第497話 毬萌と恋人

 生徒会長就任の挨拶も終わり、俺の公開告白も終わり、会場も落ち着いたところで学園長が適当な話をしたら、解散になった。


 生徒会の引継ぎをしなくては。

 しかし、花梨が俺と同じ空間に居る事で嫌な思いをしないだろうか。


「ぬう……。困ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 不意打ちで尻を蹴ってくれるのは、俺の親友。


「なーにほうけた顔してんのよ! 引継ぎするんでしょ? あんた、冴木花梨の事をよーく知ってんでしょうが! あの子はそんなに弱くないわよ!!」

「……そうか。そうだよな。ありがとう、氷野さん!」



「困ったのは私の方よ。ったく……。なんだって私がこんな気持ちに……」

「えっ!? なに!? どういうこと!? ごめん、氷野さん、もう一回言ってくれる!?」



 前後とは脈略のないセリフに、思わず聞き返す。

 すると、氷野さんはプイっとそっぽを向いて、それでも横顔を眺めていたら、口をとがらせた彼女に尻を蹴られた。


「今のはひとりごとよ! いいから、さっさと行け! この、バカ平!!」

「おう。そうなの? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! そんじゃ行くよ。ありがとな、氷野さん!」


 気付けば、毬萌もいなくなっている。

 あんにゃろう、一緒に行こうって誘ってくれたら良いのに。


 俺は、小走りで生徒会室へと向かう。

 道中、やたらと色んなヤツにはやし立てられたが、適当にあしらってやった。



「すまん、遅くなった! 引継ぎを! ……おう?」

 生徒会室に入ると、みんなが目を丸くして俺を見る。

 そして普通に毬萌もいるし。言えよ!!


「公平先輩……! 来てくれないかと思ってましたよぉ!」

 最初に口を開くのは、新会長の花梨。


「いや、実はちょいと迷ったんだが、花梨が気を悪くするんじゃねぇかって。でも、氷野さんに行けって言われてな。……大丈夫? 俺、ここに居ても」

「マルさん先輩……! もちろんですよ、公平先輩! 副会長じゃなくなったからって、あと、あたしを振ったからって、疎遠になってもらっては困りますー!!」


 なんだか花梨がいつもの花梨でホッとしたような。

 一方で、「いや花梨は元からそういう子だって知ってたろ」と俺の中で声がする。


 そうだ、だから俺は花梨の想いに真正面から向き合えたのだった。


「鬼瓦くん。これ、引継ぎの書類な。まあ、君の事だから、だいたい頭ん中でシミュレーションできてると思うが。頑張ってくれよ、副会長!」

「ゔぁい! 桐島先輩の背中を見て、覚えた事を実践していきます!!」


 会長の引継ぎはどうだろう?

 チラリと視線を滑らせてみると。


「花梨ちゃん、分かんない事があったら、いつでも言ってね! こっちがわたしの引継ぎで、こっちがね、天海先輩からの引継ぎ! 役に立つかなって!」

「わぁー! 助かります! 偉大な先輩のお二人が作って下さった資料があれば、百人力です! ありがとうございます、毬萌先輩!」


 俺が口を挟む必要はなさそうである。

 では、こっちの引継ぎを手伝うか。


「上坂元さん、こちら、会計の引継ぎです」

「えっ!? こ、こんなにあるんですの!? あ、あたくし、特別数字に強いワケではないのですけど、大丈夫かしら!? 急に不安になって来ましたわ!」


「その点は大丈夫です。ねえ、冴木さん」

「はい! 来年の新入生から一人、会計補佐として生徒会役員に入ってもらおうと思っているんです。だから、5人態勢になりますね。安心して下さい、上坂元さん!」


 なんと、そんな事まで考えていたのか。

 これは、俺の出る幕は本当にもうないな。


「ではでは、あたしたちは引き続き、早速新生徒会として動き始めますので! 先輩方はお帰りになって大丈夫です!」


「おう。そうみたいだな。じゃあ、帰るか、毬萌?」

「うんっ! またね、みんなーっ!!」


 こうして、俺たちは生徒会室を後にした。



 帰り道。


「おい! 毬萌、前! 前!! あぶねぇって!! いでぇっ」

「みゃっ!? あ、あれ!? 自動販売機が移動して来た!?」



「お前が自動販売機に向かって行ったんだ!! どうした、さっきから。いつもの比じゃないくらいに危なっかしいぞ!」

「……だって……なんだもん」



 ん? なんだって?


