第503話 毬萌と進路

 順調に単位を取得して、俺たちは学年が上がり、2年生になった。

 この頃になると、毬萌の天才っぷりは教授連中に留まらず、学内で知らぬ者はいないレベルに名を轟かせていた。


 そして、その2年生の後期も終わりかけてくると、いよいよ直視せざるを得ない現実との対面が仁王立ちで待ち構える。


「毬萌。ちょっと話をしようじゃないか」

「なぁーにー? デザートもう1個食べていいのっ!?」


 そういう話じゃないんだよ。

 とは言え、へそを曲げられた状態で話をするよりは、ご機嫌な状態を持ってくる方が上策なのは俺にだって分かる。


「じゃあ、もう1個だけ良いぞ。ホントにお前はプリンが好きだなぁ」

「にははーっ! やたーっ! むふふ、プリンめー、お主、そんなにプルプルしているからわたしに食べられてしまうのだぁー!!」


 プリンと戯れる毬萌は大変可愛い。

 その様子を満喫したのち、俺はコタツのスイッチを入れて、毬萌を呼んだ。


 季節はもうすぐ晩秋から初冬へ。

 コタツの大活躍が始まる時分である。


「みゃーっ! 温かいですなぁー」

「そうだな。コタツってのは偉大な発明だよ。んで、毬萌よ。話がある」

「も、もしかして、プロポーズ!? みゃ、ちょっと心の準備が……!!」



「一世一代のプロポーズをスウェットでコタツに足突っ込んでするような男だと思われてんなら、俺ぁ実に悲しい!!」



 毬萌は返事の代わりに、アホ毛をぴょこぴょこ。

 「冗談だよぉー」とちゃんと口でも言い訳をする。


「あのな、話ってのは、他でもねぇ。進路の話だ」

「うぇー!? そんなのまだ考えなくて良いじゃんか! 今が楽しければ良いじゃん!!」


 俺の彼女がいつの間にかニートになりそうな思考回路に。


「研究室だって、ゼミだって、むちゃくちゃな数から誘われてんだろ? 文学部系どころか、理工学部とか、歯学部の研究室まで。そろそろ考えないとダメだ」

「むーっ。まあ、コウちゃんがわたしの事を考えてくれてるって事は分かるけどさーっ! どれもイマイチ、ピンと来ないんだもーん!!」


「もし、別の学部に興味があるんなら、学部変更って言う手もあるぞ? 手続きなら俺がやってやるし」

「やぁーだー! コウちゃんと別のところなんて、絶対ヤダっ!!」


 そう来ると思っていた。


「もちろん、俺も一緒に着いて行くから! ……まあ、試験で俺だけ落ちる可能性はなきにしも……いや、結構ありそうでアレだけども」


 俺は、大学に入ってからの1年半で、少しだけ考え方が変わっていた。

 もちろん、毬萌にはやりたい事をやっていて欲しいし、嫌なことはして欲しくない。

 根幹はまったく動いていない。


 が、毬萌の才能を、彼女の好む分野で良いから、しっかりと生かしてやりたい。

 どんな色の花でも咲かせる事の出来るつぼみを、蕾のままで終わらせるのは、実にもったいない。


 まあ、それも建前。

 つまるところ、俺は。



 俺の大好きな神野毬萌と言う人間の凄さを、もっと多くのヤツに自慢したいのだ。



 毬萌はすごい。

 その事を、少しでも多くの人間に知らしめて、こいつが本気になったら何でもできるって事を宣伝してやりたい。


 それが毬萌の幼馴染として生を受けた俺の使命ではないかと、最近は思っている。

 それが恋人としての正しい支え方ではないかとも、常に考えている。


「んー。じゃあ、見学だけなら行ってもいいよぉ?」

「マジか! 良し! そんじゃ、明日から早速回ってみよう!」


 俺と毬萌の『やりたい事探し』がスタートした。



「おーっす、桐島くんじゃん! 毬萌ちゃんは?」

「こんにちはー。なんか疲れてる?」


 学内の自販機コーナーで魂の抜けた表情の俺を、横尾さんと近藤さんが発見した。

 彼女たちは毬萌の気の置けない友人たち。

 少しばかり愚痴を吐き出すくらいは許されるかと思われた。


「ええー!? 天文学の井口教授を言い負かしたの!? あそこのゼミ、大学で一番人気があるんだよね!?」

「ていうか、私たち文学部じゃん! 全然分野が違うのに! すごい!」


 これで15連敗。

 川羽木大学は実に優秀な教授を多く抱えており、どの研究室やゼミも、俺から見ると魅力のかたまりに思えた。


 しかし、毬萌にとってはそうじゃなかった。


