第九部 ~エクストラステージ~
毬萌との未来編
第500話 天才とアホの子の間仕切りはもうない
隣の県からごきげんよう。
俺と毬萌は、△△県中央部にある、
そして今日が入学式である。
「みゃーっ! コウちゃん、ストッキングが破けたぁぁ!!」
「おい、マジかよ! お前、これで2足目だぞ!? なんでそんなに破けんの!? サイズちゃんと合ったヤツ買ったんだろ!?」
「……………………」
「なんで黙るんだよ!?」
「だってぇ、コウちゃん絶対怒るもんっ!!」
俺が怒る? まさか、そんな。
言っておくが、俺は自分の恋人に理不尽な怒りをぶつけたりしない。
そんな事をするくらいなら、腹を切って死んだ方がマシだと考える男。
「もしかして、不良品掴まされたか!? よし、俺がいっちょ、文句言って来てやる。袋どこやった!? ああ、これか。……おう」
「だってぇー。小さい方が脚、細く見えるかもって思ってさっ!」
「だからってキッズサイズ買うヤツがあるか! お前、今日から女子大生だぞ!?」
「みゃあーっ!! やっぱりコウちゃんが怒ったぁー!!」
腹を切りますので、どなたかこの中に
そんな事をやっていると、時間がなくなる。
完璧なタイムスケジュールを組んだと言うのに。
毬萌のアホやらかすパターンだって織り込み済みだったのに。
「仕方がねぇから、行きにコンビニで買うぞ! もう出ないとマジで間に合わん!」
「スーツに生足とか、コウちゃん、そーゆうの好きなんだ……?」
「嫌いじゃねぇけど、その話、今じゃねぇとダメ!? つーか、お前の生足くらいもう見飽きとるわい! 毎日堪能しとるわい!」
「みゃっ!? コウちゃんの変態! どうも視線を感じると思ってたんだよぉー」
言うまでもないと思うが、一応言っておく。
俺と毬萌は、2週間前からアパートの同じ部屋で生活している。
この状態を、世間では、同棲と呼ぶらしい。
「……であるからして、本学に入られたからには、高い理想と燃えるような情熱を持って、絶えず自分の可能性を磨いて頂きたいと、このように思う次第であります」
花祭学園は教頭がハゲてたけど、川羽木大学は学長がハゲてるなぁ。
学長の頭も磨いたらさぞかし怪しく光りそうだなぁ。
そんな事をぼんやり考えながら、俺の隣では人の肩に頭乗っけて、すやすや眠るアホの子が。
アホ毛が顔に当たって
しかし、俺の心は穏やかそのもの。
晴れの日を迎えたから? 確かに、それもある。
けれど違うんだ。俺の隣ですやすや寝息たててる毬萌がいるだろう?
つまり、入学式で新入生総代の挨拶がないんだよね!!
思えば、中学の卒業式から数えて、一体何回、何十回、毬萌の足元に潜んで来ただろうか。
毬萌の太ももは俺の歴史と言っても良いレベル。
その悪しき歴史に今、ピリオドが!
