第491話 公平と演説

「それでは、冴木花梨候補の応援人、桐島公平さんの演説です」


 松井さん、またの名をみのりんに名前を呼ばれて、いざ出陣。

 一歩、二歩と講壇に向かうにつれ、去年の思い出が蘇ってきた。


 そうだよ。去年は既にこの時点で血圧200くらいまで上がってたんだ。

 で、講壇に立って、辺りを見渡したら、すげぇみんながこっち見てて。

 それで血圧が60くらいまで急降下したんだ。


 そりゃあ記憶もないはずだ。


 なお、実際にこんな血圧急騰からの急下降をしたら、ヒートショックと呼ばれる症状により、失神、酷い場合は脳梗塞や心筋梗塞が引き起こされる。

 冬場の風呂場なんかでは、特に注意をして欲しい。


 全然関係ない事考えながら、気付いたら講壇の前に立ってた。

 よし、作戦通りだな。



「えー。ご紹介にあずかりました、桐島公平です。と言っても、俺の顔なんて見飽きていると思いますが、まあ、せっかく今年の生徒会に付き合って下さった皆さんですので、ここはひとつ、最後まで付き合ってやって下さい」


 「ははは」と笑い声が起きる。

 なんだ、意外と冷静じゃないか。


「昨年は大変みっともないところをお見せしまして、できれば記憶から消してください。今年は大事な事ばっかり言うんで、願わくば上書き保存の方向で」


 冷静でいられる要因は多々ある。

 一つずつ挙げていこうか。


「俺の応援する冴木候補ですが、まあ、もう、ぶっちゃけ俺が応援するまでもなく、彼女の素晴らしさは皆さんがご存じだと思います。俺も1年間生徒会をやって来て、彼女の優秀な働きに何度、いや、何十、何百と助けられてきました」


 まずは、単純に衆目に慣れた。

 1年も副会長やってたんだから、当然だ。


「えー。彼女の長所を語るに当たって、一つだけ問題がございます。何と言うか、良いところが多すぎて、とても持ち時間の10分じゃ語り切れないんですよね。なにせ、今年度の新入生総代ですよ。俺ぁ多分ギリギリ合格した身なので、恐れ多いです」


 それどころか、講壇の中に何度潜んだことか。

 先日の卒業式では、ついに講壇の中でマイク使って喋ったよ。


「ですので、まずは彼女の短所について語っちまおうかと思います。まずね、うちの冴木は、一生懸命になり過ぎると、周りがちょいと見えなくなるんです。頑張り過ぎちゃって。これはいけませんね。危なっかしくていけねぇ」


 司会進行も結構やってきた。

 初めの頃は緊張したっけか。


「それから、彼女は自分の事を後回しにしがちです。例えば、購買でパン買おうとして、でも後ろの方で列から弾かれた同級生を見つけると放っておけなくて。結局何も買わずに生徒会室へ戻ってきたこともありました」


 でも、俺にも後輩ができて。

 花梨と鬼瓦くんに良いカッコ見せたくて、少しずつ慣れてきたんだ。


「あとは、そうですね。おう、意外と抜けてるところがあるんですよ。いつだったか、朝、元気におはようございますって挨拶して来た彼女の靴下が左右でてんで違う事がありまして。ありゃあ参りました。オシャレでわざとやってんのか判断つかなくて。結局、普通に寝ぼけて間違えてたみたいなんですけどね」


 そう考えてみると、淀みなく話をしている今の俺。

 そうなるのが決まっていたかのようにすら思えて来る。


「と、ここまで、てめぇの応援すべき候補の短所を並べ立ててきましたが、ちょいと待って下さい。今から、この短所を全て、長所に変えてご覧にいれます。はい、そこ、笑わない! 俺の中途半端な敬語で吹き出さないでもらえます?」


 そうやって完成した俺が。

 今の俺を作ってくれた1人である花梨のために演説している。


「一生懸命になり過ぎて、周りが見えなくなる。結構なことじゃないですか。生徒のために周りが見えねぇくらい頑張ってくれる生徒会長ですよ? 今だから言いますけど、今年度の生徒会長のまり……神野さんも、同じタイプでした。この辺りはしっかり踏襲とうしゅうしていますから、安心して下さい」


