第512話 毬萌と飲み会
ビールの美味さが俺にはまだ分からない。
父さんが振舞ってくれたエビスビールですら美味いと思えなかったので、これは俺のキャリア不足か、はたまた酒そのものが好みではないのか。
ただ、今日のビールは少しだけ美味しい気がした。
理由はまあ、口に出すのはアレがナニするので、野暮と言うものである。
「3人は実家から大学通ってんだっけか? 茂木は宇凪市立大学だったよな」
「ああ、そうだな。家から通える距離が楽だろうと思ってな」
「
茂木は「ウナ大も悪くないぜ?」と答えながら、ビールをゴクリ。
確かに、宇凪市立大学の偏差値もそれなりに高い。
そもそも、偏差値で決まるのは大学の格付けであって、大学生活の格付けではない。
本人がそこで情熱をもって勉学に励めば、ぶっちゃけ進学先なんて余程アクロバティックなところでもなければ、大差はないかと思われる。
「高橋は? ……お前、マジでチェリーパイ頼むなよ。それ、酒に合うの?」
「ヒュー! 女子たちには好評だぜぇー? 公平ちゃんは、相変わらずあとちょっと惜しい男だぜぇー! ヒュー!!」
「うるせぇな! で、お前はどこに進学したんだっけ!?」
「高橋はな、うちの県の北にある、何て言ったか、新しく出来た大学に通ってんるんだよな。はは、名前が長くて、すぐに忘れちゃうんだよ!」
「おう。そんな大学あったかな?」
「マンチェスター北インド洋水産大学だぜぇー! ヒュー!!」
「本当にそんな大学あったかな!?」
名前から漂う、そこはかとないアウェー感。
文部科学省もよく認可したな、その名前で!
「な、なにを学ぶところなんだ? ああ、悪ぃ。水産大学って付いてるんだから、海洋関係とか、漁業関係とかか」
「ヒュー! オレっちは、シーフード・ジャパンインターナショナル学部だぜぇー!」
もう酔っぱらってんのかな?
結局、それから高橋による大学の説明を聞いたが、最後まで要領を得ず。
俺は、「なんかうちの県に謎の大学が出来ている」と言う脅威だけを知った。
「氷野さんは女子大だよべえっ。ちょ、氷野さん!? なんで肩パンするの!?」
「なによー、公平! あんたぁ、この私が肩組んであげてんのにぃ、なぁに? 不服なの? あんたぁ、公平! ぷっ、あはははは!」
氷野さんはもう酔っぱらってんな!!
そしてこの人、お酒飲ませちゃダメなタイプだったんだね。
手慣れた感じでビール頼むから、お酒に強いのかと思っていたら。
「すみませーん! ビール、もう一杯お願いします!」
「いや、氷野さん! 飲み始めて30分でこんな事言うのもナニだけど、もうヤメとこう? 多分、氷野さんの許容量は越えてると思うんだ」
「いいじゃないのよ! 私らってねぇ、合コンとか行ってみたいのに、同じゼミの子とかが誘ってくんないのよ! 男がいる飲み会なんて初めてなんだからぁ!」
「おう、そっか。そりゃあなんつーか、色々難儀だなぁ。ま、まあ、氷野さん、風紀は守ろうぜ? 節度のあるお酒との付き合い方を」
「風紀が恋人を作ってくれるんれすかぁ!?」
「氷野さん! なんかもう、色々と積み上げて来たものが崩れていく!!」
恋人と言うキーワードに食いつく、この場で唯一の未成年、堀さん。
高校時代は厄介だったけど、この状態なら頼りがいすら感じる。
「分かる! 出会いないよねー、意外と! って私はタカシくん一筋なんだけど!」
「こぉぉぉへぇぇぇい! 何なの、私はずっと独りでいろって、そう言うの!?」
堀さんはシラフなのに煽って行くスタイル。
「みゃーっ! マルちゃん元気出して! きっと良い人が見つかるのだっ!」
「まぁぁぁりもぉぉぉぉぉ!! 決めたわ、私、毬萌と結婚しゅる!!」
俺の恋人が酔っ払いにさらわれる。
とりあえず、毬萌はカクテルをチビチビ飲んでいるから、普段通り。
さすがは賢い柴犬。見慣れないものはとりあえず舐める。
「氷野さん! ちょっと良いか!」
「おう! 茂木、言ったれ、言ったれ!! 何なら告白してやってくれ!!」
「ビールのおかわりが来たぜ! 空いたグラスはお下げするからな!」
「いや、気配り上手か! よくこの状況でおかわり寄越すな!? せめてそれはお前が飲んどいてくれよ!!」
「ひゃーい! ビールと毬萌が、私の人生の全てよー!! 男なんてこの世からいなくなれば良いのよー! ねー、公平?」
「男の俺に滅びろと言いながら同意を求めんでくれ」
根本的な部分だけは氷野さんらしくて、ちょっと安心。
「ほ、堀さんは、今って何してんだっけか!?」
もはや必死である。
昔から俺がしっかりしないとダメな場面は数多く駆け抜けてきたが、2年経ってもまたこのポジションが待っているとは。
「えー? 私ー? どうしよっかな、言っちゃおうかなー。ふふ、花嫁修業!!」
「まぁぁぁりぃぃぃもぉぉぉぉ!!!」
「よしよし、マルちゃんは偉いのだっ! 頭撫でたげるーっ!」
堀さんは、県内の短大に通っており、もうすぐ卒業予定だとか。
料理関係の学科らしく、花嫁修業もあながち嘘ではない。
でもこの流れで言う必要はなかったな!!
