第496話 公平と答え

 全校生徒および、全教職員、くっせぇくせに今日は理解のある教頭と、いつも理解はあるけど節度がない学園長。

 その全員が、今、俺を見ていた。


 副会長を1年務めて来た俺であるが、ここまでの注目を浴びた記憶などさすがにない。


 ある男子は何やら憎しみとねたみのこもった表情で。

 ヤメてくれよ。君には何もしてないじゃないか。


 ある女子は何やら好奇心の塊のような表情で。

 本当に女の子は他人の色恋の話、好きだよね。


 ざわざわ森の花梨ちゃん状態の新生徒会長。

 それでも、まったく動じる気配はない。

 これならば、来年度も大丈夫そうだと、俺も太鼓判押しちゃう。


 そして、このざわつきを収拾するべく、次期風紀委員長がマイクを持った。

 松井さん、またの名をみのりん。

 なるほど、風紀は乱れているものね。鎮圧してくれるのかな?


「えー。たった今、新生徒会長の冴木花梨さんから、驚きの告白がありました! この後は教頭先生のお話を予定していましたが、中止いたします! さあ、桐島先輩、お答えをどうぞ! 赤裸々にどうぞ!!」



 みのりんの裏切り。

 そうね、君も年頃の乙女だったね。好奇心には勝てなかったか。



「ゔぁあぁあぁぁっ! 失礼します! 失礼します!」

 鬼瓦くんが俺の元へと駆け寄って来る。


 逃がしてくれるのだろうか。

 でも、大丈夫だよ。今回ばかりは俺、逃げたりしないから。


「桐島先輩、こちらをどうぞ! ワイヤレスマイクです!!」

「おう。そっちだったか。さすが鬼瓦くん。俺の貧弱な肺活量じゃ、ここから叫ぶみてぇなドラマチックな展開は無理だもんな。さす鬼」


 さて、マイクを持ってしまったからには、もう猶予もなし。

 体育館中の人間全てを巻き込んで、俺が何を喋るのか、彼らは見守る様子。

 さっきまでの熱気を忘れて急に静かになるんだから、まつたく困ったものだ。


「あー。どうも、生徒会の、じゃねぇや、元生徒会の桐島です。なんと申しますか、この度は私事で皆さんのお時間を頂戴しちまって、すみません」


 会場は一体感のあるため息で包まれた。

 「そうじゃねぇだろ!?」と言うニュアンスなのは察知済み。


 いや、でも、こっちだって大事な答えを言うんだから、段取りってものがある。

 珍しく俺が物語の主人公になっているんだから、やりたいようにやらせてくれ。


「まず、ハッキリと言っておきたい点が1つ。花梨、冴木花梨さんは、本来、このような場で不用意な発言をする女子ではありません。今回は、彼女の本気、例えばどんな罰でも受け入れると言う、気概きがいの現れです。ですから、彼女のことを誤解して、妙な偏見なんかを持たないで頂きたい。これだけは、本当にお願いします」


 深く頭を下げる俺を見て、少し会場のボルテージが下がる。

 「それもそうだな」「私だったら絶対無理!」と言った呟きが聞こえる。


「そうですわよ! 冴木さんは、とっても実直な方ですわ! あたくしの良きライバルであり、これからは良き仲間になる、冴木さんの事を、よく知りもしないのに悪く言う方がいらっしゃったら、あたくし許しませんわ!!」


 思わぬところからの援護射撃。

 上坂元さん、味方になると何と言う頼もしさか。


「桜子さん、気持ちは伝わったと思うので、落ち着いて。桐島先輩のお話を聞きましょう」

「あ、あら! そうですわね、あたくしとしたことが、大和さんのおっしゃる通りですわ! 桐島さん、お邪魔して申し訳ないですわ!」


 俺はマイクのスイッチを切って、上坂元さんに一言。

 短く謝意を伝える。


「いや、ありがとう。君の発言のおかげで、場の空気が肯定的なものになったよ。俺なんかの言葉より余程説得力がある。サンキューな」


 さて、それでは、ほんのひと時ではあるが、主演俳優の役を果たそうか。



「花梨! ありがとう! まずは、お礼を言わせてくれ! 俺の良いところをたくさん見つけてくれてありがとう! てめぇが価値のある人間だって言ってもらえる事がどんなに嬉しいか。それを君は教えてくれた」


