第473話 毬萌と疲労回復大作戦

「コウちゃん、来たよーっ!!」

「おう!?」


 先に断っておくが、別にいかがわしい事をしていて焦った訳ではない。

 ホントにマジで、そういう決めつけって良くないと思う。

 クローゼットには触ってないし、スマホで動画も見てないし。

 ホントに、ホントにそういう決めつけって俺は嫌いだなぁ。


「コウちゃん、もしかして寝てたー?」

「おう。バレたか。ちょいとウトウトしてた。やっぱりコタツがあるとな。すまん、すまん。毬萌が寝るからって俺の部屋にコタツ引き取ったのにな」


 すると、毬萌はプルプルと首を振る。


「んーん! コウちゃん、疲れてるんだねっ! 毎日選挙戦の準備に掛かりっきりだもんっ! お疲れ様なのだっ!」

「いや、それ言ったら毬萌だって。俺と花梨の仕事、ほとんど1人でこなしてるだろ? 知ってんだぞ? 鬼瓦くんからちゃんと情報は得てんだからな」


 毬萌と舌戦を繰り広げる。なんてのは、時間の無駄である。

 そもそも、舌戦にすらならないのだから。

 仮に勝負を仕掛けたらどうなるかって?



 俺の脳細胞の大量殺戮さつりくかな。



「今日はねーっ! コウちゃんを癒しに来てあげたのだっ!」

「いや、大丈夫。間に合ってっから」


「なぁーんでぇー!? コウちゃん疲れてるじゃんかぁー! 色々用意して来たのにぃー!! どうしてそんなイジワル言うのーっ!?」



「お前の袋から先っちょ見えてんのが、ビリビリコウちゃん1号だからだよ!!」



 どうせ、「電気治療なのだっ!」とか言って、俺に電流走らせるつもりだろ!

 その手は食わんぞ! 俺のライフは減ったら戻すの大変なんだからな!


「これは別にコウちゃんをいじめる道具じゃないよー? えっとね、電気治療って知ってる?」

「もう予想通りの展開なんだよ! 電気治療以外なら受け入れるから! ビリビリコウちゃん1号はヤメて!!」


 世の中では、こういう時に「言質げんちを取った」と言うらしい。

 確かにね、言いましたよ? 電気治療以外なら受け入れるって。

 男なら自分の発言に責任を持て?


 急に正論を振りかざすのって感心しないなぁ、ヘイ、ゴッド。


「色々持って来たんだよーっ! じゃあね、まずは胃袋からエネルギーチャージなのだっ! 見て見て、これ作ったんだーっ! コウちゃん、お腹空いてる?」

「おう。まあ、まだ晩飯食ってないからな。今日は母さんが遅番だし、父さんも仕事で帰りが遅いらしいから」


 父さんが仕事で帰りが遅いって口に出せる、この世界って最高だ。


「にはは、良かったー! んっとね、納豆トマト! あとね、酢牡蠣すがきだよっ! ちょうどお裾分けで新鮮な牡蠣を近所のおばさんから貰ったんだー! お台所に行こっ!」


 幼馴染がいつの間にか料理上手になってる、この世界って最高だ。



「おー! 美味そう! いただきます!」

「召し上がれなのだっ!」


「お、なにこれ! 納豆、なんか味が濃い! あと酸っぱいな! でもうめぇ!」


 ここから、毬萌のよく分かる胃袋からの疲労回復講座が始まります。

 ゴッド各位はメモのご準備を。


「納豆はね、疲労回復を助ける栄養素がほとんど含まれてるスーパーフードなんだよ! そこに、シソの葉とトマトを刻んで、ごま油と酢で味付け! ドレッシングも入れてあるから、濃いめの味が好きなコウちゃんにもピッタリ!」


「うんうん。うめぇ! そんで、こっちは?」


「ビタミン、タウリン、亜鉛が特盛な牡蠣に、クエン酸たっぷりのお酢を加える事でパワーアップ! もみじおろしとポン酢も入れて、ご飯のおかずに合うようにアレンジしたのだっ! にはは、どっちも酸っぱいのは見逃してーっ!」