「桐島と神野さんは、卒業したらどうするんだ? 宇凪市に帰って来るのか?」
「ヒュー! 昔みたいに庭でバーベキューして、一緒にレモネード飲もうぜぇー!!」
お前ら、今ここでその話題に触れてくれるな。
それ、すっげぇセンシティブな話題なんだよ。
「みゃーっ……。コウちゃん、コウちゃんはずっとわたしと一緒だよね?」
「お、おう。そりゃあもちろん。あ、お前、酔い始めてるな!?」
「酔ってないもんっ! コウちゃんが一緒なら、わたし、どこへでも行けるもんっ!!」
「そ、そうか! そりゃあすげぇ! うん、すげぇぞ!!」
「アメリカだってフランスだって、ブラジルにだって行けるもんっ!!」
「毬萌! もう、お酒はヤメとけ! いつの間にグラス三杯も飲んだの!?」
毬萌の意思表明はずっと聞きたいと思っていたが、さすがにこれはノーカウント。
こんなに見事な『酒に酔った勢いで』もないよ。
「なんだか楽しそうでいいな! 桐島と神野さんなら、とんでもない事をしてくれそうだし、オレは応援するぜ!」
「ヒュー! オレっちもだぜぇー! 遠くに行っても、ズッ友だぜぇー?」
「「ブラジルでも頑張ってな!」」
「いや、行かねぇよ!!」
その後も高校時代の思い出話に花が咲き、氷野さんと毬萌はいつの間にか肩を寄せ合って眠りについていた。
そんな姿を微笑ましい思いでしばし眺めたのち、「そろそろお開きにするか」と切り出した。
できればずっとこのまま、昔のように騒いでいたいけども、時間は進む速度を緩めてはくれないし、夜も更けるのを待ってはくれない。
嫁入り前の女子3人も抱えて、深夜1時がギリギリ許される範囲。
会計を済ませて、俺は茂木と高橋、そして堀さんに別れを告げる。
「毬萌ぉ……。もう一軒行きましょー……」
「みゃーっ……。すやぁ……」
さて、これはどうしたら良いのだろうか。
すると、まるで見ていたかのように狙いすましたタイミングで着信が。
鬼瓦くんからである。
「おう。もしかして、迎えか? さすがにこんな時間じゃ、悪ぃから。どっかでタクシー拾うよ」
『しかし、桐島先輩。お二人を抱えるのは無理があるのでは』
200メートルほど先のコインパーキングに、巨体と細い人影が2つ。
見てたのかよ!!
そして鬼神救援隊が到着。
「氷野先輩は僕が。毬萌先輩はどうしましょうか」
「おう。こいつぁ、俺がおんぶするよ」
「えっ? 桐島先輩、言い辛いのですが、晴れ着が汚れると追加料金が……」
「俺だって、毬萌の1人くらい背負えねぇとな。これから先……ぐぅぅぅっ」
これから先のこいつの人生を支えようって言うんだから。
「ふっ、ぎぎぎぎ! よし、イケる! 毬萌! 俺ぁお前くらい、背負えるぞ!!」
たった200メートルではあるが、鬼瓦くんの「ゔぁあぁぁぁっ!!」と言う感動の声をBGMに、俺は毬萌を無事に運搬。
こいつは、歴史的な瞬間だってのに、すやすやと寝息をたてているのだから困る。
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