第470話 花祭学園卒業式
「校庭の桜の
さすが、時候の挨拶を読ませたら右に出る者なしな毬萌さん。
完璧なスタートにホッと胸をなでおろす。
俺がどこにいるのかって?
分かっててそういうこと聞くのってさ、もうハラスメントだよね。
お約束ハラスメントだよ。約ハラ! ヘイ、ゴッド! 聞いてる!?
昨日は式場の準備の責任者をしていたこともあり、毬萌に細心の注意を払えなかった。
もはや、これは幼馴染として俺のミスである。
朝、迎えに行った時に「実はスピーチの原稿を作っていたのだっ!」とか言って、毬萌のアホ毛がぴょこぴょこ動く展開を期待した。
期待した事が期待通り起きる世の中だったら、人はどんなに生きやすいだろう。
そして今朝。「にははーっ。昨日考えたんだけど、ご飯食べてお風呂入ってテレビ見てたら寝ちゃってたーっ!」とか言う、うちの愛すべきアホの子。
考えていた時間、多分テレビ見てた時間の10分の1もないでしょう?
そこでもちろん俺は言った。
「もう知らん! 1人でスピーチしなさい! 俺は助けませんからね!」
すると毬萌は、アホ毛をへにょっとさせて、上目遣いで返事をした。
「みゃーっ……。コウちゃん、助けてくれないのー?」
そして今の俺。それが答え。てめぇの甘さにへどが出そうだぜ。
現在毬萌は生徒会活動を通して、先輩方の活躍を振り返っている。
俺の予感が告げていた。
多分、そろそろやるな、と。
「先輩は、集団生活の技術や、人と接する規律をわたしに教えてみゃっ!?」
よし来た、俺の出番!
「技術と規律が逆だ! なんでそんな紛らわしい言葉のチョイスすんだよ! 微妙に意味が通りそうになってるのが実に悪質!!」
毬萌の太ももをぺしん。
セクハラ? よーし、分かった。
今すぐ変わってやるから、講壇の中で初心者向けの知恵の輪みたいになれよ!?
それが出来ないなら、太ももの1つや2つ触ったからって何だって言うのよ!
まったく、失礼しちゃう!!
「にははーっ。コウちゃん、ありがとー」
「いいから続き! ああ、もう、お前は入学式からまるで変わらんなぁ!」
そして、リカバリーが完璧なのも、変わらない毬萌である。
「と、このように、技術と規律をこっそり入れ替えてみても、意外とバレない世渡りについても教えて頂きました! にははは」
会場から笑い声が起こる。
ピンチをチャンスに、チャンスはチャンスのまま。
相変わらずのチート娘である。
「以上で、これから羽ばたかれる先輩方への送辞とさせて頂きます! 生徒会長、神野毬萌! ご静聴、ありがとうございました!」
割れんばかりの喝采。
そして「ありがとね、コウちゃん!」と言って去って行く毬萌。
さあ、これからが地獄だ。
「続いて、卒業生答辞。前生徒会長、天海蓮美さん。お願いします」
ああ、今日も花梨の進行は見事だなぁ。
入学式の時は、教頭の進行だったからなぁ。
あのだみ声に比べたら、花梨の声はまるで鈴の音のようだよ。
「やあ、桐島くん。君は本当に働き者だな。はっはっは」
「うっす。すみません、先輩のおみ足をこんなに間近で拝見しまして……」
「なに、気に入ったならじっくり見てくれ。神野くんには負けるがな」
天海先輩は、すぅっと息を吸い込んで、マイクを持った。
「先生方をはじめ、ご来賓、ご父兄の皆様に
さすがとしか形容のできない、堂々として厳かな口上。
が、今日は色々と驚かされる1日になる。
毬萌は1年を通して変わらなかった。
そして、天海先輩は、1年を通してどうやら変わったらしかった。
「はっはっは! これでひとまず、目上の方へのご挨拶は済んだな! 私はこの1年で、自分の見識の狭さを知り、それが広がる事の喜びも知った! 私が生徒会長を務めていた1年間、諸君には大変堅苦しい思いをさせてすまない!」
会場がざわつき始める。
俺も、念のため、天海先輩の太ももに聞いてみた。
「せ、先輩? 良いんですか? なんか、先輩のイメージと違うような」
「学園生活最後の日くらい、私だって好きにやらせてもらうさ。はははっ」
そして天海先輩は続けた。
着いてこれるヤツは着いて来い。そして、着いてこれないヤツの手を引け。
