第511話 毬萌と成人式

「では、僕たちはここで失礼します。お帰りの際は連絡をください。すぐに参上しますので」

「遅くなっても、大丈夫、ですよ! きっと、お酒飲んだり、お付き合いもあると、思いますから!」


 実に出来た後輩と、その後輩と連れ添って4年目に突入するこれまた出来た彼女。

 返す返すも人には恵まれている俺の人生。

 2人の結婚式の時には、ぜひ司会をさせて欲しい!


「ありがとな、2人とも! まあ、成人らしくハメはずさないようにするよ! な、毬萌!」

「桐島先輩。毬萌先輩でしたら、もうあちらに」


 成人式の会場のゲートくぐったら大人になるとは思わないし、我ながら実に乱暴な理屈だと承知しているが、一言よろしいか?



 俺の彼女、高校の時からそーゆうとこが全然成長してねぇんだよ!!



 どうしてあの子は、せめて俺に一言断ってから駆けだそうと思わないの!?

 慣れない晴れ着でダッシュとか、もうそれフラグじゃん!


 着物のクリーニングっていくらかかるんだろう……。


 俺は鬼瓦くんと勅使河原さんに「すまん! 行って来る!」と別れを告げて、うちの大事な恋人と、レンタルの振袖を追いかける。

 俺の進化した体力を見よ。


 わずか20秒で毬萌に追いつく。


 それは毬萌が立ち止まったからではないか。

 そこに気付いたゴッドは、さすがと言わせて頂こう。

 俺たちも長い付き合いだもんね。

 晴れ着姿のハンデがあったって、駆けていく毬萌に軽々追いつけたら苦労はしないのだ。


「みゃーっ! 堀さん!」

「毬萌ちゃん、久しぶりー!!」


 早速、強キャラと出くわしているんだけど。

 もうね、堀さん見るのも約2年ぶりだけど、変わってないなぁと思う前に「ゴッ!!!」って音が頭の中でリフレイン。


 しかし、高橋の姿がない。

 ……さては、別れたな!


「よう、桐島! 変わってないみたいで安心したぜ!」

「おう、茂木か。お前も、相変わらず人の背後を取るのが上手いなぁ。ところで、高橋と堀さんって別れたの?」


「ヒュー! 2年も会ってねぇのに、再会のセリフはビターだぜぇー! ヒュー!!」

「出たな、高橋。……で、堀さんとは別れたの?」


「ヒュー! ジュエリーとオレっちが別れる? そいつは、自由の女神がリバティ島から家出するくらいありえねぇ話だぜぇー! ヒュー!!」

「あ! 桐島くん! 久しぶりー! なに? 今、私の話してた?」


 分かってしまうんだ。

 どれだけ時が経とうとも、受けた痛みが記憶となって。

 なんだかね、右肩がうずくんだよね。「いまから行くよ」ってささやきながらさ。


「ヒュー! オレっちとジュエリーがいつ結婚するのかって、公平ちゃんがしつこいんだぜぇー! ヒュー!」

「も、もう! 桐島くんったら、ヤメてよー!!」



 ——ゴッ!!!!!!!



 出オチのネタとして前述しているにも関わらず、きっちり照れ隠しの豪拳を喰らった俺は、スーツに泥が付かないように衝撃に身を任せた。


「ちょっとぉ! どこ見てんのよ、あんた! ……あら、なんだか覚えのある頼りない体だと思ったら、公平じゃない。なに、いきなり人の胸にダイブしてきてるのよ」


 我らが永遠の風紀委員長、氷野さんだぁ!!


「氷野さんはいつも俺のピンチを救ってくれる! 優しいなぁ! 強いなぁ! 胸ってどこだろう!? 氷野さんはモデル体型だから、パンツスーツが良く似合う!!」

「……なんか、どさくさに紛れて失礼なことを言われた気がするわ」


「でも、振袖じゃないんだ?」

「私の柄じゃないでしょ。良いのよ、こっちの方が動きやすいし」


「みゃっ!!」


 毬萌が氷野さんの存在に気付く。

 それはつまり、氷野さんが毬萌の存在に気付いたということ。


 以上の条件から、次に俺の身に起きることは何か。


「ま、毬萌じゃない!! 久しぶりもねぇ!! もう、全然変わってない! ああああ、愛くるしいわ!! 愛で苦しいまである!! ちょっと公平、邪魔!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 氷野さんの蹴りが、こちらもおよそ2年の時をて俺の尻を捉える。

