第510話 毬萌と晴れ着
年が明けて、気付けばお正月。
三が日を家でひたすらダラダラする事に注力した俺。
昔の仲間に会ったりしないのかって?
甘いなぁ、ゴッドはここのところ甘すぎる。
昔の仲間だって、今は進学したり就職したりで地元から離れているヤツも多いんだから、正月は家族の行事とかで色々あるでしょうが。
毬萌だって、4日までじいちゃんとばあちゃんの家に帰省中だよ。
「ちょいと、あんた! ゴロゴロしてないで、おせち食べるの手伝いな!! いくら日持ちするからって、悪くなっちまったらもったいないだろ!」
うちのリビングのテーブルの上に鎮座する、三段重ねのおせち。
海老やら伊達巻やら、ローストビーフやら数の子やら、果てはステーキ肉の昆布巻きとか言う得体のしれないものまで「そっち詰めろよ、狭いよ!」と高級食材が押し合いへし合いの大騒ぎ。
俺の高校時代は、おせちとか言って、カマボコとチーカマ食ってたのに。
「あんた、何口開けてんだい!? そんな事してないで、せっせと食べな! 男は体が資本だろ! 毬萌ちゃん守ってあげるためにも、食べて体力付けなよ!」
「公平、こっちでエビスビール飲もう。プレミアムエールだぞ。公平と飲もうと思って、父さん3箱も買っちゃったんだ。いやー、参った、参った」
自分、涙、いいっすか?
俺の家が、俺の知らないランクに4階級くらい特進している。
2回
高校時代、戸棚にあったばかうけをちょっと食っただけで「ぶち殺すよ!」と言っていた母さんが、「肉食べな! 肉!」と勧めてくる。
高校時代、ワンカップ大関片手に「
下手をすると、別の世界線に来た可能性すら疑うレベル。
「そう言えば父さん。今年は三が日できっかり正月休み終わりじゃん。今日、仕事は? 月曜だから行かねぇとまずいんじゃないの?」
「いやぁ、社長から有休使うように言われててなぁ。部下からも、課長は休んでいてくださいとか言われたら、仕方ないじゃないか。今週はずっと休みだよ」
かつて、あと少しで『
「母さん、パートは? 毎年、正月からガンガン働いてたじゃん」
「嫌だよ、この子は。今じゃパートなんて趣味みたいなものなんだから、正月からシフト入ったら若い子が可哀想だろ! 稼ぎたい人の邪魔するもんじゃないよ!!」
ついに母さんがセレブみたいな事を言い始めた。
ああ、酔っぱらってるな、俺。
普段酒なんてほとんど飲まないからさ。
エビスビールのプレミアムなんちゃらで、思考がおかしくなってるんだ。
いやぁ、参った、参った。
それから1週間。
俺は実家でひたすらに贅沢三昧を繰り返していた。
父さんに年始の挨拶しに来る人がたくさんいて、この世界は大丈夫かなと不安になったりもしたが、どうにか贅沢に耐えた。
生まれてこの方、貧乏と共に生きてきた俺には、贅沢が毒だと言う事が分かった。
何回贅沢って言うんだ。贅沢という言葉さえ贅沢に使えるこの異常。
とりあえず、美味しいもの毎日食べてたら、なんか体調がすぐれねぇんだ。
そして日曜を迎えた。
本日は、宇凪市の成人式が執り行われる。
「みゃーっ! コウちゃん、武三くんの家に行くのだっ! ……どしたの?」
「……父さんが、成人式の後は飲み会とかあるだろうって、3万円小遣いくれた」
「みゃっ!? コウちゃんのお父さん、どこか悪いの!?」
「良かった! 俺の毬萌はちゃんとした認知をしている! 正月で頭おかしくなったのかと俺ぁ自分を疑っていたが! ああ、毬萌!!」
とりあえず、モフっとした柴犬娘を抱きしめて、現実を感じる。
「こ、コウちゃん! 恥ずかしいよぉー。ほら、武三くんも見てるからっ!」
「えっ!?」
よく見ると、先日お世話になったパジェロが毬萌の家の横でハザードランプ点けて停まっていた。