そんな風に聞こえる演説だった。
「三年生として過ごしたこの1年間、特に私にとっては思い出深いものだった! それも、私の後を継いでくれた……いや、違うな。私の後を
ざわついていた会場は、知らぬ間に静まり返っていた。
カリスマ性と言うのは、こういう方を指して使うべきなのである。
「我々も、彼らを見習って、大いに明日からの毎日を楽しもうではないか! 失敗したら、助けてもらえば良い! 失敗した者を見かけたら、助けてやってくれ! 杓子定規に収まっていては、人生を楽しむことはできないぞ!」
「おおおお!!」と会場が沸き立つ。
ちなみに俺は天海先輩の太ももを見ながら、ちょっと泣きそう。
「私たちの学園生活を盛り上げてくれた、そして敬い、与え、与えられ、多くの事を共有してくれた後輩たちに感謝を! 我々の前途に祝福を! これ以上言うのは無粋だな! 以上、卒業生代表、天海蓮美だ! さあ、教頭の挨拶なんてカットして、式は終わろう!! 私たちの門出だ!!」
天海先輩の豪快な振りに、さすがの花梨も戸惑う。
よっしゃ、任せとけ。
こういうのは俺の出番だろう。
「天海先輩。マイクを貸してもらえますか?」
「ははっ、なるほど。やっぱり君が締めるのだな。桐島くん、1年ありがとう! 楽しかった! また会おうな!」
「うっす!」
俺は天海先輩から受け取ったマイクのスイッチを入れて、咳払い。
この熱量のまま卒業式を終わらせることこそ、俺の責務。
「えー。教頭先生の祝辞は、教頭先生の髪のコンディションが極めて悪いため、取りやめます。続いて、閉式の言葉ですが、学園長はさっき喋ったんで良いでしょう。以上をもちまして、花祭学園卒業式を終了いたします。皆さんの未来が常に明るい事をお祈りしております!! 生徒会の桐島でした!」
会場は熱狂の渦中。
来賓席では教頭が必死になって頭を下げている。
保護者席では大きく騒ぎは起きていない模様。
やっぱり、うちの学園行事はこうじゃなくては。
先輩方の最後のイベントとあれば、それはなおさら。
鬼瓦くんと花梨が先頭に立って、在校生が体育館を出て行く先輩方にスイートピーを1輪ずつ手渡していく。
俺は、腰が痛いのを我慢して、その列を一緒に見送ることにした。
「2人とも、首尾はどうだ?」
「あー! 公平せんぱーい! さっきのアレ、絶対に怒られるヤツですよぉー?」
「ゔぁあぁあぁぁっ! 先輩は、最後の最後までカッコいいです!!」
「やっちまったもんは仕方ねぇな。あと、反省するくらいなら最初からやるなが俺のモットーだ。あとで叱られてくるよ」
列は順調に減っていき、卒業生の皆さんは校庭や中庭で時に涙、時に笑顔で級友と挨拶。
そして、最後の卒業生がやって来た。
「これは、桐島くん。天海がご迷惑をおかけしました。せめて事前にお知らせできれば良かったのですが……」
「いえいえ、とんでもねぇっす! なんか、天海先輩に認めてもらえた気がして、嬉しかったっす!」
土井先輩が俺を泣かせるまで、あと数秒。
「天海もわたくしも、ずっと皆様を認めておりましたよ。以前にも申しましたが、あなた方は最高の生徒会でした。希望に満ちた船出をありがとうございます。しかし、寂しいですね。1年がもう一度あれば良いのにと思ってしまいます。桐島くん、本当にありがとう」
「土井ぜんばぁぁぁぁい! 俺、俺ぁ! もっと先輩と過ごしたかったっす!!」
「おやおや。君ほどの男がこの程度で泣いてどうします。まだ任期は残っているのですから、お気を確かに。わたくしは、いつでも見守っておりますよ」
そして土井先輩と握手をした。
顔がおぼろげなのは、多分雨が降っているからだろう。
ちょいと視線を横にずらせば、毬萌も天海先輩に抱きついて号泣していた。
晴天だってのに、局地的な雨を降らすなんて、ゴッドもまったく酷いことをする。
だけど、こんなにステキな先輩たちと引き合わせてくれた事に関しては、ありがとうと言っておく。
サンキュー。ヘイ、ゴッド。
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