第472話 花梨パパとよく分かる選挙ポスター
「くっくっく。良く来たな、息子よ! 今日は花梨ちゃんの写真を撮るという事で、専門のスタジオを貸し切っておいた! プロのカメラマンとスタイリスト、それから衣装もウェディングドレスから水着まで各種取り揃えておる!!」
「お父さん。生徒会長選挙なんで、それ、全部NGっす」
「パパのばか!」
今日は花梨のポスターを飾る写真撮影。
だいたい自宅で撮るのが慣例になっているらしく、毬萌の時もそうだった。
天海先輩に卒業前に確認した際にも、そうしたと言っておられた。
とは言え、花梨の家は存在からしてチートである。
なるべく質素に写真を撮らなければ、花梨にはそんな気が全くないのに、お金持ちが鼻につくなんて事にもなりかねない。
よって、写真撮影は細心の注意を払う必要があると俺は愚考する。
パパ上には申し訳ないのだが、張り切るとここでは逆にマイナス。
開口一番が「ごめんなさい」で、本当にごめんなさい。
「田中ぁ! スタジオを売却せよ! もういらん! カメラマンとスタイリストには、倍の報酬を払って帰らせろ! 衣装は部屋に戻せ、戻せぇい!!」
パパ上。写真スタジオを買収していたことが発覚。
スタジオさんも大根みたいに買ったり料理されたりするのは気の毒である。
「お父さん、スタジオは良い感じにお付き合いしとくってのはどうっすか? 将来的にも、記念写真撮る時に役立ちますし」
とにかくオーナーの人が可哀想ですし。
「くくくっ、聞いたか、田中ぁ!」
「はっ。既にそのように整えてございます」
「なにぃ!? 貴様、ワシよりも息子の意見を先んじて読んでおったな!?」
「はっ。申し訳ございません。いかなる処罰も謹んでお受けいたす所存」
「くっくっく! 既にワシよりも息子の素養に未来を見たか……! 貴様の
「ははっ。お屋形様の寛大なるご処置、感服いたします」
パパ上のお約束を見ている場合ではなかった。
今日中にポスター仕上げないと、明日の放課後には選挙管理委員へ提出しなければならないと言うのに。
「おし! 花梨、早速だけど写真を撮ろう!」
「桐島様。夕張メロンのソーダ割りでございます」
「ありがとうございます、磯部さん! よし、花梨、これ飲んだら頑張ろう!!」
舌が蕩けるのに炭酸が弾ける不思議食感を堪能したのち、俺と花梨は冴木邸で撮影スポット探しを開始した。
「ダメだ……。どこ見ても一流ホテルで写真撮ったみてぇになっちまう」
「すみません……。うちがちょっとだけ裕福で……」
俺のちょっとと、花梨のちょっとは、ちょっと次元に埋めがたい開きがある気がするものの、目下、そのちょっとの裕福が俺たちの邪魔をする。
裕福が邪魔をするとか、すごい言葉だ。
多分、今日以外、死ぬまで使わねぇと思うな!
「くっくっく。息子よ、庭はどうであるか? 緑が茂っておれば、どこの家でも同じであろう?」
「わぁ! パパ、珍しく良い意見じゃん!」
「いや、ダメです。普通の家は、こんな日本庭園のお手本みたいな松とか池とかないですし。あと、プールもないし、マーライオンもいません」
「パパのばかぁ! 先輩に怒られちゃったじゃん! もう、嫌い!」
「ごめーん! 花梨ちゃんの役に立てるかと思ってー! 許してー! パパも一緒に考えるからぁー! 名案思い付くからぁー!!」
俺に電流走る。
これはダメなパターンだな、と。
このまま、浮世離れ親子に付き合っていると、知らないうちに俺の方が呑み込まれて、最後はなあなあになってオチるヤツである。
適当なことを言うな?
断言しても良いけど、そうなるんだよ。
他ならぬ、俺だからこそ分かる。ゴッドも俺を試そうとしないでくれる?
