第501話 毬萌と大学

「えーっ!? 大学の講義って、自由に席選べるのー!?」

「おう。まあ、講義によっちゃあ席順が決まってたりするらしいけどな」


「じゃあ、コウちゃんといつもお隣じゃん! にははー、照れますなぁ!」

「おう。まあ、それに関しちゃ、俺も嬉しいよ。あのな、毬萌。それより」


「見て、コウちゃん! 知らない番組やってる! 県が違うから、地方局も違うんだよっ! バッチリ情報仕入れなきゃだね!!」

「おう。まあ、珍しいよな、地方局の番組って。そんなことよりもな」



「コウちゃん、お腹空いたーっ!!」

「聞けよ! 履修登録について説明してんでしょうが!!」



 大学生になりたての一年生にとって、最初の罠は履修登録。

 「まあ、4年もあるんだし、最初はちょっとでええやろ! 受験頑張ったし!」とかいう眠たい事を言い出すと死亡フラグ。


 3年くらいになって、周りが就活始めてんのに、てめぇ1人で大学に通って下級生に混じって講義を受けて、就活が遅れて「もう気持ちを切り替えて計画留年だ!」とか言い出すまでが黄金パターン。


 誰の受け売りかって?


 天海先輩に聞いたんだよ!

 「こんな愚か者もいるぞ! はっはっは!」って教えてくれたよ!


 数年後に俺が笑われてるパターンだけは避けたいんだ!!


 それにしても、今でも連絡が取れる頼りになる先輩ってステキ。

 いっそセクシーだよ。

 ちなみに、「履修については天海を頼ればよろしいかと愚考致します」なんてステキでセクシーなアドバイスをくれたのが土井先輩。


 アメリカとは時差があるのに、わざわざこっちに合わせて電話をくれた。

 もう心と体すべて差し出して良いくらいにセクシー。


「焼きそばだーっ! ふふふーん、コウちゃんの焼きそばーっ!!」

「これ食ったら履修登録の話するからな! おい、ピーマンをよけるな!!」


 同棲カップルって、もっと甘くて色々アレがナニするものだと思っていた。

 でも、そんなのは幻想だった。


 大して変わらねぇんだよ、毬萌が常時視界に入ってるってだけで!!


 その後、必修科目と自由科目について説明した辺りで、毬萌がうとうとし始めたため、とりあえず主だった必修科目だけ俺がピックアップ。

 そんなに甘やかすと毬萌のためにならない?


 そういう段階はとっくの昔に過ぎてんだ!

 放っておくと、こいつ訳の分からん高度な講義ばっかり選ぶ未来が見えるもん!


 そうなって一番困るのは誰だと思ってんだよ!!



 俺だよ。



 とは言え、自由科目は教授との相性や、講義の内容によって、当たりハズレが大きいという情報も入手済み。

 できれば同じ学部の先輩の知人でも作れたら話は早いのだが。


 何にしても、明日からの予備期間、できるだけ多くの講義を受講してみよう。



「コウちゃん、こっちーっ! ここ空いてるーっ!!」

「おう。分かったから、少し静かにしような? あ、すんません、ここ良いですか? これはどうも、はい、ありがとうございます」


 翌日。

 まず1限に必修科目である英語の講義を受ける。

 川羽木かわはぎ大学は入試の成績に応じて、1年次の英語の講義はクラス分けされる。


 毬萌は当然一番上のクラス。

 俺もどうにかギリギリ一番上のクラス。


 本当にありがとう、おしゃべりコウちゃん3号。


 そして2限は早速やって来た、必修科目のない空き時間。

 自由科目の中で、毬萌に「どれが受けたい?」と聞いたところ、「んーっ! これ!!」と言って選んだのは。


「〇△□! 〇□△〇△□!! □〇△□〇〇△□〇△□!!」



 フランス語! もちろん、何言ってんのか分かりません!!



 講師の人も見るからにおフランスのお方。

 これ、日本語通じるのかしら。


「〇△□、△□、□〇△□、〇△□〇△□!!  □〇△?」


 気のせいかな。講師のおフランスの金髪美人が、俺を見て何か言っている気が。


「〇△□、△□、□〇△□、〇△□〇△□!!  □〇△?」

「あ、あの、ええと、俺っすか?」


「□〇△?」

「え、ああ、はい。すみません、日本語でお願いしても?」

「□〇△□、〇△□〇△□!!  □〇△?」


 日本語と言う甘えは許されない模様。

 もう、一言一句聴き取れねぇ!!


