第507話 毬萌と露天風呂と花火

「ひと休みしたら、風呂に入ろうぜ」

「うんっ! 別にわたし、もう入れるよ!」


 ハイパーコンピューターの出したスケジュールを守ってちょうだい。

 今すぐ入ったら、アレがナニして、結果俺がのぼせる。

 もう、俺が倒れる度に鬼瓦くんが駆けつけていてくれた、あの頃とは違うのだ。


 俺の体は結局たいして強くならなかったけど。

 その分、危機意識に対する注意はバツグンに増したと自負するところ。


「今日はな、アレだよ。大浴場じゃなくて、部屋の露天風呂にしねぇか? 別に特に理由がある訳でもねぇけど、なんつーか、そうしたいと言うか」


 すると満腹で脳に栄養が充填されたと見える毬萌。

 「ふふーん?」とニヤニヤし始める。



「コウちゃん! わたしと誰にも邪魔されず、お風呂に入りたいんだね!!」

「なんでわざわざ口に出すんだよ! そう言ってんじゃん!!」



「つまり、わたしの裸を見たい訳だね!」

「そうは言ってねぇよ!? フロントで水着借りてあるから!!」



 ここでゴッドにも断っておこうと思うけど、別に俺、「二十歳になったから、今日の夜は大人の時間だぜ?」とか言い出すつもりないからな!?

 二十歳になろうが、毬萌は毬萌。


 エッチなのはいけないと思いますと言う、先人が遺した至言もある。

 手繋いで、たまーに唇を軽く重ねるくらいが今の俺たちには心地良いのだ。


 今どきそれくらい小学生でもやってる?



 説教だよ、そんなもの! 親は何してんだ!!



 それから俺と毬萌は、こちらもフロントで借りたトランプで時間を潰した。

 2人でやると言えば、神経衰弱。

 しかし、毬萌は全てのカードを完璧に暗記するため、俺の神経が衰弱。


 よって、ババ抜きで三本勝負。


「みゃっ!? なーんでぇー!? コウちゃん、さっき左のカード取ったらババじゃなかったのにぃー!」

「よしよし。では、俺のターンだな。2枚のうち、俺がババを引かなければ、無傷の3連勝と言う、歴史的快挙となる。覚悟は良いかな?」


「ふ、ふーんっ! コウちゃんにはわたしの高度な思考は読めないのだ! だってわたしみゃーっ!! 待って、待ってぇ! それ引いちゃヤダーっ!!」


 だって全部顔に出るんだもん。

 天才とかそんなの関係ないよ。


 あと、可愛いからついイジワルしちゃう。

 俺はこのやり取りを5回も繰り返して、毬萌を堪能した。


 ふふふ、悪い男だよ、俺も。



「そろそろ風呂に入るか!」

「みゃーっ……。やっとコウちゃんのドメスティックバイオレンスが終わったのだ」


「人聞き!! お前、ぜってぇ外でそんな事言うなよ!?」

「はーい。旦那様が罪の清算のために遠洋漁業へ出かけて行って、高波にのまれて暗い海に沈んでいって未亡人になるのはやだーっ!」


 ただのシミュレーションで俺をどんな過酷な目に遭わせるのか。


「じゃあ、俺ぁ部屋使うから、毬萌は脱衣所使って良いぞ」

「はーい。おおーっ、おっぱいのサイズピッタリ! さすがコウちゃん、やらしーっ!」


 だって、洗濯とかこの子しないんだもの。

 毎日洋服洗ってたら、身長体重スリーサイズくらいは把握できるよ。


 俺はやらしくない!!


「みゃーっ! コウちゃーん! 脱衣所思ったよりさむーいっ!!」

「おぎゃぁぁぁぁぁ!! 俺がまだ着替えてんだよ! おい、こっち見んな!!」


「……にはは。可愛いのだー」



 何が!? 今さ、過去に類を見ないほど侮辱された気がするんだけど!?