 これはラブコメ特有の難聴じゃなくて、ガチで声が聞こえない。

 毬萌ってこんなに小さい声が出せたんだ。



「だって! こ、コウちゃんと、恋人になったんだもん! ……だもん」

「ばっ! おまっ! ちが、違わなくはねぇが! いや、待ってくれ! 俺、まだ告白してなくないか!? よく考えてみると、お前にゃ!」



 アホ毛がピーンっと伸びたかと思うと、へたりと倒れた。

 そして本体の毬萌も、目を白くして、口から煙を吐いている。


 こいつぁいけねぇ。

 とりあえず、公園が近くにあったので、毬萌を抱えて緊急避難。


 毬萌を抱えられると言う奇跡については、まあ触れないでおこう。

 今日は多分、そういう日。



「まー。そのー。なんだ。毬萌。毬萌さん。なんつーかね、アレだよ」

「みゃっ!? う、うん! そうだね、あの、えっと、アレだねっ!!」


 何だよ!!


「……しまったな。まさか、こんな順序になっちまうとは。花梨にスキを突かれたからなぁ。スキだらけなお前らに俺のプランはめちゃくちゃにされてしまった」

「みゃーっ……。なんか、コウちゃんがわたしと花梨ちゃんのせいにして、男の子の責任から逃れようとしている気がするのだ……」


「違うわい! ちゃんと言うよ! ただ、タイミングがナニしただけだよ!」

「わ、わたしも、実は急だったから、何だか頭がついていかなくて! にははーっ」



 ちょっと、何か変な空気になりかけてるんだけど。



 これはいけない。

 よくある幼馴染が急に恋人になって、これまでの関係との違いに色々アレがナニして、ギクシャクする展開じゃないか。


 そうはさせるか。

 ここまでやっとたどり着いたのに、ゴッドにエンターテイメント提供して堪るか。


 見てろよ、ヘイ、ゴッド!



「毬萌。毬萌さん。毬萌様。……いや、やっぱり、毬萌」

「みゃっ!? は、始まってる!? は、はいっ!」



「既に知っての通りだが、俺ぁどうやら、お前の事が大好きらしいんだ。これが困った事に、世界で一番好きらしい。お前のためなら死ねるまであるみたいでな」

「みゃっ、みゃっ!? そ、そうなんだ!? コウちゃん、死んじゃうの!?」



「おう。例え話だ。お前を遺して死んでたまるか」

「そっかぁー。なら、良かったぁー」



「そこでだ、俺としては、男女交際をお前に申し込みたいのだが、どうだろう、受け入れてくれるか?」

「こ、コウちゃん! ストップ! ストップーっ!!!」



 毬萌が両手で俺の頬っぺたを押さえる。

 口がアヒルさんみたいになるから、ヤメてくれないかな。

 しかも今、大事な事言ってんだけど。



「なんでコウちゃんはそんなに冷静なのぉ!? わたし、頭の中がぐにゃぐにゃなのに!! コウちゃんばっかりズルい!! なぁーんでぇー!!」


「そりゃあ、お前。俺、ずっとお前に告白する時の事考えてたから。具体的には、夏休み、毬萌と一緒に花火見に行った時くらいから。何千回って頭ん中で繰り返し練習してたんだし、まあ、普通に考えたら冷静に本番を迎えられるよ」



 すると毬萌、ハッと何かを閃いた様子。

 いつもの悪だくみしている時のアホの子スマイルが帰って来た。

 それは何より。



「じゃ、じゃあね、コウちゃん! チューしてあげよっか? わたしとチューできたら、恋人になってあげるのだっ!」

「おう。そりゃあ、願ってもねぇ。じゃあ、覚悟は良いか?」



「みゃっ!? あ、あれ!? コウちゃん!? ほ、ホントに!? コウちゃ……んっ……」

「………………。やれやれ。結構ドキドキしたな。シミュレーションしてても」



 そこからが大変だった。

 完全にポンコツと化した毬萌を、俺は全力で家まで引っ張って帰る事になった。


 そして、毬萌が家に帰った途端、「おかーさん! コウちゃんとチューして、恋人になったぁー!!」と何故か俺への返事の前に自分の母親へ報告。

 俺の家にも連絡が行って、なんか知らんが、その日の晩飯はかつてない豪華な会食となった。



「おい。毬萌。毬萌! 俺ぁまだ、聞いてねぇぞ」

「ほえ? なにがー?」



 そして大騒ぎする両親を放置して、俺はこのアホの子に確認する。



「俺ぁお前が大好きだが。お前はどうなんだ?」



 すると、毬萌はようやく観念したらしく、モジモジしながら、答えるのだった。




「……大好きだよぉ! コウちゃんの事、一生大事にするもんっ!!」

「それ、どっちかって言うと俺のセリフだよな……」




 こうして、俺の世界で一番大切な幼馴染は、世界で一番大切な恋人に進化した。



 ——そんな訳で、少しばかり時は流れる。

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