第471話 卒業式の事後処理と公約決め

「コウちゃーん? 書けたーっ?」

「おう。余裕ってもんよ。もう慣れっこだからな」

「あはは! それに慣れちゃうのはまずいと思いますよー!」

「ゔぁあぁぁぁあっ! 罪深き桐島先輩も尊敬します! ゔぁあぁぁぁぁっ!!」


 何が書けたかって?

 欠けてたのは常識かな。

 ああ、そうやってちょっと上手いこと言おうとしないで良い?

 今日はのっけから辛辣だなぁ、ヘイ、ゴッド。



 反省文が書きあがったところである!



 昨日の卒業式で、良くないハッスルをした俺であり、ついでに天海先輩の答辞の原稿を書いたのも俺という事にしたら、求められる反省の量がドンと倍付!

 その結果、原稿用紙15枚にも及ぶ、俺の大作が完成した。


 ちなみに、内容は「反省してないけど、なんかすみませんっしたー」と言う1行で済む事を、今日の天気とか贔屓の野球チームの話とかを織り交ぜて水増ししてある。

 それだけ水増ししたら、もう水じゃないかとも思う。


「んじゃ、ちょいと行って来るから、花梨は作業。毬萌と鬼瓦くんは仕事の方を頼むぜ!」


「はい!」

「みゃーっ!」

「ゔぁい!」


 そうして、廊下を走る愚行も加点しながら、俺は職員室へ。

 任期満了までにやるべき事は山ほどあるのだ。

 廊下を歩いていられるか。


 ただし、曲がり角などの見通しの効かない場所では徐行すべし。



「……桐島くんねぇ。君、この1年間で、一体何回目の反省文かねぇ。反省文って言うのは、反省したと言う証明書の役割を持つはずなのにねぇ」

「うっす。すんません」


「まるで反省しているようには見えないんだけどねぇ。なんで胸を張っているのかねぇ? 普通は少し、しょんぼりしたりするものじゃないかねぇ?」

「うっす。教頭先生、老眼鏡変えました? 良く見えてらっしゃる!」


「……君ねぇ。プロレスのマイクパフォーマンスじゃないんだから、いちいち相手を煽らなくても良いんだけどねぇ?」

「うっす。すんません! 教頭先生が悪役レスラーに見えたもんで!」


 職員室では「くすくす」と笑い声がそこかしこから湧き出ている。

 笑顔の絶えない職場ってステキだよね。俺もそんな職場で将来は働きたい。


「桐島くんには、ちょっと生徒指導室でお説教が必要かねぇ?」

「まあまあ! 良いじゃないですか、教頭先生! 卒業式も盛り上がりましたし! ねー、桐島くん? 君もパッションに身を任せただけだもんねー?」


 こういう時には話の分かるおっさん。またの名をチョビ髭。

 正式名称、学園長登場。ちなみに名前は知らん。


「学園長、あなたもねぇ……。来賓の方々に謝って回ったのは、ボクなんですけどねぇ? 学園長はその時、何をしてましたかねぇ?」

「卒業生の子がくれたクッキー食べてました! てへぺろっ!」

「……ぶっ飛ばしたいですねぇ」


 良い感じに怒りの矛先が移動する気配を俺は察した。

 乗るしかない、このビッグウェーブに。


「あー。そう言えば、教頭先生! 奥さんお綺麗な方でしたねー!! いやー、教頭先生と並ぶとー、美女と野獣って言うかー、まさにそんな感じでー!!」


「き、ききりきりきりきり、キリ丸くん!!」

「桐島です」


「えー!? なになになに!? 桐島くん、教頭先生の奥さんと会った事あるの!? おじさんに詳しく教えてよ! 先生ったら、かたくなに会わせてくれないんだよー!!」

「もちろん良いですともー」


「桐島くん! もう行っていいからねぇ! いやぁ、時にははしゃぐのも結構だねぇ! 若いんだから、そういう時もあるよねぇ! お願い、早く行ってちょうだい!!!」

「うっす。失礼しやす! おじき!」


 俺の退室を他の先生方が拍手で見送ってくれた。

 やっぱりこの学園は良いところだなぁと思った次第である。



「おっしゃ! 無事に生還したぜー! さあ、花梨! 手伝うぞ!」

「わぁー! 助かりますー! 実は、もう困ってました!」


 職員室から帰ってきた俺を、花梨が待ち構えていた。


「桐島先輩。お茶です。あと、お疲れでしょうから、今日のお菓子を。春イチゴのパウンドケーキです」

「おう。ありがとう、鬼瓦くん」

「あーむっ! コウちゃん、おいしーよ! あーむっ!」

「良かったな! 書類にこぼさんように気を付けろよ!」


 鬼瓦くんの作ってくれたパウンドケーキとほうじ茶の相性はバツグン。

 俺の脳も糖分によるドーピングで活性化。

