第509話 毬萌と里帰り

「コウちゃん、コウちゃん! 新幹線ってワクワクするよねっ!」

「いや、子供かよ!」



「安全性を第一条件に設定しながら、今もお客様のために1分1秒の搭乗時間短縮を研究していると思うと、ワクワクするのだっ!」

「ワクワクの方向性! ごめん! 俺が悪かった!!」



 川羽木かわはぎ駅から新幹線の停車駅まで鈍行電車に乗って、やっとこさ新幹線に乗り換えが済んで人心地。

 約1年ぶりに乗る新幹線の座席は、相変わらずフカフカしていた。


 あと3日で今年も終わり。

 そうとも、俺たちは実家に帰省するため大荷物抱えた帰省客に親近感を覚えながら、指定席に座っている。


 実家に帰るのは去年の年末以来。

 大学に入る前はもっと頻繁に帰れるものと思っていたのだが、これが意外と忙しくて、まとまった時間を確保できるのは年末年年始くらいのもの。


 ただし、今回の帰省はちょっと長めになっている。

 俺も毬萌も、住民票を移していないため、宇凪市で参加する事になるからである。


 何に? とは、ゴッドも人が、いやさ神が悪い。



 成人式に決まっているじゃないか。



 一生に一度しか巡って来ない、大人へのチケットを貰える記念日。

 毬萌の両親だって、一人娘の晴れ着姿を見たいだろう。


 俺だって見たい。当日は写真撮りまくる構えよ。


 ちなみに晴れ着のレンタルも既に済んでいる。

 こちらは、鬼瓦くんの力を借りた。


 何を隠そう、リトルラビットの三軒向こうが呉服屋さん。

 「着物のレンタルをする時はお任せ下さい」と今年の年賀状に書いてあったため、ご厚意に甘えさせて貰った。


 今回の帰省している間に、リトルラビットにも顔を出さなくては。

 もちろん、お土産だって買ってある。


「コウちゃん! 今日は別々で寝ないといけないねっ! さみしい?」

「おまぁ! 声がでけぇよ! 俺らが毎晩一緒に寝てるみてぇに言うな!!」



「コウちゃんの声の方がおっきいもーん! にははーっ」

「ホントだ、ちくしょう! 周りの皆様、すみませんでした!!」



 「くすくす」と笑いが漏れる俺の席の前後。

 どうして俺がはずかしめを受ける事に。

 おのれ毬萌め。高度なトラップを仕掛けてきおってからに。


「ねーねー、コウちゃん! さみしいー?」

「……まあな。ちょっとだけ寂しいよ。今回、2週間くらい実家暮らしだからな」


「わたしの家に泊まる? 一緒のお布団でもわたし平気だよ?」

「いや、ヤメとく。おじさんとおばさんだって、一人娘と家族の時間過ごしたいだろ? あと、なにより不可能な事がある」



「分かった! わたしの寝顔見ると興奮して眠れないんだっ!」

「惜しい! お前の寝相で確実に眠れないんだよ!!」



 最近、アパートでの睡眠時、やっと2メートルの距離までお互いの布団の感覚を狭めたのだが、3日に1度は毬萌のかかと落としが俺の腹に直撃する。

 ご存じだろうか。寝ている時に不意打ちの踵落としをされた衝撃を。



 この世の終わりが来たのかと錯覚するレベル。



「じゃあね、コウちゃんが寂しくないように、毎晩電話したげるね!」

「そうかよ。まあ、たまにゃ声聞かねぇと、安心できないわな」


「みゃーっ! コウちゃんがデレてるのだっ!」

「仕方ねぇだろ! 1年半以上同棲してたら、2週間でも長く感じるわい! ……はっ」


 またしても前後のお客様に「うふふ」と笑われてしまう。

 ただでさえ慌ただしい年の瀬に、騒々しくて申し訳ありません。



「んーっ! 着いたぁー! 久しぶりの宇凪駅!!」

「やれやれ。ここから荷物抱えて家まで歩くのか。……しんどいなぁ」


「ゔぁあぁぁぁっ! 桐島先輩! こちらです! ゔぇんだぁぁああぁぁぁっ!!」

 聞き覚えのある、懐かしい叫び声。

 振り返ると、そこには。



「おう! 鬼瓦くん!! なんで!? どうした!?」

「桐島先輩! お久しぶりです!」



 鬼瓦くんが立っていた!

 連絡していないのに、偶然かな?