「そして、1年間、俺に多くの発見をさせてくれてありがとう! 俺の事を生まれ始めて好きだって言ってくれた女子は花梨だ! そんで、こっちも生まれて初めてのアレだよ。……恋ってヤツを始めさせてくれたのも、花梨だ!!」


「ドキドキしたし、ハラハラしたし、見える景色まで変わっちまって、戸惑う事も多かったけど、恋ってヤツは本当に、最高で、実に厄介なヤツだったぜ!」


 ここで一呼吸。

 マイクを使っていても、結構疲れるものである。


 握った手の平は汗でビチャビチャ。

 せっかく新しく発注したワイヤレスマイク、壊れたりしないかしら。


「公平先輩! あたし、先輩の口から、ハッキリとお気持ちを聞きたいんです! 遠慮は無用ですよ! と言うか、あたしの好きな先輩は、遠慮なんてしないはずです!」


 これはまた、一本取られているじゃないか、俺ってヤツは。

 花梨は本当によく気が付いて、誰にでも寄り添える、最高の女子だ。


 俺が何を言っても良いように、こんな時だって気を遣ってくれる。



 自分だって、心臓が破裂しそうな心境だろうに。



 利いた風な口をきくな?

 違うな、知ってるんだよ。


 俺だって、今にも心臓が破裂するんじゃないかってくらい、鼓動が早くなってるんだから。


「俺は花梨の事が大好きだ! 神に誓っても良い! でも、花梨が聞きたいのは、そういう好きじゃないんだよな?」

「はい! 公平先輩の、一番が誰なのか、それを知りたいんです!!」


 そうか。それじゃあ、言わなくちゃな。

 ここまで勇気を出してくれた花梨に、大好きな花梨に。


 嘘はつけないもんな。


「俺は、俺ぁな! 世界で一番大切なヤツがいるんだ! どう足掻いても、そいつの事が大切で、それは好きとか嫌いとか、そういうくくりじゃないんだと思ってた! 勘違いしてた! でも、気付かせてくれたのは、花梨なんだよ!」


「だから言うな! 俺は、そいつの事が——」



「——神野毬萌。幼馴染の毬萌の事が、好きなんだ!! この世で一番!!」



 衆目の中、恥をかかせてとののしられるだろうか。

 静まり返った空気をどうしてくれると恨み言を投げられるだろうか。


 いいや、花梨はそんな事をしない。


「良かった、良かったです! あたしの大好きな先輩は、あたしの大好きな毬萌先輩の事がやっぱり大好きで! そんな先輩だから、あたしも大好きになった訳で! だから、実はお答えも分かっていましたし、それが間違っていなくて、なんだか少し安心もしちゃいました! あはは、ちょっと何言ってるか分からないですよね!」


 花梨は一呼吸置いて、前を向く。

 真っ直ぐと、堂々と、晴れやかな表情で。


「皆さん、あたしはフラれちゃいましたけど、皆さんもご存じの通り、公平先輩も、毬萌先輩も、とってもステキな人です! だから、よろしければ、お二人を祝福してあげて下さい!!」


 告白の答えは「ごめんなさい」が適切だと、かつての俺は思っていた。

 とんでもない話だ。


 こんなに一途な想いを伝えてくれた相手に「ごめんなさい」とは何事か。

 何を置いても、言うべき言葉は決まっているじゃないか。



「……ありがとう。花梨、俺の事を好きになってくれて、ありがとうな」



 花梨はいつものように、「えへへ」と笑って、俺に言う。



「いえいえー。……大好きでしたよ、公平せーんぱい!」



 どうしたら良いのか分からないと言った空気の体育館。

 そんな中、「パン」と大きな音を立てて、手を叩いたのは氷野さんだった。


「何をぼさっとしてんの、あんたたち! 冴木花梨と公平に、拍手でしょうが!!」


 俺の親友。

 氷野さんの合図で、場内は大きな拍手に包まれる。


 未だに実感が湧いてこないのが不思議だが、俺の心は全てを吐き出した。

 思えば、初めての告白は、毬萌と2人きりの屋上だった。

 あの時は必死で、あやふやな事を全力で叫んでいたっけか。


 それが、次は急に400と余名の前でとか、ハードル上がり過ぎだろ。




 なあ、毬萌?


 ちゃんと聞いてたか?

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