「おい、毬萌。起きろ。そろそろ終わりそうだ」
「みゃーっ……? もうご飯?」
「ベタなこと言ってんじゃないよ。ほれ、スカートなんだから、足は開かない!」
川羽木大学は、結構な有名大学である。
もちろん、良い意味での有名。勇名と言っても良い。
この辺りでは偏差値が頭一つ抜けている大学であり、俺と毬萌は文学部を選んだ。
毬萌はどの学部でも選びたい放題で、川羽木大学には法学部や薬学部と言った、将来を見据えたチョイスも出来たのだが、なにゆえの文学部。
「ねね、コウちゃん、コウちゃん! 漫画読み放題かなぁ!? 教室に積んである!?」
ウキウキの俺の恋人。残念ながらアホの子。
どうやら、文学部は漫画が読めると思っている模様。
確かに、最近は漫画学部なんていう世の中の動きにコミットした学部があるのも事実だし、それは大変興味がある分野でもある。
でも、うちの大学の文学部は、普通の文学部だから。
そんな漫画喫茶みたいなところじゃないから。
「ドリンクバーあるかなぁ? ソフトクリーム作れるかなぁ?」
では、どうして俺はこの愛すべきアホの子の勘違いを正さなかったのか。
それは、川羽木大学が他学部履修を広く認めており、「えっ、そんな講義まで受けれんの!?」と言う景気の良さと懐の深さを持ち合わせているからであった。
ぶっちゃけ、毬萌くらいの天才になれば、何学部でも同じなのである。
そのうち興味がある事を見つけたら、そっちの分野の学部に変更すると言う手もある。
そこのところはしっかり確認しておいた。
ハードル高めの試験をクリアすればオッケー。
「ほれ、行くぞ。はぐれないように、手ぇ握るか?」
「えー。コウちゃん、それはちょっと。恥ずかしいし、第一印象が……」
「なんで急に常識取り戻してんの!? 数分前までドリンクバー探してたのに!!」
問題は、毬萌がやりたい事を見つけた時に、俺が付いて行けるか。
その点に尽きる。
俺がこいつと同じ大学に入ったのは、毬萌の才能がしっかりと生かされる環境で、のびのびと開花させてやりたいから。
よって、俺は入学してからが本番。
多芸に
「文学部、なんか難しい話ばっかりしてた……」
いくらなんでも、まだ多芸に秀でていないので待って欲しい。
「お前、帰って来るなりなんでしょげてんの!? まだ講義も受けてないじゃん!」
「ドリンクバー、なかった……」
すでに学部変更の危機!
本当にちょっと待っておくんなまし。スタート直後にエンストするな。
こんな時は、何か別の事で気を逸らすに限る。
「おう、毬萌。今日の晩飯は豪華だぞ! すき焼きにする!! 入学祝いだ!」
「みゃっ!? ホントー!?」
「これを見ろ! ちょっと高い、良いお肉がある! しかも、2パックも!!」
「わぁーい! お肉食べるの久しぶりだねぇ! じゃあ、着替えるー!!」
「おう。スーツにしわが出来ちまうからな。早いとこ着替えておまぁぁぁぁぁ!!!」
「ほえ? どしたの? コウちゃん?」
「着替える時は隣の部屋に行くって決めたろ!! なんでここで脱ぐの!?」
俺をかつての貧乏な家のせがれと思ってくれるな。
仕送りは尊敬すべき父さんから、たんまり送られてくる。
しかも、毬萌の家からも当然、仕送りはある。
ワンルームの安アパート? 失敬な。
うちは2LDKだ!
と言うか、ワンルームで毬萌と同棲とか、そんな危険なことできるか!
結婚するまで間違いは起こさない。
間違いを起こす時は、責任を取る準備が出来た時。
俺の父さんが、最近ついに頭髪の横のパーツまで怪しくなってきた父さんが、男前の顔で語ってくれた金言である。
「どうだ、コウちゃん! 着替えたよっ! これでいーい? じゃじゃん、体操服っ!!」
「おお、よしよし。スーツは明日、クリーニングに持って行くからな。ストッキングはちょっと良いヤツ買ったから、洗濯籠に入れとけよ」
毬萌の部屋着は体操服。
高校の時は中学の時の体操服だったけど、大学になったら高校の時の体操服にレベルアップした。
「コウちゃん、スキありっ!」
「おまぁ!? 何をしとるんじゃい!!」
脱ぎたてのストッキングを俺の頭に被せて来たアホの子がいます。
ゴッドの中にお医者様はいらっしゃいませんか?
この子、入学式でテンション上がって、ちょっとおかしくなっているんです。
誰かー。助けてー。
「コウちゃん、コウちゃん!」
「おう。春菊もちゃんと食べなさい」
「もうっ! そうじゃないよぉ!」
「椎茸も残すんじゃありません。おい、俺の肉食ったろ、お前!!」
「こうやって一緒に暮らしてるとさ、なんだか、新婚さんみたいだねっ! コウちゃん、さては、わたしともう結婚したつもりでいるなぁー?」
「おう。そりゃあ、いずれはそうなるだろうな。バイトしてしっかり貯金作っとかなきゃならん。やっぱり式は挙げたいもんな」
「みゃ、みゃ、みゃーっ!! なんかコウちゃんがイケメンみたいでやぁーだぁー!!」
「どういうこと!? や・め・ろ! 抱きつくな! せめて茶碗置かせて!!」
これは、俺の大事なアホの子と歩む、その先の物語。
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