「んーん。わたしがね、真奈ちゃんとラインでお話したのー! 成人式の日に、着付けしてくれるんだよっ!」

「マジか! っていうか、言えよ!! ビックリするだろうが!!」


「にははーっ。ビックリさせようと思ったのだ! ねー、武三くんっ!」

「ゔぁい! 毬萌先輩の指示は久しぶりでしたが、やっぱり的確でした。さあ、お二人とも、お疲れでしょう。どうぞ。僕の車でお宅までお送りします」


「鬼瓦くん、車買ったの!? すげぇ! 俺と毬萌も、免許は取ったんだけどなぁ。しかもパジェロじゃん! カッコいいなぁ!」

「父のお下がりですよ。配達に使えるので重宝しています」


 ちなみに、パジェロは既に日本での流通から撤退しているのだとか。

 車に詳しいのかって? 全然だけど?

 だから、ボロが出る前に今白状したんだよ。

 パジェロの話だって、今さっき運転席の鬼瓦くんから聞いただけだし。


「ねね、武三くんっ! ちょっと遠回りして欲しいなっ!」

「お前なぁ。鬼瓦くんだって暇じゃねぇんだぞ。ワガママ言っちゃいかん」

「いえ。あと2時間くらいは空けてありますのでお気になさらず。どこか立ち寄りたい場所がありましたら、遠慮なく申し付けて下さい」


「あのね、行きたいとこがあるのっ!」


 毬萌の提案は、却下するにゃあまりに惜しいものだった。

 なるほど、そう来たか。



「……懐かしいなぁ。ほんの2年前まで通ってたのに」

「ねーっ! わたしたちの青春のステージだよっ!」


 私立花祭学園。

 毬萌が立ち寄りたいと希望した、我らが母校。


 残念ながら、28日を過ぎているため、校門は閉まっている。

 せっかくだから、中にも入りたかったな。


「僕は今年の春まで通っていましたが、それでも懐かしいです」

「ここに花梨もいてくれりゃ、生徒会メンバー再集結だったんだけどな」

「花梨ちゃん、今は東京の大学だもんねっ! 年末で帰って来てるのかなぁ? 先週ラインした時は、スケジュール的に微妙だよって言ってたー」


 花梨は東京の大学で、経営について学びつつ、専門学校にも通いデザイナーとしてのスキルも身に着けているのだとか。

 将来は冴木グループを継ぐのか、お母さんの元でアパレルブランドに新風を吹かせるのか。


 なかなか気軽に会えない距離ができてしまったが、彼女の活躍はきっと世界のどこに居てもそのうち聞こえて来そうな予感がする。


「もう少し時間がありますけど、どこかご希望はありますか?」

「じゃあね、海浜公園も見たいなっ!」

「了解しました」


 鬼瓦くんは、免許取り立てとは思えぬ穏やかなハンドリングで、進路を変更した。

 鬼神パジェロ。


「わーっ! 見えて来たっ! あのね、ここでコウちゃんがチューして来たんだよ!」

「ヤメろ! そういうのは胸の中にしまっとけ!」

「僕もここで真奈さんとキスしましたよ。奇遇ですね」


「鬼瓦きゅん!? なんかちょっと合わないうちになんか奔放ほんぽうになってない!?」

「とんでもない。桐島先輩には負けますよ」


 どういう意味かは判断しかねたが、判断がついてもなんだか悲しい気になる予感しかしないので、聞き返さない判断をする事にした。

 そして、俺たちはそれぞれ実家に送り届けてもらったのである。



「ただいま」


「あら、ヤダよ、あんた! 帰って来たのかい! 帰るなら帰るって言いなよ! 困った子だね!!」

「いや、先週電話したじゃん! 帰るって言ったよ!!」


「先週の事を引きずって、未来の献立こんだてが見えるのかい!? 過去は置いときな!!」

「未来の献立の話したのが過去なんだよ!! 良いよ、晩飯はカップ麺でも食うから!」



「買い置きのクルマエビがあるから、適当に天ぷらでも作ってやるよ!」

「すげぇ勢いで生活水準上がってんな!? 買い置きしてんの!? クルマエビを!?」



 なにこの家。表札にちゃんと桐島って書いてあったかな?


「公平、帰ったのかい! なんだ、なんだ。じゃあ、今日は一緒に一杯やれるなぁ! エビスビール箱で冷やしてあるからな! ビール用の冷蔵庫買ったんだ!!」

「お父様。愚息ぐそく、帰りました。ご壮健のようで、何よりでございます」


「ははは! 父さんの事を何だと思ってるんだ!」



 日本一の父親だと思っております、父上。

 学費から仕送りまで、お世話になっております。


 本当に桐島家に生まれて来られて、恐悦至極に存じます。はい。

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