 汚さないように足の甲で蹴ってくれる、その思いやりよ。


「マルちゃーん! 久しぶりなのだぁ! せっかく同じ県の大学に行ったのに、なかなか会えないから寂しかったよぉー!」

「ぐぅぅぅっ! 久しぶりに会ってそのセリフ! クルわね、なかなか……!!」


 そう言えば、氷野さんが通う女子大、電車で1時間もかけたら会える距離にあるのに。

 毬萌の疑問も当然。


「そうだよ、なんで氷野さん遊びに来てくれねぇの!? ずっと待ってんのに! なんで、ねぇ、どうして!? 氷野さん、ねぇ、氷野さん!! ねぇねぇ、氷野さん!!」

「ウザい! あんた、全然変わってないどころか、なんか馴れ馴れしさが増してるんだけど!? 会ってないのに! どういうことよ!?」


「ヒュー! ジュエリーと毬萌っち、撮るぜぇー! ヒュー!!」


 堀さんと毬萌が仲良くピースサインしているのを確認して、氷野さんが囁く。


「あんた達に気を遣ってたのよ!! だって、せっかく毬萌の想いが叶って同棲する事になったのに! その愛の巣へ行くほど私だって野暮じゃないわよ!!」

「ええー!? そんな、俺と氷野さんの仲じゃない! 全然平気なのに! 遊びに来てよ、ねぇ氷野さん! 氷野さん! ねぇってば! 氷野さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 この感じ。懐かしいなぁ。

 尻を蹴られた直後にしんみりした顔で昔に思いをはせると、そこはかとなく俺が変態みたいになるのが玉にきずだけど。


 そうか、高校卒業してから、約2年か。


 再会を喜んだ俺たちは、市長のよく分からん話を聞いて、そののち、これまた懐かしい顔ぶれと会う。

 旧友たちも俺や毬萌を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくれて、そこでまた、思い出話に花が咲く。


 時間があっと言う間に過ぎてしまうのも当然かと思われた。



 ステージチェンジ。

 近くの居酒屋へやって来た、俺と毬萌。あとは氷野さんと堀さん、高橋に茂木。

 成人式の後と言えば、これが定番らしい。


「この中でまだ20になってないのは、堀さんだけか。桐島と高橋はビールな。氷野さんと神野さんはどうする?」


 茂木が相変わらず、そつのない動きを見せる。

 察するに、まだカバディやってるな。


「私もビールで良いわよ。大ジョッキでお願い」

「みゃーっ……! ねね、コウちゃん! わたしもお酒飲んでいーい!?」


「んー。まあ、そうだな。ちょっとにしとけよ。お前、まだ慣れてねぇんだから」

「わぁーい! じゃあね、カシスソーダってヤツにするっ!」


 毬萌は二十歳になりたてなため、しっかり注意しておかなければ。

 とは言え、晴れの日に「飲むな!」というのも可哀想。


「タカシくん、私も飲みたいな! ちょっとだけ、ダメ?」

「ヒュー! ジュエリー、オレっちは常に万が一を考えてるんだぜぇー! 仲間外れにして悪いけど、ジュエリーに何かあったらオレっち、死んじゃうぜー? ヒュー!!」


 そしてこっちのカップルは、ノリが失敗した吹替なのに、言ってる事は至極真っ当で困る。

 高橋、相変わらずの常識人。

 いかに恋人だろうと、守るべきルールは順守。やるな。


 全員にグラスが行き渡ると、乾杯の音頭を取ろうと言う話になる。

 そこで担ぎ出されるのが俺。

 相変わらず、みんなして俺の上手い運用方法を熟知しておられる。


「そんじゃあ、再会を祝して!」


「ぷっ。再会を祝して、キリッですって! 公平、カッコつけるんじゃないわよ!」

「タカシくん! メニューにチェリーパイあるよ!」

「ヒュー! なんてこった! こいつはママに電話しねぇと! 今日も明日もチェリーパイになっちまうぜー! ヒュー!」

「はい、神野さん。こぼさないようにな!」

「みゃーっ! お酒ーっ!! んふふー、大人になってしまったのだーっ!!」



「お前ら、聞けよ!!!」



 全員が「あはは」と笑う。

 このメンツが日常だったのに、いつの間にか年を取っちまったんだなぁ。


 だけど、ここで会ったが運の尽き。

 今宵はとことん思い出話と、それから、未来の話をしようじゃないか。


 改めて、「かんぱい!!」とグラスを掲げる俺たち。


 夜の宴が始まった。

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