「……着替えたから。もう、風呂行こう。なんか、ちょっと疲れた」

「もうっ、コウちゃんはコウちゃんなんだからっ! 仕方ないから、背中流してあげるっ!」


 露天風呂のお湯の温度は少し熱め。

 だが、12月も末の外気を浴びると、熱めくらいがちょうど良い。


 俺たちは、2人並んで湯船に浸かる。

 2人が入ってもなお、あと3人くらいなら入れそうな部屋の露天風呂。

 これをステキと言わずして何がセクシーか。


「みゃーっ……。温まりますなぁ……」

「いやぁ、これは確かに、良いものだなぁ。極楽だー」


 じっくりコトコト温泉で茹でられている俺たちのところに、「ピピピ」と電子音が聞こえてくる。

 俺が仕掛けておいた、スマホのタイマーだ。


「コウちゃん、スマホ鳴ってるよー?」

「おう。鳴らしてんだよ。時間通りに来るかな? おっ、来た来た! 毬萌、夜空よーく見とけよ!」


「ほえ? なんでー?」

「良いから! 俺からの誕生日プレゼントだよ」


 ヒューと言う、俺の高校時代の友人を思い出す音を残して、すぐにパッと空が明るくなった。

 このイベントの日時を見た時には、さすがの俺も運命を感じたものだ。


「コウちゃん、コウちゃん! 花火だよっ! あ、また上がった! 綺麗だねー」

「おう。このタイミングで風呂に入るために、多くの苦労を重ねて来たぜ……。お前を相手にサプライズ組むのはマジで大変!」


「……ありがと、コウちゃんっ」

「おう。むっ」


 不意に重なる、毬萌の唇。

 この上ない返礼品である。


「にははーっ。なんだかお魚の匂いのするキスなのだっ!」

「晩飯のメニューにキスがいれば完璧だったな」



 さて、サプライズも済んだところで、しょうもないギャグが滑ったところで、もう一つの宿題をこなすべく、俺は毬萌と向かい合った。


「あのな、毬萌。この前、進路の話が出たじゃねぇか」

「えーっ? うん。出たけどぉー」


 やはり不満そうな毬萌。

 だけど、大切な事なんだ。大切で重要な事なんだ。


 しっかりと2人で出さなければいけない答えなんだから、逃げてばかりはいられない。


「俺ぁな、毬萌がアメリカに行くって言う話。ぶっちゃけ。悪くないんじゃないかと思ってる。毬萌の才能を生かす事が出来るとも思う」

「みゃーっ……。コウちゃんは、わたしが一緒じゃなくても平気なんだぁ?」


 問題はそこだ。

 逆に言えば、問題のそこさえクリアすれば、万事上手くいく。


 土井先輩のアドバイスを思い出せ。

 毬萌が好きでいてくれる俺の決断を、彼女に聞かせるのだ。


「ちょいと失礼するぞ。おいしょっと」

「みゃあっ!? へっ、コウちゃん? あの、なんか、えと、いつもよりも積極的、だね?」


 俺は毬萌の肩に手を置き、少し乱暴に自分の側へ引き寄せた。

 こんなワイルドな芸当が出来るようになるのだから、2年の月日と言うヤツはすごい。


「近くで話した方が良いだろ? 大事な話だ。花火見ながら、聞いてくれ」

「みゃっ、みゃっ!? うぅ、コウちゃん、ズルいよぉ」


「そうだとも。知らんかった訳ではあるまい。俺ぁズルい男なんだよ」

「あー。また花火が上がった! 今の、昔コウちゃんと一緒に行った花火大会で見たヤツに似てたよ!!」


「そうだなぁ。俺ぁあの頃から、ずっと毬萌の事が好きだったんだぜ?」

「みゃ、みゃーっ。そんなにはっきり言われると、恥ずかしいよぉ! でも、わたしだってコウちゃんのこと好きだったもんっ!」


「だよな。俺たち、どっちもお互いの事が大好きで、一緒に居るのが当たり前で、これは、これからもそうあるべきだと俺ぁ思うんだ」


「えー? じゃあ、わたしをアメリカに行かせる事と矛盾してるじゃん!」

「いや、それがしてねぇんだよな、今回は。珍しく、俺の読み勝ちかな?」


「ほえ?」



「俺も一緒にアメリカ、行くよ」



 毬萌が落ち着きなく、きょろきょろし始めた。

 アホ毛もあっち向いたりこっち向いたり、エマージェンシー。


 そんな中、ひと際大きな花火が冬の夜空を彩った。

 ひかって消えるまでのわずかな時間に、俺は毬萌の許可を取らず、言うのである。


「とりあえず、もう一回くらいキス、しとくか」

「コウちゃん、ずるいっ! ……んっ」


 そうとも、重ねて言うが、俺はズルい男。

 目的のためならば、自分を犠牲にするのもいとわない。


 というか、大好きなヤツの輝かしい未来のために自分の身を捧げられるって、むちゃくちゃ光栄な事じゃないか。


 そうは思わんかね、ヘイ、ゴッド。

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