第489話 いよいよ明日……!

「おっし! じゃあ、今日はここまでにしとこう! 花梨、大丈夫か? 何か不安なところはあるか? あるなら言っとけよ。遠慮する事なんかねぇから!」


「大丈夫です! えへへ、ありがとうございます! 毬萌先輩に何度も確認してもらいましたし、あたしもこの原稿で納得しましたので! ね、毬萌先輩?」

「うんっ! 花梨ちゃんの演説の原稿、すっごく良いよ! なんかね、感動する小説みたいなのっ! これなら、きっと生徒みんなに気持ちが伝わるんじゃないかなぁ!」


 本日は仕事もなく、街頭演説も早めの切り上げ。

 そして、何重にもわたる原稿のチェック。

 それも終えると、全員が帰り支度を整え始める。


 明日に備えて、今日は早いところ家に帰って、熱めの風呂にでも入ったのち、ホットミルクでも飲んで、速やかに眠りにつくのだ。


 そうとも、明日は花祭学園生徒会長選挙。

 投票日である。



「じゃあ、先輩方! また明日です! お疲れさまでしたー!」

「冴木さんは僕が責任持ってお送りします」

「鬼瓦くんが送ってくれるのには不服ありですが、今日は我慢します! ではではー!」

「……ひどいなぁ、冴木さん」


「おう! 鬼瓦くんなら安心だ! とは言え、気を付けてな!」

「みゃーっ! また明日ねー! バイバーイ!!」


 そして俺も、毬萌と肩を並べて家路につく。

 花梨、緊張していないと良いのだが。


 投票日は、各候補とその応援人が全校生徒、および全教職員の前で演説する。

 そのプレッシャーはもう半端なものではなく、直前にトイレに行っておかないと事案が発生するレベルである。


 去年の俺の緊張した姿をご覧頂きたかった。

 もう、顔が緑色になっていたのだから、思い出すだけで具合が悪くなりそう。


「コウちゃん、コウちゃん」


 とは言え、去年は信任投票だったから、どうにかなった。

 今年は選挙戦である。

 最後の大一番でミスをすると、それがそのまま投票結果に繋がりかねない。


 超絶責任重大なのである。


「コウちゃんってばー! ねーえー!」

「お、おう!? どうした!? 何かあったか!?」



「どうしたはコウちゃんの方だよー。なんか、顔が緑色になってるけど、大丈夫?」

「……おう。ごめん、死にそう」



 緊張して死にそうなのは、俺なのであった。

 もうダメだ。このままのペースでいったら、明日にはナメック星人になっている。


 そしてフリーザ軍の侵略を待たずして、セルフ絶滅する。


「みゃーっ……。仕方ないなぁ。コウちゃん、ちょっとうちに寄ってってー!」

「……おう。第一三共胃腸薬プラスエリクサーくれるの?」


「もっと良いものなのだ!」



 毬萌のスマホの中には俺がいた。


「ひょ、本日は、お日柄も良く! 桜の便りもお日柄が良く! ひょ、お日柄も良く!!」


 まったく記憶にないが、どうも去年の俺の演説らしい。

 こんなに酷い顔色のヤツを、俺は俺しか知らない。


「……俺ぁ、こんなに酷かったのか」

「にははーっ! これで少しは落ち着いたかなぁ?」

「おう。落ち着いたって言うか、自分にちょっと引いてる。なにこれ、本当に義務教育終えたあとの俺? お前の作ったドッキリ動画じゃなくて? マジのヤツ?」


「天海先輩に送ってもらったのだ!」

「おう。じゃあマジのヤツだ!」


 よく緊張した状況の表現に「手と足が同時に出てしまう」と言うものがあるが、俺の場合はもっと、アレだね。



 口から「お日柄も良く」しか出てきてないね!!

 何回お日柄の確認してんの!? もう10回はしてるけど!?



