第502話 毬萌と目立ち始める天才
「マジで!? 桐島、お前、あんな可愛い彼女と同じ部屋で暮らしてんのに、何もしてねぇの!?」
「一緒に飯とか食ってるよ?」
「そうじゃないんだよ! この桃色天然ピュア野郎!」
「俺は今、
清宮くんと一緒に学食でお昼ご飯。
毬萌? あっちにいるよ。
女の子の友達と一緒に、ガールズトークしてる。
あいつは「いつもコウちゃんと一緒がいいっ!」とか嬉しい事を言ってくれるが、それでは人間関係が広がらない。
「大学とは人との繋がりを作る場所という側面もあるからな!」とは、毬萌の尊敬する天海先輩のお言葉。
昨日も俺と毬萌と3人でテレビ電話にて交流を深めた。
身近な先輩で1年先を歩いてくれているというだけでもありがたいのに、何かにつけて心配してくれる。
さらには、土井先輩も相変わらず日本時間に合わせて連絡を取ってくれると言う欲張りセット。
お二人のお店がオープンする際には、でっかい
「あのな、桐島! 同棲ってのは、そういう事なんだよ! 分かる? 人間って寝てる時が一番無防備だろ!?」
「おう。確かに。たまに毬萌のヤツに蹴られるわ。あいつ寝相悪ぃんだよ」
「そうじゃねぇんだよ! この爽やか青春レモン野郎!!」
「ごめんな! 清宮くんが何を言いたいのか、さっぱり分からん!」
清宮くんは、「ああ、くそぅ」とグラスの氷をガリガリ噛んで、続けた。
「いいか? 相手の前で寝るって事は、もう何されても良いですぅ、いやーん! と! まあ、そういう訳になるんだよ!」
「ええ……。それはちょっと同意しかねるんだけど」
「年頃の女子はそう思うものなの! この頑固一徹男梅!!」
「清宮くんのセンスは独特だなぁ」
あまりにも熱弁が過ぎた清宮くん。
昼下がりの学食はあまり人もおらず、何より毬萌たちのグループが近くにいた事が良くなかった。
「ちょっと、清宮! ナイんだけど、そういう考え方!」
「そうだよ! 毬萌ちゃんは、もっと純粋な女子なんだよ!」
毬萌の友達、横尾さんと近藤さんに捕まった。
これはひょっとして、俺まで巻き添えになるパターンか。
「桐島くんの紳士的な発言聞いてさ、あんたも少しは心を洗濯したら? そしたらちょっとくらいモテるかもよ? ……ぷっ」
「横尾ちゃん、ぷっ、ふふ、笑っちゃ悪いよ! ふふふっ」
俺の身の安全が確保されたため、高みの見物としゃれこむ。
頑張れ、清宮くん。
言われっぱなしじゃ男がすたるぞ!!
「ちくしょう! お前らなんか、オレの方から土下座でお願いしますだわ! 今度は是非、グループでご飯でもどうですか! ちくしょう! バーカ、バーカ!!」
清宮くんは、嘘をつくのが苦手ないい男である。
散々女子を褒めて、バーカと言って立ち去って行った。
次の講義も一緒なんだから、俺を置いていく事ないじゃない。
「コウちゃーん! 助けてぇー! カレーうどん食べたら汁が飛んできたぁー!!」
「マジか! お前! なんで白い服着てる時にカレーうどん食うの!? ああ、待て待て、
「みゃーっ! コウちゃん、汚れ落ちるー? お気に入りのシャツなのにぃー」
「お気に入りの白いシャツ着てカレーうどん食う
横尾さんが紙ナプキンを大量に持って来てくれた。
なんて親切な人だろう。
「あれだよね。あたし、大学入ったら合コンとか行って、彼氏作ってー、とか思ってたんだけど。毬萌ちゃんと桐島くん見てると、なんか恥ずかしくなるわー」
「ねー。2人の関係って良いよね。何て言うか、ほほえまー」
俺がなま温かい目で見られながら、カレーうどんの汁と格闘していると放送が流れた。
別に普段から構内放送くらいバンバン流れているから気にしないのだが、今回はうちの子が当事者だった。
『文学部1年、神野毬萌さん。次の時限に講義がなければ、栗山の研究室まで来るように。いや、来て下さい』
栗山教授は、心理学の講義を担当している厳格なお方。
学生からも「試験が難しい」とか「講義が何言ってるのか分からん」と恐れられている。
「みゃっ!? わたし!? どーしよ、コウちゃん! 怒られるのかなぁ?」
