんな、お前」
「そうかなぁ? じゃあ、今度はビールに挑戦してみるっ!」
絶対「み゛ゃーっ……」とか言って、その後は「なにこれ苦い……」としょんぼりした柴犬みたいになるビジョンが浮かぶんだけども。
「それにしても、連日お邪魔しちまって申し訳ねぇな」
「高校生の頃はしょっちゅう来てたじゃん!」
俺たちは、リトルラビットに招かれていた。
鬼瓦くんから連絡が来て『ご予定がなければで結構ですが、できれば来て下さい』と、彼にしては珍しく強めの口調だった。
ならば、来ない理由がない。
「こんにちはー」
「おじゃましまーすっ!!」
イートインスペースで、氷野さんが立ち上がりこちらに手を振る。
「こっちよ、こっち!」
「おう。なんだ、氷野さんが呼んでくれたのか。まあ、昨日はまともに話できなかったもんな。すげぇ酔い方で」
「や、ヤメなさいよ! 私、どんなに酔っても記憶は消えないタイプなのよ!! だから、あんたの記憶を消して! お願いだから!!」
また無茶をおっしゃる。
「はわ! 公平兄さま! 毬萌姉さま!」
「えっ!? あれ!?」
それは、天使の声に違いなかった。
だけど、俺の知っている天使と少しばかり様子が違う。
昔は俺の肩までしかなかったのに、随分と伸びた身長。髪も長くなっている。
だけど、振り返ったその顔は、天使そのもの。
あと、胸部の破壊力が結構な勢いで増していた。
「あのあの、兄さま、心菜のこと忘れちゃったのですか?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
鼓膜が
「い、いや、失礼。心菜ちゃん、大きくなったなぁ!」
「むふーっ。心菜、今年で高校二年生になるのです! いっぱい食べて、いっぱい運動したので、今は姉さまを追い越すのが目標なのです! 日進月歩なのです!!」
思わずもう一度胸をチラ見して、それから氷野さんのすらりとした全身の確認をする。
もう、追い越してるんだよなぁ。
「言うな! なにも言うなぁ!! 公平に少しでも優しさがあるのなら、口をつぐんで!!」
「オッケー、氷野さん。俺ぁ何も言わねぇ。心菜ちゃん、本当に見違えたよ。美空ちゃんは一緒じゃないのかな?」
「美空ちゃんは里帰り中なのです! 今日の夜に戻って来るから、よろしくって言ってたのです!」
「それは残念。会いたかったなぁ」
「その代わりに、スペシャルなゲストが先ほど到着されたのです!」
「えっ!? 誰だろう。俺の知ってる人?」
「みゃっ!! 久しぶりなのだーっ!!」
毬萌が大好きな人間を見つけた柴犬のように駆けだした。
その先には。
「もぉー! まさか、あたしの事も忘れちゃったんですかぁ? せーんぱい!」
俺の世界で一番大切な後輩が立っていた。
「おう! おう! 花梨じゃねぇか! 東京の大学行ってんだろ!? どうしたんだよ!?」
「えへへ、先輩たちが帰っていると聞いたので、来ちゃいました!」
「みゃーっ! 花梨ちゃん、会いたかったよぉー!!」
心菜ちゃんの変身にも驚いたが、花梨の姿にもやはり驚く。
外見はさほど変わっていないものの、まさに女子大生と言った感じで、何と言ったらいいか、雰囲気が様変わりしていた。
「皆さん、集まられましたか。では、お茶とケーキをお持ちします」
「おう、鬼瓦くん。そうか、今日のために皆を集めてくれたのか。本当に君ってヤツは、昔から仕事のデキる男だよ!」
「ゔぁい!」
「武三さんも、少しくらい思い出話に加わって、いいよ! お店は、私、お手伝いしとく、から!」
そしてもはや完璧に若女将の風格漂う勅使河原さん。
鬼瓦くんも「それじゃあ、少しだけ」と言って、彼女にお礼を言う。
もういつ結婚しても不思議じゃない。
「もぉー! 毬萌先輩、苦しいですよー!」
「だってぇー! 会えると思ってなかったから、嬉しいんだよぉー!!」
「まあまあ、2人とも、座んなさいな。ほれ、鬼瓦くんたちが色々持って来てくれるから」
「はい! おじゃましますね!」
「みゃっ! わたしもケーキ食べるーっ!!」
高校時代はどちらかと言えばサプライズを仕掛ける側だったのだが、こんなに嬉しいドッキリなら、何度でも味わいたいと思わずにはいられなかった。
「ほへぇー。年賀状に書いてあったから知ってはいたけど、経済学部とデザインの専門学校の二刀流か! 頑張ってるなぁ、花梨!」
「いえいえー。あたしがやりたいって言い出した事なので! パパの仕事も、ママの仕事も興味があったので、欲張っちゃいました!」
まだ大学一年生でこの将来設計は、さすが俺の後輩。
鼻が高くなってしまう。
「心菜ちゃんは高校生になって、何か変わった?」
「はいです! 多くのことを学んで、ちょっとずつ姉さまたちに近づこうと、毎日お勉強頑張っているのです! 一生懸命なのです!」
心菜ちゃんのしっかりした応答を聞いていると、竜宮城から帰って来た浦島太郎の気持ちが分かるような思いになる。
ああ、成長してるなぁ、みんな。
「武三くんはお店継ぐんだよねっ? と言うか、もう継いでるのかなぁ?」
「いえ、今は
「そうなのか。茂木も近くのウナ大に通ってるって言ってたな」
「ええ、時々お会いしますよ。見かけたらお声をかけてくださいます」
「それで、もう真奈ちゃんとは結婚の日取りを決めてるんですかー? このこの!」
「冴木さん、ヤメてよ……。昨日も先輩たちを待っている間に、その話題になったんだから。僕は独り立ちできるまではと思ってるんだけど……」
紅茶のおかわりを持って、颯爽と参上。
「私は思うんですけど、男の人って独り立ちを言い訳にしてますよね? だって、独りで立つより、愛する人と一緒に立つ方が効率もいいですし、心強いですし。それなのに、武三さんったら、いつもはぐらかすんですよ? 皆さんからも言ってあげてください! 私はもう、嫁入り前の天空破岩拳セピアをマスターしたのに!!」
テンションアゲ瓦さん、鬼瓦くんをコーナーギリギリまで一気に追い込む。
「ゔぁあぁあぁぁっ! ぎりじばぜんばい! 助けでぐだざい!!」
「おう。相変わらず、仲が良さそうで安心するなぁ。痛いっ!」
長い脚が、俺の
このキックスキルの持主は、この中で一人しかいない。
……万が一、心菜ちゃんが覚えてたら嫌だなぁ。
「ちょっと! なんで私には将来の展望を聞かないのよ!! 聞きなさいよ、公平!!」
氷野さんでした。ホッと一息。
「えっ? 氷野さんは警察官でしょ?」
「あたしもそう思ってました! 違うんですか?」
「マルちゃんの婦警さん、すっごく似合いそう!」
「な、なんでみんな知ってるのよ!? 誰にも話したことないのに!!」
「そりゃあ、まあ。高校時代を知ってたら、行きつく先はそこかなって」
ワイワイと未来予想図を描いていく俺たち。
全員が展望を語る順番を済ませた今、お鉢が回って来るのは当然俺たち。
さて、どうお茶を濁したものかなと思っていると、毬萌が「にははっ」と笑う。
唐突にその時がやって来るのは、高校時代からずっと、そしてこれから先も多分、俺の人生の仕様なんだろうなと思う。
先にひとつだけ文句を。
まず俺に言えよ。
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