「井口教授と言い合いになってな。教授が、悔しかったら星の一つでも見つけてみろって言ったんだよ。そしたら……もう見つけてますっ! とか言うの、あの子」


 そう言えば、中学生の時に小惑星見つけてたんだよな、毬萌。

 それに加えて、もう2つ新しい小惑星を見つけていたらしい。


 それを教授に開示したら、大学ナンバーワンの呼び声高い井口ゼミが陥落した。


「それはそれは……。彼氏も大変だねぇ。毬萌ちゃんの興味のあるものってないのかな? 聞いてみた?」

「そうだね。毬萌ちゃんのやりたい事が見つかれば、そこからやる気も引き出せるかも!」


「おう、それは思いつかんかった。やりたい事か」


 そう言えば、俺は「どの研究室が良いか」とは聞いたが「何をやりたいか」とは聞いていなかった。

 似たような質問のような気がするけど、意味は結構変わる。


 2人に「ありがとう!」とお礼を言って、俺は毬萌の戻って来るのを待った。

 ところであいつ、トイレって、どこまで行ったんだろう。



「ごめんねー、コウちゃん! お待たせーっ!!」

「おう。心配したぞ。何かあったか?」

「んっとね、オープンキャンパスに来てた高校生の子を道案内してたのっ!」


 ああ、そういう事か。

 なんとも毬萌らしい。


「あのな、毬萌。悪かったな。なんか、無理やりあっちこっち引っ張り回して。俺の考え方が良くなかった。お前にゃ、この中から選べって言うより、何でもいいから選べ、なければ作れって言った方が良かったよな。反省してる」


「みゃーっ!!!」

「いでぇ! ちょ、なんだよ、毬萌! 悪かったってば!!」


 毬萌フライングクロスチョップが炸裂した。

 そんなに不服だったのか。


「わたしが興味のある事はね! 決まってるのだ!!」

「おう。それと俺が今、ベンチで押し倒されている事って何か関係あるの?」



「わたし、コウちゃんが何でそんなにわたしに優しいのか、そこが知りたいのっ!」

「そりゃあ、俺ぁお前が好きだから」



 すると毬萌は「んーん」と首を振る。


「どうしてコウちゃんはわたしを好きになってくれたのか、コウちゃんがどういう理屈でわたしの事を助けてくれるのか。研究するなら、これしかないのだっ!」


 そう言って、毬萌は胸を張る。

 なんか恥ずかしいが、毬萌の興味のある事はよく分かった。

 その分野に一番近そうな研究室は……。



「おおおお!! 神野くん、君ぃ! 私の研究室に来てくれるのかね!?」


 栗山教授、お久しぶりです。1年と数か月の時を経て、再びやって来ました。

 こちら、毬萌の才能に学内で最初に気付いた、心理学専門の栗山研究室。


「みゃーっ……。やっぱり、栗山先生の顔、怖いからヤメよっかなぁ……」

「栗山教授! とりあえず面白い顔して下さい! ここまで連れて来るのに2日かかってんですよ、こっちは!」


「そ、そうなのか、ええと、君は」

「桐島です。ちょっと、教授、笑って、笑って!」

「そ、そうか! 分かった、ひっひっひっひ!」


 アタフタしている俺たちにため息をついた毬萌は、自分からやって来た動機を語った。



「わたしは、どうしてコウちゃんがわたしの事を好きになってくれたのかについて研究したいんですっ!」

「おまぁぁぁぁ! 言い方ぁ! 俺がすげぇ恥ずかしいヤツ!!」



 栗山教授はメガネを斜めにかけて、ひょうきんな顔をしながら答える。

「なるほど、つまり、心理学的見地から考察する、恋愛感情についての研究だね!? ああ、素晴らしい! 私の専攻とピッタリだ! 是非、是非うちに来てくれ!!」


「コウちゃんも一緒じゃないとダメですっ! 研究対象なのでっ!!」

「ああ、もちろんだとも! コウちゃんくん、君も今日からうちで預かろう!」



 こうして、毬萌の進路は未だに定まらないものの、興味を引き出し、伸ばす事の準備は整った。


「ところで、コウちゃんくん。君、名前は?」

「うっす。桐島公平です。と言うかさっき名乗りました。あと、俺、先生の講義、2年続けて受けてます」

「みゃーっ……。栗山先生……」


「コウちゃんくん! もちろん知っていたよ! 君は誰はばかる事なくコウちゃんくん!!」


 栗山教授が俺を心理学で言うところの『認知』した瞬間でもあった。

 実地で教えてもらえるとは、勉強になるなぁ。

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