第490話 投票日の朝

「あんたぁ! 起きな! 今日は大事な日なんだろ!? 早く起きないと、プランターの二十日大根みそ汁にぶち込むよ!!」

「おう。もう起きてるよ。おはよう、母さん」


「なんだい! 珍しいね! それにちょいと、あんた! 今日はなんだか、若い頃のお父さんに顔つきが似てるね! きっと良い事あるよ!!」

「母さんもいつもより優しい気がするよ。さて、顔洗ってくるか」



「二十日大根はみそ汁にぶち込んだあとだけどね!」

「なんでだよ!! おごそかな目覚めが台無しじゃねぇか!!」



 いや、もう、なんか色々アレだけども、おはようございます。

 どうせ寝れなかったネタでいじろうってんだろう? ゴッドは性根が悪いなぁ。


 不思議なくらい熟睡できたよ。

 きっちり7時間睡眠。体調もかつてない程の整い方。


 顔を洗っている時でさえ、ちょっとお肌に張りがある感じがするもの。

 歯を磨いたら、今日はやたらと白い気がするし。


「やあ、おはよう、公平。なんだい、一段と髪型に気合が入っているなぁ」

「おう。ちょっと大事な日なんで、気合入れてみた」

「父さんもそのワックスたまに使うけど、良いよなぁ。お気に入りだよ」



「父さん使うとこねぇだろ!? なんかやけに減ってんなと思ってたんだよ!!」



 そして舌をペロッと出して頭をかく父さん。

 その指先に何か少しでも触れるものがあるなら、ワックス好きなだけ使って良いよ。


「ほら、朝ご飯だよ! とっとと食べな! みそ汁は具沢山にしといたよ!」

「おう。おおう……。俺の二十日大根ちゃんが……。漬物にしようと思ってたのに」


「漬物にするにゃ時間がかかるだろ! ライフイズビューティフルって言うじゃないか! 時間を大切にしな!」

「タイムイズマネーって言いたいのかな!? ちくしょう、俺の家庭菜園荒らしやがって!」



「そう言えば、公平のために定期預金の口座作っておいたよ。大学費用は任せとけ」

「なんでこのタイミングで言うの!? 嬉しいけど、もう何されても文句言えねぇ!!」



 そして、いつも通りの朝ご飯を食べて、毬萌の家へ向かう。


「おっはよー! コウちゃーん!!」

「おはよう。毬萌が自力で起きとる……!」


「だって、今日は大事な日だもん! お寝ぼうなんてできないよーっ!」

「その心構えを毎日持っていてくれたら、俺はどんなに楽だろうか」


 鼻歌交じりに隣を歩く俺の幼馴染。

 アホ毛は今日も元気そう。

 足元はおぼつかないようで、2回電柱にぶつかりそうになったのを助けた。


 俺が間に挟まって、緩衝材になったんだよ。


「コウちゃん、コウちゃん」

「おう。どうした?」


「明日で生徒会も解散だね!」

「そうだなぁ」


 本日、生徒会長選挙の投票が行われ、即日開票。

 明日には新生徒会長の就任と、現生徒会の解散が同時に行われる。


「にははっ、頼りになる副会長さんの最後のお仕事、頑張って!」

「……おう! 任せとけ。俺の底力を見せてやる!」

「うんうんっ! コウちゃんはここぞと言う時、とっても頼りになるのだっ!」


 毬萌のエールも受け取って、校門をくぐる。

 そのまま生徒会室へ直行。

 今日は授業がないので、教室に行く必要もない。


「おっはよー! 花梨ちゃん、武三くんっ!」


「おはようございます! 毬萌先輩!」

「おはようございます」


「うーっす。おはよう」


「おはようございます! 公平先輩!」

「失礼。桐島先輩。……ゔぁあぁぁっ! 死相が出ていません!!」


 ならば喜んでくれないか、鬼瓦くん。

 なにゆえ俺の顔に死相が出ていない事におののくのかね。


「毬萌先輩! もう一回だけ原稿の確認してもらえますか? あ! あとあと、昨日はお電話ありがとうございましたー!」

「うん、いいよっ! にははっ、会長さんとして、最後のお仕事なのだっ!」


「えっ、ちょっと! 毬萌、昨日花梨と電話したの!?」

「うんっ! したよー!」

「花梨さん、それって、いつの話かな?」

「公平先輩がお電話下さったすぐあとのことです!」



 俺のカッコつけた激励が、毬萌に上書きされとる!!



