第498話 季節は巡り、卒業式

 生徒会をしていた二年生の頃。

 そして、三年生になって、卒業を迎える今。

 時間の進み方が明らかにおかしかった。


 三年生としての学園生活もそれは充実していたが、やはり生徒会時代の密度の濃い時間と比べると、どうしたって感じ方も変わってしまう。

 さらに、受験勉強という名の邪魔者が立ちはだかった点も大きい。


 毬萌は「コウちゃんと一緒ならどこの大学でもいいよーっ!」と言っていたが、この天才に高い水準の学習環境を与えないのは国の損失。

 よって、俺の学力でギリギリついていけないであろうレベルの大学を第一志望とした。


 身の丈に合わない受験勉強ほどの苦痛はない。

 だけども、隣を見ればアホ毛がぴょんと伸びるし、「にははーっ」とゆるーい笑顔も飛び出すし、弱音を吐いてもいられなかった。


 そして、どうにか無事に某有名大学に合格したのが、つい先日の事。

 よくやったよ、もう休んで良いだろうと思うものの、「大学に入ったらハイレベルな講義が待ってるぜ!」という入学案内を見て、結構げんなりした。


 そして、本日。

 俺たちは、花祭学園を卒業する。



「卒業生の皆様、もう一度、いえ、何度でも申し上げます! おめでとうございます! そして、あたしたちを導いて下さった日々は忘れません!!」


 花梨のスピーチも堂に入ったものである。

 もはや、毬萌のそれとは安定感が段違い。

 成長したなぁ。


 トークスキル。あとは太もも。


「公平せんぱーい? 平気ですかー?」

「おう。大変素晴らしい太ももだよ。全然平気」

「もぉー! 先輩はそういうところ、全然変わりませんよね! ……エッチ」


 もはや説明するまでもないと思うが、卒業式と言えば講壇。

 講壇に入壇すると言えば、俺。


 お馴染み、いつものスペースからお送りしております。

 花梨のスピーチに入壇する必要はないだろう? 太ももが見たいだけ?

 ゴッドはこんな時までゴッドだなぁ。


 この後が問題だから、俺はずっと潜んでいるんだって、分かっても良さそうなのに。


「じゃあ、頑張ってくださいね! せーんぱい!」

「おう。ありがとな、花梨」


 花梨会長のお見事な送辞がバシッと決まった。


「続きまして、卒業生代表、答辞。前生徒会長、神野毬萌さん」

 みのりんの声が体育館に響いて、アホ毛を揺らしながらうちの愛すべきアホの子がやって来る。


「みゃーっ! やっぱり卒業式と言えばこれだねぇ!」

「うるせぇ! 早く読んでくれ。首がいてぇんだよ、こっちは!」


 それにしても、幾度となく潜り込んだこの講壇とも、今日でお別れ。

 間違いなく、歴代の卒業生を全員並べても、俺が一番講壇とよろしくやって来た。

 記念に名前でも彫っておこうか。


「本日は、わたしたちのために、こんなに心のこもったステキな卒業式を挙げていただき、ありがとうございます!!」


 よしよし。出だしは好調。

 この太ももとも、ずいぶん長い付き合いになったなぁ。


 ただ、大学の入学式で毬萌が新入生総代になっている恐れが結構なレベルであるので、まったく感慨深い気持ちになれない。

 それどころか、大学の卒業式もこいつ、首席で卒業するんじゃなかろうか。



 俺は一体、この太ももとどれだけ付き合えば良いのだろうか。



 毬萌の太ももは、どこに出しても恥ずかしくない最高の太ももだが、出来ればお付き合いは明るい日の下でのみにしたい。

 こんな暗がりから、至近距離で太もも眺める趣味はねぇんだ、俺は。


「思い出に残っていると言えば、特色の多い行事の中でも、留学生の皆さんとの交流はとても楽しく、勉強にもなると言うお得なものでした! 留学生代表のセック」


 よし来た!


「あぁぁぁぁぁい!」

「みゃあっ!?」


 毬萌の太ももをパーン。

 だからあんなに言っておいたのに。


 どうしてお前は答辞に、よりにもよってセッスクくんの名前を入れたのか。


 学園の思い出振り返る中で、あの野郎に振り分ける数値ってあった!?