「俺ぁ酸っぱいの好きだから、むしろ嬉しい! んー、うめぇ! 確かに、ちょいと食欲がなかったんだが、これならスーッと入るな!」

「……お酢だけに?」


 毬萌の知的な疲労回復講座を聴いた後に、なんかしょうもないダジャレを言ったみたいな空気にしないで欲しい。

 偶然だから。本当にヤメて。俺がバカみたいじゃないか。


「かぁー。ごちそうさん! そういや、毬萌は食わなくて良かったのか?」

「うんっ! わたしは食べて来たのっ!」

「そうか。そんじゃ、お礼にアイスをあげよう。冷凍庫でピノとパピコが冷えてんだ。どっちが良い?」


「どっちもー! 半分こしよっ!」

「なるほど。考えたな、天才め」


 アイスを堪能した俺たちは、部屋と戻る。

 コタツがあるんだから、これはもうしょうがない。


「にははーっ、コタツ、ぬくぬくですなぁー」

「おう。しっかり堪能して行ってくれ。あんなに美味い差し入れくれたんだからな」

「みゃっ! 忘れてたっ!」

「いでぇっ」


 毬萌さん、急に足、伸ばさんとって。

 俺のすねに君のかかとがすげぇ良い角度で落ちて来たよ?


「マッサージ! マッサージもしてあげるんだった! 忘れてたよぉーっ!」

「えっ。おま、ビリビリコウちゃん1号はヤメろよ!? マジで!!」

「仕方ないなぁ。他の道具使うから平気だもんっ!」


 そして毬萌、またの名をマリえもん、魅惑のバッグから発明品を取り出した。

 発明品ならキテレツじゃないかって?

 語呂が悪かったんだよ! 察しなさいな、ヘイ、ゴッド!!


「じゃーんっ! 新発明ーっ! 名付けて、ボコボココウちゃん1号なのだっ!」

「ちょっと待て! 1回待て! なにそれ、物騒なフォルム! 釘打ち機みたいに見えるんだけど!? そして名前! 名前が全てを物語ってねぇか!?」


 毬萌は「もう、仕方ないなぁコウ太くんは」とため息。

 俺が言い出しといてアレだけど、のび太と公平の相性は悪いから、のび太と掛かってるって説明しないといけねぇんだ。


 こんな面倒な言葉遊びはないよ。


 そして、毬萌は釘打ち機を持って、俺の上にまたがる。

 コタツからは無理やり引きずり出された。

 そんなに嫌なら抵抗すれば良いとか今さら言うゴッドはもぐりである。


 聡明なゴッドならば、俺が毬萌に力で抵抗してどうにかなるはずがないと、とっくにご存じなのである。


「コウちゃん、知らない? 今はね、マッサージガンって言うタイプのマッサージ器があるんだよーっ!」


 そう言って、スマホを見せてくれた毬萌。

 彼女の言葉に嘘はなく、確かに釘打ち機みたいなマッサージ器を「気持ちええわぁ」と使っているおじさんが映っている。


「しかし、なんつーか、その物騒な名前にそこはかとない不安を感じるんだが!?」

「コウちゃん! 名前だけで真実を判断しようとするのは愚者のすることだよっ!」


「いや、名前も大事な判断要素じゃねぇ!? 現に、今、俺は凄まじい脅威を覚えとる訳であってな? あああああ、ちょっと待って、いきなり背中はあかん!」


 折れたらどうすんの!?

 せめて、腕とかから始めてもらえない!?


「スイッチー! オンっ!!」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ぁぁぁぁぁ? ぁぁぁぁぁぁ?」

「どうかなぁ? コウちゃん?」


「い、意外と痛くねぇ。と言うか、あれ、なにこれ、ちょっと気持ちいい」

「にひひっ! 見たかーっ!」


 なんだろう、この小刻みな振動が与えてくれる、まさに固くなった筋をほぐすような心地よさは。

 これなら、ずっと使っておいてもらいたい。

 ただ、一つだけ注文があった。


「毬萌ー」

「なにーっ?」



「いや、お前が乗っかってる腰の周りがな、痛いんだよ。重たくて」

「みゃっ!? お、重くないもんっ!」



「いや、めちゃくちゃ重い。もう潰れそう」

「むーっ! むーっ!! もう怒ったよっ! 威力を竜にするからねっ! ふーんっ」


「えっ、なんでワンパンマンの災害レベルみたいな名前なのぉぉぉぉぉ!? あががががががが、ちょ、まり、いだだだだだだだだだだだだ!!!」



 その後、毬萌が満足するまで、俺の背中は怒れるアホの子の集中連打に襲われる事となった。

 しかし、それでも翌朝になると、全身の凝りがほぐれており、毬萌の発明品で当たりを引いた時の効能の素晴らしさに改めて舌を巻いた。



 毬萌の機嫌は、ハーゲンダッツ3つで回復したと付言しておく。

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