 すると、毬萌がスッと立つ。

 こんな時に、トイレか!? 俺を1人にせんとって!!


「えっと、□〇△□! 〇△□、△□〇△□!!」

「トレビアン!  □〇△□!」


 トレビアンだけ聞き取れた俺は、どうやら毬萌が正しく受け答えをこなした事を悟った。

 一体、どこでフランス語をかじって来たのか。

 とりあえず、俺の危機は去ったようで少し安心。


「おい、毬萌。俺の知らねぇうちにフランス語なんて勉強してたのか?」

「ほえ? んっとね、このプリントに書いてある単語の並びから、何となく文法が見えてくるじゃん? そしたら、先生が連呼してる単語の意味も推測できるし」


 そうでした。



 俺の彼女、天才なんだったよ!!



 そして講義は終わった。

 英語をやっと克服できた俺に、ガチのフランス語は荷が重すぎる。


「あの、さっきのすごかったね! フランス語、話せるの?」

「私も良い? フランスに留学してたとか!?」


 いつの間にか、女子学生に囲まれている毬萌。

 こんな景色に見覚えがある。


 花祭学園に入りたての頃、新入生総代だからってやたらと授業で指名されて、その教師のいじわるをことごとく撃破して見せた毬萌も、今と同じように自然と周囲に人の輪が出来ていた。


「んーん! フランス語は全然分からないよっ! でもね、プリント見てたら法則性が浮かび上がって来たからね、ちょっとだけ見方を変えると……」


「マジ!? あなたって天才!? えっと」

「神野毬萌だよっ! 毬萌で良いよー!!」


「あたし横尾でーす!」

「私は近藤だよ! よろしくね、毬萌ちゃん!」


 そうなんだよな、毬萌は最初に強烈な光を放つくせに、近くに行くと思ったほど目に悪い光源じゃないと一目で分かるので、すぐに友達ができる。

 結構、結構。

 楽しそうに話している毬萌を見ると、俺まで嬉しくなる。


「おい、さっきは災難だったな」

「あれはねーよ。オレだってパニクるわ」


 そして、俺にも何やら男子学生が話しかけてきてくれた。

 やだ、あたい、友達ができるの!?


「おう。参っちまったぜ。俺ぁ桐島公平。よろしくな!」

「はは、運のないヤツ! 僕は岩本。まあ、気楽に行こうぜ!」

「オレ清宮! なあ、あそこの女子に声かけてみねぇか!? 大学デビューしようぜ!」


 清宮くんは積極的な男子の様子。

 そういうことなら、露払つゆはらいはこの俺に任せてくれ。


「おーい、毬萌!」

「なぁーに? コウちゃん!」


 ここで俺は2つのグループを合体させるべく動いた。


「なになに? なんか2人、親しい感じ!?」

「ねー! ちょっと知り合いレベルじゃない雰囲気がするよねー!」


「うんっ! コウちゃんはね、彼氏なのだっ! にははーっ」


「「きゃー!! 入学してすぐに付き合ってるの!?」」


 女子の興味が毬萌と俺の関係について一色に塗りつぶされた。

 ロン。毬萌アホ一色イーソー、役満です。


「「え゛っ」」

 こっちはどうしたんだい、大の男が2人揃って。


「おう。いや、昔からの幼馴染でな。なんか、知らねぇ間に付き合うことになって」


 岩本くんと清宮くんがなんだか少し遠くに感じるのは気のせいかな?


「「え゛っ。幼馴染!?」」


 2人は仲が良いなぁ。ずっとリアクションがシンクロしているじゃない。

 俺もまぜておくれ。


「桐島……お前、すげぇヤツだな。なんか、気軽に声かけてごめん……」

 岩本くん? なんでそんな卑屈になるの?


「オレとは立ってるステージが違う……。可愛い彼女、お大事になさってください」

 清宮くん? どうして中島誠之助みたいなことを言って後ずさりするの?



 こうして、俺と毬萌も、大学生活に馴染み始めた。

 ちなみに、岩本くんと清宮くんが俺とフレンドリーに接してくれるようになるまで、何故か2週間ほどの時を要した。



「ええええーっ!? 2人、同棲してるのー!?」

「マジぃ!? すごっ、ヤバい、ヤバい!!」



「「え゛っ」」



 なにゆえ2人が俺と距離を取ろうとしたのかは分からなかったが、どうにか仲良くなれて良かった。

 今では学食でたまにご飯を食べる仲さ。

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