第495話 告白

 花梨は胸を張って、背筋を伸ばして、威風堂々。

 一歩、また一歩と、確かめるように階段を上がり、ステージ中央、講壇の前まで歩いて行く。


 その姿は既に生徒会長の風格が充分なほど見て取れた。


 そして、俺は、花梨が初めて生徒会室を訪ねて来た日の事を思い出していた。

 あの時は、花梨がものすごく姿勢よく登場したものだから、思わず視線が胸部に集中しちまったんだったか。


 なんとお恥ずかしい。

 そして、自分の事は棚に上げて、そんな不埒ふらちな視線を送るやからはいないかと、野郎どもを目視で観察。


 意外とみんな紳士的だった。

 ごめんなさい。


「コウちゃん、コウちゃん! 花梨ちゃんのスピーチ始まるよっ!」

「おう。って、お前はもう内容知ってんだろ?」

「にははっ、だって一緒に考えたんだもん! 会長として、最後のお手伝いだよっ!」

「そうか、そうか。偉いなぁ、毬萌」


 頭をグリグリと乱暴に撫でてやると、アホ毛がぴょこっと跳ねる。


「桐島先輩、戻りました」

「おう。ご苦労さん。性欲の権化ごんげは教頭にプレゼントして来たか?」

「はい。しっかりと送り届けて来ました」


 黒木くん、君は強敵ではなかったけど、熱意だけは半端じゃなかった。

 その情熱をもっと別の事に生かせると良いね。


 そして、花梨がゆっくりと喋り始めた。



「えー、皆さん、この度、生徒会長に選出されました。冴木花梨です」


「おめでとー!」「サイコーです!」「頑張れー! 期待してるぞー!!」

「こっち見てー!」「3年連続美少女キタコレ!」「キタコレ、キタコレ!!」


 投票の時と打って変わって、何とも和やかな会場の空気。

 もしかすると、一般生徒のみんなも初めての選挙戦で緊張していたのかもしれない。


「あはは、ありがとうございます! まずは、あたしに投票して下さった皆さん、そして、上坂元さんに投票して下さった皆さん。真剣に学園の未来を考えて下さり、2人を代表しておれ……あ! 黒木くん! 黒木くんに投票して下さった皆さんも! 間違えました! 3人を代表して、お礼を申し上げます!!」



 黒木くん。忘れられた事を嘆くよりも、思い出して貰えた事を喜びなさい。



「はははは! いいぞー!」「黒木、息してるかー!」

「心意気は受け取った! だが黒木、てめーはダメだ!」「元気出せー」


 黒木くん、場の空気を温める事に一役買う。

 君、選挙戦で役に立ったの、ホワイトデーに続いて2度目だな。

 出馬した意味はあったと思うよ、俺ぁ。


「まずはですね、副会長を任命しないといけないみたいですので、先に済ませてしまおうと思います。……鬼瓦武三くん! お願いできますか?」


 鬼瓦くん、登壇の時が来る。

 大丈夫かしら。震えていないと良いのだが。


 そんな心配はどこへやら。

 おう。知ってた。鬼瓦くんだって、1年でむちゃくちゃ成長したんだもんな。


「ゔぁい!」

 大きな声で返事をした彼は、小走りで階段を駆け上がる。


「そんなに走らないで下さい! ステージが揺れるじゃないですか!」

「ええ……。冴木さん、台本と違う……」


「こちらが、来年度皆さんを文字通り支えます、鬼瓦くんです! 任命の理由は色々とありますが、生徒会役員を務めた実績と、人柄を重視しました。……と、先輩に言いなさいって言われました!」


「言わされてるー!」「頑張れタケちゃん! 可愛いー!」

「おいおい、誰だよ悪い先輩って!」「冴木タンに入れ知恵とは、許せぬ!」



 俺だよ。



 まさか、花梨がこんな上手い料理をするなんて思わなんだ。

 鬼瓦くん、ここは副会長として、しっかり会長の言葉を受け止めてくれ。


「ゔぁい! 僕は不器用で、先任の桐島先輩みたいに上手く副会長職に当たる事はできないと思います! その分、どんな事でもしますので、気軽にお声がげを゛……ゔぇえぇぇんっ!! 失敬。お声がけ下さい!」