「田中さん。いますかー?」
シュタッという擬音とともに、背後に現れる忍の者。
もう理屈を考えるのはとっくの昔に諦めた。
「はっ。
「あのですね、冴木邸に、良い感じにボロい壁紙の部屋ってないですか? ちょっと薄汚れていて、辛うじて白いけどよく見ると黄ばんでるくらいが理想なんすけど」
「ございませぬ!」
「でしょうね。すみません。万が一に賭けてみました」
こうなると、どうしたものか。
妥協して、磨き上げた象牙みたいに鈍い輝きを放つ壁をバックに写真を撮るか。
それとも、適当に汚して、細工をするか。
いやいや、ダメだ。
前者はどう考えても金持ちオーラが漂って反感を買う。
後者に至っては、それもう捏造じゃないか。
大なり小なりみんな選挙戦では捏造する?
バカ野郎! 俺たち生徒会の晩節を汚してなるものか!
そういうのは、公職選挙法を犯す汚い大人にやらせときゃ良いんだ!
「見て見て、花梨ちゃん! パパのコレクションの中でも、一番高いカメラだよ!」
「ダメだって言われたでしょ! もっと安いヤツにして!」
「田中ぁ! ワシのコレクションで一番安いのはいくらだ!?」
「20000ドルでございます」
「ねーねー、公平先輩! ワシのこのカメラなら平気かな? ねぇ? うぬー?」
「平気なワケないでしょうが」
そんなカメラで写真撮って反感買うくらいなら、プリントシール機で目ぇデカくしてデコったヤツ持って行きますわい。
普通で良いんだよ。
それなのに、この家には俺が慣れ親しんだ普通がない!!
別に、冴木一家の普通を否定する意図はないんだ。
人によって普通は千差万別。
その人が落ち着くのが普通。そこは良い。もちろん、そうあるべき。
だけど、投票者が存在する以上、同じ目線に合わせるのがベターであり、ベストでもあると思われ、その点に比重を置けば置くほど天秤が傾いていく悲劇。
ちょっと待て。ギリギリ人に見せられるレベルの白い壁?
あたい、それ知ってる!!
「花梨! ちょっと出かけよう!」
「は、はい! あ、でも、あんまり歩くと髪型が崩れちゃいますよぉ」
それはいかん。
花梨のオシャレな髪型は、編み込みって言うんだっけか、それは個性。
むしろ、アピールしていくべきポイント。
仕方がない。ちょっとだけ、裏技を使うか。
この程度なら、公平の名前的にもギリギリセーフ。
「田中さん、ちょっと車で送ってもらえますか?」
「はっ。それでは、
そしてすぐに轟くエンジン音。
ツッコミに回った時点で負けな事は承知している。
冗談みたいなリムジンではなく、なんか速そうな外車に乗って到着。
肩ひじ張らず気軽に玄関の呼び鈴が押せるたたずまい。
人を招いて嫌な顔をされる寸前で踏みとどまっている壁の色。
俺の家である。
「先輩のお宅で撮るんですか?」
「おう。色々とない知恵絞って考えてみたが、時間的な問題もあるし、これが今取り得る選択の中では最適解かなと。どうかな?」
「あたしは公平先輩のお部屋で撮りたいです! そしたら、ポスター見る度に元気が湧いて来ます! とっても良いと思います!!」
「そうか、ありがとう! じゃあ、さっさと済ませちまおう!」
「ただいま! よし、誰もいねぇな!」
母さんはパート。
父さんは仕事。
邪魔が入らないで済む。
あと、父さんは仕事って言葉、アレだね、なんか、感動的だね。
「じゃあ、撮るぞー。はい、笑ってー。おー、良い笑顔! 可愛いぞー!」
「もぉー! そうやって変な顔にさせようとしないで下さいよぉー!!」
撮影は、俺のスマホのカメラで。
言っとくけど、半年前に買い換えた新しいヤツだから。
このくらいの撮影機材が丁度良いのだ。
撮った写真を速やかに俺のパソコンに取り込んで、画像編集。
選挙管理委員会から専用のフォーマットを受け取っているので、そこにちょいと写真を載せるくらいなら俺だってできる。
「おっし! 良い感じに仕上がったな!」
「そうですかぁ? 自分じゃよく分からないです」
「花梨が最高に可愛く撮れてるから、絶対にこれで大丈夫だ!」
「も、もぉー! 先輩は、すぐそうやってからかうんですからぁー!!」
翌日。
氷野さんにポスターのデータを献上。
「あら、良い写真撮ってきたじゃない。へぇー。じゃあ、これを印刷するわね!」
氷野さんの花丸を貰って、ポスターと公約、まずはクリアである。
いざ、次のフェーズへ。
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