「心理学、なんかあったっけか? ああ、2週間前にレポート提出あったな。……まさか、お前、出してないなんてことは?」
「出したもんっ! コウちゃん、同じ家で暮らしてるのに、ひどいっ!!」
お前のレポート書くスピードが速すぎて何やってんのか分からないんだよ。
口に出すと負けな気がして、俺は男らしく口を真一文字に締めた。
「おっし、とりあえずこれで応急処置は完了! かなりマシになったろ?」
「桐島くん、家庭的! すごっ!」
「ねー。もしかして、家では桐島くんが家事やってるとか?」
「おう。よく分かったなぁ。毬萌も飯は作ってくれるんだけど、基本的に掃除も洗濯も俺の仕事だな」
「コウちゃーん! ついて来てー! わたし、栗山教授怖いーっ!!」
俺、次の時間は日本文化史の講義なのに。
「ねーえー、コウちゃーん!」
「分かったよ、行く行く、ついてってやるから!!」
「わぁーい! じゃあ行こーっ!」
「ごめんな、2人とも。せっかく毬萌と話してくれてたのに。また機会見つけて、相手してやってくれると嬉しい! そんじゃ!」
「またねーっ!」
「あたし思うんだけどさ、桐島くんって超優良物件じゃん?」
「ねー。あれは普通の女の子ならやられるよ。毬萌ちゃんも大変だ」
やっぱり2人がなま温かい視線で俺たちを見送ってくれた。
毬萌のためなら、えんやこら。
教授の研究室に突撃じゃい。
「神野くん! 君のレポート読んだよ! いや、読ませてもらった! き、君は、お父様かお母様が心理学に精通しておられるとか、そういう訳ではないのか!?」
「みゃっ!?」
ああ、ダメだ。
毬萌が、髭で強面のおっさんである栗山教授に委縮している。
「あの、毬萌の両親は普通に会社員と主婦ですが」
「そうか! と言うか、君は何だ!? 呼んでないぞ! 帰りなさい!!」
それはおっしゃる通り。
じゃあ、部屋の外で待っておくか。
「みゃっ!? こ、コウちゃん、行っちゃうの!? じゃあ、わたしも行くっ!」
「なぁ!? それは困る! コウちゃんくん、君もいたまえ! そうだ、お茶を淹れよう! お菓子も出そう! 神野くんとコウちゃんくん、ゆっくりしたまえ!」
俺の待遇がジャンプアップ。
と言うか教授、俺もあなたの講義受けてます。
「単刀直入に言うが、このレポートを元に、論文を書かないかね!? 基礎心理学なのに、感性、感情からの心理生理学へのアプローチが実に斬新だ! このような切り口、私は見たことがない! と言うか、今日からうちの研究室に来ないかね!?」
「嫌ですっ!」
「そうか、来てくれるか! ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
栗山教授が湯飲み持ったまま後ろに倒れて行った。
大丈夫ですか。すごい音がしましたけど。
「な、なにか不満があるのなら、聞こうじゃないか!」
「コウちゃんと一緒にいる時間が減るので! 嫌ですっ!」
「そんなにコウちゃんくんが大事なのか!? 新しい学術の発展よりも!?」
「コウちゃんが一番に決まってますよぉー。にははっ、先生ってばー!」
「おのれ、コウちゃんくん……! 分かった、今日のところは引き下がろう。しかし、私の講義には出てくれるね!?」
「コウちゃんと一緒だから出ますっ!」
「コウちゃんくんはどれだけすごいんだ!? 君のレポートは……あった! ……うん、うん!! よく書けているよ? 優をあげよう。神野くん、君には超激をあげる!!」
変な評価を作らんで下さい。
とりあえず、毬萌がおっさんに対して限界を迎えたので、俺たちは退席した。
『文学部の神野毬萌さん。いつでも良いので、石井の研究室までお願いします』
『神野毬萌さん、工藤の研究室まで、大至急お越しください』
毬萌の周囲が騒がしくなり始めた。
どうやら、教授連中が毬萌の放つ天才の匂いを嗅ぎつけた模様。
毬萌は実に嫌そうな顔をするものの、その度に俺が付き添って、結局前期が終わる頃には、一年生にして8個の研究室から勧誘を受けていた。
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