 今なら何でもやれる気がする。


 そうとも。

 今日は、花梨の選挙活動の第一歩。

 公約を決めようと言う話になっている。


 明後日から選挙戦が始まるため、今日と明日で公約とポスターを作っておかなければならない。

 信任投票ならば別に焦ることもなかったのだが、今回は選挙戦。

 対立候補は既に準備に入っている中、俺たち生徒会は卒業式関連の仕事があったせいで若干で遅れるのは致し方なし。


「とりあえず、書けたところまで見せてくれ。おう、これは……」

「すみません……。なかなか良い案を思い付けなくて……」


 確かに、花梨の公約は迷走していた。


 『クリーンな生徒会活動』『元気に生徒社会を応援』『緑いっぱいの学園』等々。

 花梨が考えたにしては、かなり凡庸ぼんような印象を受ける。

 その原因は分かっていた。


「なあ、別に、今年度の生徒会を考えなくて良いんだぞ? なんか、むちゃくちゃ引っ張られてないか? と言うか、引っ張り込まれてるよな」

「うぅ……。だって、せんぱーい! あたしにとっての理想の生徒会は、今の生徒会なんですもん! それで公約って言われたって困っちゃいますよぉー!!」


 花梨の気持ちも分かる。

 が、ここで妥協をすると、1年男子の……名前は忘れたが、エロ眼鏡くんはまだしも、帰国子女の上坂元さんにはマジで足元をすくわれかねない。


「毬萌せんぱーい! 先輩は、どんな公約にしたんですかぁー? 助けて下さいー!!」

「んっとね、わたしは、とにかく楽しい生徒会と笑顔で溢れる学園生活にしたよっ!」


「すっごくステキです! もうそれにします!」

「いや、ダメだよ!? それ、今年度の公約だからね!? ちょっと花梨、一息入れよう。いつになく煮詰まってる。こんなんじゃ考えも纏まらんよ」

「冴木さん、お茶です。それから、春の三色だんごです。先輩方もどうぞ」


 鬼瓦くんの鞄は既にお菓子専門の取り寄せバッグみたいになっている。

 叩いたらまだまだ出てきそう。


「俺、実は草系のだんごって苦手なんだよなぁー。いや、食うけどさ」

「先輩、それでしたら、桃色のだんごと一緒にお召し上がりください」

「おう。なんか知らんが、分かった。……おお、桜もちみてぇな味がする!!」


「ねーっ! これもおいしーよ、武三くんっ!」

「おいおい、3つ一気に食うんじゃないよ。のどに詰まったらどうすんだ」


 慌ててお茶を持って行く俺。

 そしてそれを拒否してミロを要求する毬萌。


 こいつ、のどに詰まってもミロが来るまでは我慢する構えである。



「あ! 思い付きました!」

「あっちぃ! お、おう!? どうした!?」



 花梨の声に驚いて、アツアツのほうじ茶に指突っ込んだ間抜けは俺。

 その間に毬萌のもとへ新鮮なミロを届けたのが鬼瓦くん。

 甘いだんごにミロを合わせてご満悦なのが毬萌。


「このお団子を食べてたら思い付きました! 公平先輩、こんなのはどうですか!?」


 サラサラとノートに可愛らしい字で公約を書く花梨。

 そこには『皆に寄り添う生徒会』『ひとりぼっちにさせない生徒社会』と書かれていた。


 なるほど、花梨らしいなと直感的に思った。


 花梨は生徒会でも一番周りに気遣いを見せるし、誰かが作業をしていると、すぐに手伝いを始める目配りも利く。

 そんな彼女なら、この公約を掲げても疑う余地はないと思われた。


 毬萌政権の良いところを引き継いで、花梨の長所も前面に押し出せている。



「良いじゃねぇか! どうだ? 現会長から見て、この公約は」

「んふふーっ! 花梨ちゃんらしくてね、すっごく良いと思うっ!」

「おう。だよな。ほれ、花梨、現職のお墨付きだ! 自信持って良いぞ!」


「ありがとうございます!!」



 そして花梨は「もっとブラッシュアップ出来ないか考えてみます!」と言い、もう完成しているにも関わらず、更に改善点を探す。

 それは結局見つからなかったが、その代わり鬼瓦くんに「来年度の生徒会では、低カロリーのお菓子を求めます!」と申しつけていた。


「ええ……。酷いよ、冴木さん……」

「太ったらどうするんですかー!!」


「鬼瓦くん。今は俺の大胸筋で涙を拭くと良い」

「ゔぁぁあぁぁぁっ! 先輩!!」



 選挙戦、初めの第一歩は、上々の兆し。

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