「わたしね、コウちゃんの演説に救われたんだよー?」

「おい、いくらなんでもそんな分かりやすい慰めはヤメてくれ。こんな演説じゃ誰も救えねぇよ。よし、今すぐユニセフに募金してくる!!」


 そんな俺の額を毬萌は人差し指でピンと弾く。

 そしてクッションに倒れ込むあたい。とってもか弱い。


「コウちゃんはねー、わたしが緊張したことないと思ってるでしょ?」

「おう。思ってる。えっ!? そうじゃねぇの!?」


 毬萌は「にははっ、失礼なのだっ」と言ったあとに、少し笑う。


「それはね、これまで、ずーっと、緊張する場面では、コウちゃんがわたしの分までアタフタしてくれてたからなのだよー! すぐに人の緊張を背負い込んじゃう幼馴染のおかげで、わたしは緊張から解放されていたのですっ!」


「……マジでか。俺の醜態にそんな意味があったとは」

「効果抜群だよっ! だからね、明日も、花梨ちゃんのために緊張してあげて?」



 今の毬萌の一言で、俺の肩の荷が翼を生やして飛び去っていった気がした。



 またしても俺は、幼馴染に救われている。

 そうか、よく考えれば、俺に完璧なんて誰も求めちゃいないのだ。


 生徒会活動だって、一度として「完璧だったね」と褒められたことはない。

 むしろ、そこら中を転がり回って、ジタバタしているだけだったような気もする。


「サンキューな、毬萌。そうか、俺ぁこんなに間抜けな面していたのか」


 スマホの中では、未だに俺が天気の話をしている。

 が、最初からクライマックスな俺に対して、聴衆の空気は穏やかで和やか。

 幼稚園児のお遊戯会を見守る保護者たちのような空気。


「にははーっ、その間抜けなコウちゃんに、わたしは助けられていたのだっ! だからわたしは、コウちゃんが言うようにアホの子でいられたんだよぉー!」

「やれやれ。毬萌をアホの子たらしめていたのは、俺だったとは」


 そのあと毬萌とお菓子を食べて、適当にお茶飲んだりしていたら晩飯の時間になったので、ついでに毬萌の母ちゃんの作ってくれた夕飯ご馳走になって帰宅した。



 帰宅後、風呂に入って、母さんが作り置きしてくれていた唐揚げを摘まんで、コーラを一杯。

 今日も遅くまで働いてくれている両親に感謝を。


 自室に戻ると、俺はスマホをポチポチ、スッス。

 電話する相手なんて決まっている。


 すぐに繋がった。


「おう。もしもし。今、大丈夫だったか?」

『はい! 実は、公平先輩の声が聞きたいなって思ってたところでした!』


 花梨はいつもの調子で、「えへへ」と笑う。


「そっか。実は俺も、花梨の声を聞きたいと思ってな。つい電話しちまった」

『うわぁ! 嬉しいです! せんぱーい? もしかして、緊張してるんじゃないですかー?』


 どうして俺の心模様を、うちの大切な女子たちはガッチリ把握しているのだろう。

 不思議で仕方がない。


「バレたか。でも、まあ、俺ぁ俺なりの演説をするから。毬萌が言ってたけど、応援人の演説なんて、そんな大勢たいせいに影響しないらしい」

『えー! なんですか、それー! 先輩、ズルいですよぉー!』

「はっはっは。俺ぁズルい男なんだ。悪い男でもある。気付かれてしまったか」



『公平先輩。今まで、ありがとうございました!』

「おう。どうした、急に」



 妙に改まった声の花梨。

 なにか、決意めいたものを感じた。


『いえ、このタイミングで言っておかないと! 多分、今がベストだなって思いました!』

「なんだなんだ、花梨、もしかして落選するとか思ってんのか? 大丈夫だって。演説で円周率数えて立ってるだけでも、花梨は当選するよ」


『あはは! また先輩はそうやってー! あたしだって、一生懸命考えた原稿があるんですよー? ひどいです! もぉー!!』

「すまん、すまん。明日、一緒に、2人の力で勝とうな!」

『はい! あたし、先輩がいない生徒会でも、頑張っていけると思います!!』


「おお、頼もしいなぁ。知らねぇ間にすっかり成長してしまって、俺ぁ嬉しいやら、ちょいと寂しいやら。とは言え、未来の話はまだ早いぞ。舌の根の乾かぬ内にってヤツだが、まずは勝ってからだ。じゃねぇと、鬼瓦くんに笑われちまう」


『あはは! あの鬼の人は、10年先の事を話していても笑わない気がします!』

「確かにな! じゃあ、遅くに悪かった。また明日!」

『はい! おやすみなさーい!』



 スマホを置いて、夜空を見上げる。

 星が綺麗にまたたいているじゃないか。


 明日は晴れるな、この様子だと。


 そして、その先の未来もきっと、晴れるに違いない。

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