 いや、もう過ぎた事だ。

 お仕事、お仕事。


「セッの次はクじゃねぇ! スだ、ス!! 保護者の皆さん腰抜かすわ!!」

「にははー、これはわたしとしたことが。ありがと、コウちゃん!」


 その後も3回ほど太ももをパーンして、どうにか答辞を終えた毬萌。

 当然俺は式が終わるまで外には出られず、教頭と学園長の股間を眺めて式を終えた。


 俺の花梨と毬萌の太ももの思い出が、おっさん達によって汚された。



 卒業生が退場していく中、俺は久しぶりのシャバの空気で深呼吸。

 やれやれ、もうほとんど人がいないじゃないか。

 寂しい卒業生だよ、俺は。


「ゔぁあぁぁあぁっ! ぎりじばぜんばぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「おう。鬼瓦くん」

「卒業してじばうんでずねぇぇぇぇぇ! 僕ぁ、僕ぁ! ゔぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「はっはっは。よせやい。このままだと、俺がバラバラになるぜ?」


 鬼瓦くん、渾身こんしんの抱擁。

 鬼神バキバキ。


「ホント、あんたたちも飽きないわねぇー。2年前から何も変わってないと言うか、成長していないと言うか」

「あはは、いいじゃないですかー! あたしは、みんなに慕われる公平先輩のこと、好きですよー?」


「氷野さんと花梨も、見てないで止めてくれても良いんだよ? 俺、もうあと少し力を加えられただけで、バラバラになるよ?」


「マルさん先輩、大学は公平先輩と違うところにされたんですよね」

「ちょっと! 公平とって言わないでくれる? 毬萌と違う大学になったのよ! ま・り・も・と!! でも安心して! すぐ近くの女子大だから! 秒で会いに行けるわ!!」


 お二人さん、俺をそっちのけで未来に思いを馳せ始める。


「みゃーっ! コウちゃん、助けてぇー!!」

 そこに飛び込んで来る、アホの子。もしくは俺の彼女。


「なんだ、どうした? ……おう。すげぇ量の花束だな。毬萌の顔が見えん。アホ毛しか見えん。とりあえず、アホ毛は元気そうで良かった」

「うぇぇー。みんながお花くれるから、貰ってたらこんなになったよぉー!!」


「桐島先輩、行って下さい……」

「おう。そうするよ。鬼瓦くん、俺たちは隣の県の大学に行くけど、新幹線に1時間も乗ればいつでも会えるんだから。たまにリトルラビットにも顔出すし、そう寂しがることもねぇよ。な?」


「ゔぁい!!」


 俺は毬萌に駆け寄り、花束を半分持ってやる。

 ああ、ダメだ。俺の許容積載量をオーバーしている。


「ったく、あんた……。なんで自分の限界を理解できないの? ほら、ちょっと寄越しなさいよ! バカ平!」

「えへへ。あたしもお手伝いしまーす! 先輩、先輩! 頭撫でてくれても良いですよ!?」


「おう。花梨は良い子だなぁ! 生徒会長もしっかり勤め上げたし、とっても偉い!!」

「あはは! 嬉しいです!」


「みゃっ!? コウちゃんが浮気してるっ! ひどい! ひどいよぉ!!」


 アホの子の浮気のラインが未だに見えてこない。

 さっき、散々花梨の太もも堪能したことについてはノーホイッスルなのに。


「毬萌せんぱーい? 油断してると、あたしが公平先輩の事、奪いに行っちゃいますからねー?」

「花梨ちゃんのいじわるー!」

「えへへ、すみません! またお泊り会しましょうね! あたし、遊びに行きます!!」

「うんっ! いつでも大歓迎なのだっ!」


 卒業生も学園中に散って行って、体育館は今や俺たちの貸し切り状態。

 そこにやって来る松井さん。

 彼女の事を名字で呼ぶ者はもう誰もいない、みのりん。


「みなさん、私が撮りますから、記念写真はいかがですか?」


「さすがはみのりん! それはステキですね!」

「みゃっ、じゃあね、わたしのスマホでお願い! この前買ったのだっ!」

「ちょっと、公平! なんであんた隣に来るのよ! 私は毬萌の隣って決めてるの! 真ん中行きなさいよ! 邪魔なんだから!」

「僕は最後まで桐島先輩を支えます! ゔぁい!」


 何故か俺を中心に撮影する流れに。

 ちょっと待って。俺、写真写りには難のある男よ?


「じゃあ、撮りますねー! はい、笑って下さい!」


 パシャリと無情にもシャッター音が響く。


「見せてください! わぁ! すごいですよ、皆さん!」

「心霊写真でも撮れたの? 松井が撮るとたまに写るのよってぇ、すごいじゃない!」

「ゔぁあぁあぁっ! やっぱり桐島先輩はすごい人だ! ゔぁああぁっ!!」



「コウちゃん、見てっ! コウちゃんが笑顔の写真だよっ! ちゃんとカッコいい!!」

「えっ!? マジで!?」



 一瞬驚くものの、それは当然の事なのである。

 こんなに楽しい学園生活を送った学び舎から巣立つ今日。



 笑顔でなければ、一体何で写真を飾れば良いと言うのか。



 もしかすると、ゴッドが気を効かせてくれたのかもしれない。


 今こそ別れめ。いざさらば。

 明日の天気は分からずとも、未来の天気は好天、揚々ようよう。そして上々。


 辛い時は、何度だって振り返ろう。

 この最高で最強で愛おしい、素晴らしい日々を。




 ——第八部、完。

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