「僕の事ならばお気になさらず。桐島先輩の大胆さは、見習わないといけませんね」
「ヤメて! 見てたんなら先に言って!! 鬼瓦くん、ちょっと人が、いや、鬼が悪くなったか!?」
そんな鬼のパジェロに乗って、鬼の住む家へ。
「ぶるぅあぁぁぁぁっ! 桐島ぁくぅん! ひっさしぶりぃだぁねぇい!」
「本当に! 元気そうで良かったわ! お赤飯炊きましょう!」
「あけましておめでとうございます。お二人もお元気そうで何よりです。これ、
川羽木温泉で買っておいた、温泉卵カレーのレトルトパックを差し上げる。
「気をぅ遣わせてぇい、すまないねぇぃ! 店開ける前だからねぇい、好きに使ってぇ、ああ、おくんなましぃ!」
「お赤飯にカレーって合うかしらね。ありがとうね、桐島くん」
パパ瓦さんとママ瓦さんを相手に談笑する俺。
その隣には鬼瓦くん。
リトルラビットは何も変わっていなくて、なんだかホッとした。
「桐島、先輩! お待たせ、しました! 毬萌先輩、綺麗、ですよ!」
「おう。勅使河原さん。久しぶりだってのに悪ぃな! 入籍した?」
「も、もぅ! 私も武三さんも、まだ、学生ですよ!」
子供生まれてても驚かない自信はあったのに。
意外と健全なお付き合いを続けている鬼瓦くんと
「コウちゃーん! ど、どうかな? 髪もアップにしてもらったーっ!」
「おう! 可愛い! と言いたいところだけど、なんつーか、アレだな。マジで綺麗って言った方がしっくりくるな! 綺麗だぞ、毬萌!」
「みゃっ!? もうっ! コウちゃん、いつから人前でそんな事言うようになったの! じょ、常識が欠けていると思うのだっ!」
「お前に常識をとやかく言われる日が来るとか、人生ってのは発見の連続だな!」
しかし、実際のところ、毬萌の晴れ着姿なんて、七五三の時まで記憶を
ならば、恋人の非日常な姿に若干の興奮を覚えるのは、心理学的にも正常な反応。
「あ、あの、桐島、先輩! 写真、撮りましょうか?」
「それは良い考えだね、真奈さん。お二人の思い出作りを手伝おう」
「背景がぁ、ごちゃごちゃしていたらぁ、無粋だからねぇい! 椅子とかぁ机ぃは、ちょっとだけ寄せとこうねぇい! ぶるぅぅあぁぁあぁぁぁっ!!」
「こんな事もあろうかと、紅白の幕を用意しておいたわ! さあ、ここを使って!」
そのさらに高みを行くのは、鬼瓦夫婦・セピア。
あっと言う間に簡単な写真スタジオが出来上がっていた。
「桐島先輩。照明を落としましょうか?」
「ああ、いや。それには及ばねぇよ。明るいままで平気だ」
俺の写真写りの悪さに気を遣ってくれる、愛すべき後輩。
しかし、俺も宇凪市を出てから、少しは成長したのだ。
写真を撮られる時は、顎を引く。
この極意を習得するまでに18年と少しの歳月をかけたが、今ではしっかりものにしている。
「では、撮ります。笑って下さい」
パシャリと1枚、記念写真。
「ありがとーっ! にははっ、コウちゃんが普通の顔してる写真は未だに慣れないのだっ!」
「それを言うなら、お前の晴れ着姿も見慣れねぇよ!」
軽口を叩き合って、ついでに鬼瓦くんたちの写真も撮ったりしていたら、時間はあっという間に刻限。
「では、会場までお連れいたします。お二人とも、どうぞ車へ。いやぁ、いい天気で良かったですね」
今日は晴天。
これもひとえに毬萌の日頃の行いの成果だろう。
式典は宇凪市民会館で行われる。
懐かしい顔に会えるだろうか。
鬼瓦くんの運転は安全走行。
そして時間配分も完璧。式が始まる30分前には到着するだろう。
鬼神キッチリ。
さて、大人になるための儀式を受けようじゃないか。
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