 マジでヤメてくれよ、そういうダーティープレイはさ。

 お前、俺の不器用なりに後輩を励ました良いシーンが、天才のカリスマトークで完全に塗りつぶされてるじゃん。


 ペイントでお絵かきしてて、塗りつぶししたら線に隙間があって、一瞬で画面が毬萌色になった状態じゃん。

 分かり辛いたとえするなって?


 こっちだって今ギリギリなんだよ! 上手いこと言えないよ!

 察しろよ、そして今日くらい祝福しろよ、ヘイ、ゴッド!!


「失礼します! 良かった、皆さんお揃いですね!」


「おう。みのりん」

「おはよーっ! みのりん!」

「おはようございます! みのりん!」

「ゔぁい! みのりんさん!」


「あ、あはは……。桐島先輩の影響力ってすごいですよね……」

「えっ? そう? 俺ぁそんな自覚ねぇけどなぁ」


 松井さんがなんだか切なげな表情を見せる。

 俺の選挙活動の補佐っぷりを褒めてくれているのだろうか?


 え? 違う? ああ、そう。まあ何でも良いよ。


「そろそろ会場の設営が済みますから、冴木さんと桐島先輩は準備をお願いします」

「はぁー! 緊張して来ましたー! 公平先輩は平気そうですね?」

「おう。去年の醜態しゅうたい思い出したら、なんか落ち着いた」


 これは毬萌のおかげ。

 でも、言わないでおく。それが毬萌に対するマナー。


 そして、いざ選挙活動の集大成。演説会場へと移動する俺たち。



 ここからの展開は実に早い。

 サッと候補者と応援人を集めたら、ものの10分くらいで生徒も体育館に集まり始めて、さらに15分したら、最初の応援人の演説が始まった。


 順番はくじで決めた。

 最初は黒木くんの応援人の里崎くん。

 現在、女子の夏服について熱弁中。会場の空気をグッと冷やしている。


 次が大和さん。

 そして最後が俺。トリを引くとは、運が良いのか悪いのか。


 まず、先に応援人が3人続けて演説をし、続いて立候補者が3人続けて演説をする。

 順番は応援人のものが反映されるので、花梨さん、俺のくじ運で変なプレッシャーかけてたらごめんなさい。


「ですので、女子の制服を新しくするための財源は、男子が負担する! これこそが黒木くんの目指す、新しい形のレディファーストなのです!」


 里崎くんも弁はたつが、内容がもうアレである。

 レディーファーストとはよく言ったものだ。



 てめぇファーストの間違いだよね。



 そして、まばらな拍手で見送られた里崎くんは、舞台袖へと引っ込んで来た。

「やったよ、黒木くん!」

「ありがとう、里崎くん! 今のは最高の演説だった!」


 ガッチリ握手する2人。

 2人が良いなら、別に誰も文句言わないし、言う筋合いもないし、言ったところで大勢には何の影響もないと思うから、好きに握手なり抱擁なりすると良いよ。


「大和さん! 頼みましてよ! あたくしにあなたの演説があれば百人力ですわ!」

「はい。全力で頑張ります」

「こんな時までクールですのね! 全力が伝わって来ないのがいささかドキドキさせられますわ! 最高の相棒ですわね!」


 そして大和さんが出陣。

 淡々とした声で流れるような演説スタイル。

 しかし、内容はパンパンに詰まっている。


 里崎くんの冷やした空気のおかげで、会場の聴衆は聞き入っている。

 里崎パワーがここで効いてくるのか。

 ちょっとズルいぞ、大和さん。


 これはくじ引きをしくじったかな。


「先輩、先輩!」

「おう。どうした? 大丈夫、トイレはもう3回も行ったから」

「もぉー。そうじゃないですよ! あたし、先輩の事を信じてますから!」

「……おう」


 大和さんの演説が終わる。

 会場は喝采。上々の、いやさ、最良の結果と言っても良いだろう。


 花梨が、俺の耳元で小さく囁いた。



「公平先輩と頑張ってきたから、どんな結果でもあたしは受け入れられます!」

「そっか。俺もだよ。さて、最後にひと頑張りしてくるぜ。……行ってくらぁ!」



 待たせたな、生徒諸君、諸姉。

 去年の醜態の再現を期待している不埒ふらちな輩には申し訳ない。


 今日の俺は、本気だ。

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