「はい、2人で頑張っていきましょうね! 声は大きいし見た目も怖いですけど、とっても優しい人ですから、皆さんも頼ってあげてください!」


 会場からは拍手が起こる。

 照れくさそうに頭を下げる鬼瓦くん。


 ああ、俺の後輩たちが、みんなに認められている。

 嬉しいなぁ。

 色々やってきた生徒会活動の中でも、今が一番嬉しいなぁ。


「そして、書記は新入生総代に勤めてもらう通例を踏襲とうしゅういたします。また、会計のポストには、急な打診で申し訳ないのですが、上坂元桜子さんにお願いできたら嬉しいなと思っています!」


 それは名案。

 花梨と大差ではあったものの、選挙戦を互角に戦った彼女ならば、その職責も全うできると思われた。


「ま、まあ! あたくしでよろしいんですの!? 言っておきますけど、あたくし、まだ学園にも全然慣れておりませんわよ!?」


 上坂元さん、狼狽うろたえる。

 まさか、対抗馬だった自分が推薦されるとは思いもしなかったのだろう。

 終始強気で自信に溢れていた彼女が、初めて見せた動揺だった。


 なんだなんだ、可愛いところもあるじゃないか。


「桜子さん、即答はしなくてもいいみたいですから。でも、私はやってみたら良いと思いますよ。あなたに票を入れてくれた有権者に応えるためにも」


 そうだ、大和さん。よく言ってくれた。

 まったくもって、その通り。


「そう……ですわね。冴木さん、いえ、冴木会長! お返事、今いたしますわ! あたくしでよろしければ、微力を尽くして差し上げますことよ!!」


 そして即答する上坂元さん。

 この決断力は、頼もしい戦力になるだろう。


 その後、花梨が今後の抱負を述べて、就任スピーチはつつがなく進行した。

 あとは、結びの挨拶でおしまいだろうか。

 そう思っていたのだが、ついに、とうとう、ようやく、来るべくして。



 ——その時がやって来た。



「最後に、私事わたくしごとで恐縮なんですけど、ここで1つだけ、とっても個人的な事をお話してもよろしいでしょうか?」


 会場が「なーにー?」と再び盛り上がる。

 鬼瓦くんは隣でアタフタしている。

 どうやら、原稿を作った花梨と、そして毬萌しか知らない展開の様子。


 不思議なものだが、何となく、覚悟はできていた。

 予感があったと言っても良い。


「あたしは、もし生徒会長になれたら、もう一度、ハッキリと伝えたいと思っていました! それを今、この場で言ってしまおうと思います! 公私混同です! 反省文はあとでちゃんと書きます!」


 確かに、俺は言った。



 「会長になったら好きにやって良い」と。



 なるほど。そうか、そう来たか。

 花梨らしいな。


 相手の逃げ場を奪う作戦のように見えて、この行為は花梨にとっても相当な覚悟が必要なのは一目瞭然。

 なにせ、ステージの上にいる彼女の方こそ、逃げ場などないのだから。



「——桐島公平先輩! 去年の春、あなたに告げた想いを、もう一度、今、この場で伝えたいと思います!」



 一呼吸置いて、花梨は言った。

 堂々と、あの日、夕暮れの生徒会室で言った時よりも、鮮明に、鮮烈な色をもって。



「あたしは、あなたの事が好きです! 大好きです! 例えばあたしが明日、記憶喪失になったとしても、何回だって、何十回だって、きっとあなたを好きになります!! だから、この気持ちにお返事を下さい!!」



 会場がざわつくどころの騒ぎではない。

 狂乱と言っても差し支えない程の熱気と混乱で満ちていた。


「あーらら! 教頭先生、どうします? これは問題行動ですよー?」

「……まあ、そうですねぇ。ただねぇ、彼らは1年間、立派に生徒社会のため、尽くしてきましたからねぇ。特に桐島くんは、頑張りましたからねぇ。……若者の青春の一時に、横やりを入れるのは、無粋ですからねぇ」


「あらら、今日は随分と慈悲深いですねー! よっ、おじき! 桐島くん、教頭先生のお許しが出たから、この先は君次第だよー! 誰も邪魔なんてしないからさ!」


 完全に退路を塞がれてしまった。



「えへへ。これで逃げられませんよ? 観念して下さい、せーんぱい!!」



 やれやれ。

 さすがにきょを突かれた感はあるが。

 とは言え、俺だってこの後に及んで逃げようなどという考えは微塵もなかった。


 隣を見れば、アホ毛がぴょこぴょこ、くるくる。

 なるほど、毬萌のヤツもグルだったか。



 ——それじゃあ、答えないといけないな。



 真っ直ぐな想いには、こちらも正面から向き合って。


 誠意を持って応えなければ。

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