 そう考えると、感慨深くもある。

 そして、その役割も終わりだと思うと、結構ガッツリ寂しい。


「自分を後回しにしてまで人のために奉仕できる。そんな心、なかなか持てません。俺ぁ焼きそばパン買うためなら、ちょいと本気出しちまいます。でも、冴木さんは本当に自分を後回しにしちまうので、彼女が会長になったら、皆さん、どうかサポートしてやって下さい。それが、彼女の目指す、生徒に寄り添う生徒会の形なんです」


 だけども、それ以上に。

 俺の1年間が、こうして花梨の役に立っている事実。


「あとは、少し抜けてるくらいが人間、可愛らしいと思いませんか? 完璧な人も良いですが、ちょいとうっかりするくらいがちょうど良いと俺ぁ思います。なにせ、先頭に立つ人が毎日ピシッと時間通りに秒単位まで正確だったら、うかうか寝坊もできません。たまにゃ寝坊も許してくれる、懐の深さが彼女にはあります」


 それが、嬉しい。

 何よりも、嬉しい。


「さて、俺の個性のかけらねぇ声にも飽きて来た頃合いだと思いますんで、纏めに入らせて頂きます。冴木花梨さん。彼女は可愛くて、一緒に居ると楽しくて、なんだか心が温かくなるような人物です。だけど、とても強い人物です。今回の立候補も、彼女はギリギリまで悩んでいました。自分に務まるのかと、実に不安そうでした。それでも、最後は立ち上がった。何のためにでしょうか。言うまでもないと思いますが、それを言うのが俺の役目ですので、ハッキリと言って、結びとさせてもらいます」


 花梨に俺の声は聞こえているだろうか。

 俺は、お前の事を全肯定できる。だから、大丈夫だ。


「彼女は、今、皆さんの生徒社会をより良くするために、立っています。来年度の俺たちの学園生活は今年と同じくらいに! いや、今年以上に最高のものとなるでしょう! 俺が保証します。万が一クレームがあれば、この桐島公平まで、いつでもどうぞ。責任は俺が取りましょう」


 こんなノリと勢いで演説しちまうような先輩じゃ信用できないかな。

 今、花梨が抱えている不安が、少しでも軽くなれば良いな。


「まだ時間がある? あと30秒もあるそうです。では、もう一度大きな声で言っておきましょう。冴木花梨に任せておけば、うちの学園は大丈夫です。1年間、彼女の頑張りを見てきた俺が言うんだから間違いありません! つまりは、えっ!? 時間!? ちょ、え、おう」


 俺にとって、それはこの上ない喜びなのだ。

 最後に叫んでおくから、聞いといてくれ。


「冴木花梨を! 俺の一番大切な後輩を! どうかよろしくお願いします!!」



 パチパチパチと、拍手が起きる。

 結構な大きさである。

 それは、花梨が演説する時に残しておいてあげてくれ。

 俺にゃブーイングくらいがちょうど良い。



「ありがとうございました。冴木花梨候補の応援人、桐島公平さんでした。それでは、引き続き、立候補者の最終演説へ移りたいと思います。黒木ゴンスケ候補」


 俺は舞台のそでに引っ込んだ。

 やれやれ。

 去年の二の舞を演じずに済んだ時点で、俺の中では100点なのだが。


「おう。花梨。ただいま」

「……はい! お帰りなさい、公平先輩!」


 少しは彼女を勇気づけられただろうか。

 もう、ここから先は俺も手を貸してやれない。


「ちょっと滑っちまったかな? まあ、花梨のために場を温めといたぞ」

「……もぉー。先輩は、ホントに、ホントに。もぉー。演説の内容が飛んじゃいそうです! どうしてくれるんですかぁ」



 現在、上坂元さんが堂々とした演説を行っている。

 まだ編入して来て2ヶ月の学園で、あそこまで肝の座った演説ができるとは。

 やっぱり彼女も、凡才の俺には無い異才の持主のようだ。


「ありがとうございますわ! 皆様、この上坂元桜子に清き一票を!!」


 そして、上坂元さんが手を振りながら舞台からはける。

 いよいよ、うちの可愛い後輩の出番である。


「頑張れ、花梨」

「はい! 見てて下さいね、せーんぱい!」



 柔らかく笑った花梨の表情が、凛とした空気をまとう。

 そして、彼女は歩き出した。


 もう、ここまで来たからには、何の心配もしていない。

 一緒に歩いて来た俺がそう言うんだから、他の誰にも否定はさせない。

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