第469話 選挙戦! の前に、卒業式の準備!

 さあ、いよいよ選挙だ!


 と意気込む前に、実に重要なイベントが控えている。

 今日は風紀委員と生徒会が全員でその準備。

 このイベントの準備だけは疎かにできない。


 なにせ、一生に一度の門出。


 そうとも、明日は花祭学園の卒業式である。



「おーい、誰か体育館の二階でスピーカーの調整してくれるかー? 手が空いてる人、頼む!」

「私が行きましょうか?」

「おう、松井さん。いや、しかし、女子にあのデカいスピーカー動かせってのもなぁ。じゃあ、俺が上行くから、みのりんさ、ここで確認してくれる?」


「桐島先輩がですか!? 先輩、死んじゃいませんか?」



 みのりんが辛辣しんらつ

 繰り返す、みのりんが辛辣。



 なんかやっぱりこの子、氷野さんに似てきている。しかも初期の頃の。

 そんなところを真似する必要はないのよ?

 みのりんは、もっとほんわかしてくれていた方が、先輩嬉しいな。


「そうだ、鬼瓦くんは!? 彼なら1人で済むじゃねぇか! どこ行った!?」

「あのぉ、鬼瓦くんなら、さっき委員長に言われて、パイプ椅子50脚ほど取りに行きましたよ」


 通りかかった風紀委員の一年生男子が教えてくれる。

 一見すると鬼瓦くんが酷使されているように思われるが、むしろこれが彼の実力を最大限に生かす正しい運用。

 さすが氷野さん。抜かりないな。


「コウちゃーん! ねね、送辞の原稿、こんな感じでどうかなぁ?」

「おう。見せてみ? ふんふん。出だしは良い感じだな。やっとお前もきちんと原稿を書くようになってくれて俺ぁ嬉し……おい! なんだこの(アドリブ)って!!」



 B-DASHの『ちょ』の歌詞かよ!!



 いや、すまん。

 いくらなんでも細かすぎて伝わらないツッコミだった。

 そうね、独りよがりなツッコミは良くないね。ごめんよ、ヘイ、ゴッド。


「だってぇー! 卒業式ってライブ感が重要だもんっ!」

「お前は基本的にライブ感しか重視してねぇじゃねぇか! 先輩方の門出だぞ!! 万が一にも頭ん中が真っ白になったらどうすんだ!?」


「じゃあ、いつもみたくコウちゃんが講壇こうだんに潜んでくれたらいいのだっ!」

「ヤメなさいよ! 変なフラグ立てるの! 明日は俺が講壇から抜け出すタイミングねぇんだぞ! 2時間弱あんな空間に幽閉されたら死ぬわ!!」



「でもコウちゃん、入学式の時は入ってたじゃん」

「そうだな! どうかしてたよ!! ちくしょう!!」



「公平先輩! お花が届いたので、責任者が確認して欲しいんですってー!」

「おう! すぐ行く! 毬萌は原稿ちゃんと書いてなさい!」

「みゃーっ。はーい」


 あいつ、絶対に書かないな。

 未来予知? 違うね、経験則からの予想だよ!!


「どうも、お待たせしてすみません!」

「公平先輩、こっち、こっちです! 良かったですー、すぐに来てもらえて。あの、こちら、責任者の副会長です!」


 花祭学園では、卒業生に1輪の花を在校生が贈る事になっている。

 毎年学園長が発注してくれるので、非常に助かる。

 たまには役に立つチョビ髭。


「いつもご贔屓ひいきに! ご確認ください! ゼラニウムです! 綺麗でしょう?」

「おう。これは確かに白くて綺麗! ……って、ちょっとすみません。あれ? 花ってゼラニウムだっけか?」


 俺は、書類を速やかに確認。

 違うじゃねぇか! スイートピーだよ!

 花言葉が『門出』に『飛躍』でめでたいからって今年の頭に決めたじゃん!


「あの、すみません。発注書を拝見しても良いですか?」

「ええ。もちろん。どうぞ」


 これはしっかりと正さなければならないミス。

 先輩方の門出の花である。妥協は禁物。



 おおおおい! ゼラニウムって書いてあんじゃん! こっちのミスだよ!!



「……あの、ゼラニウムの、これって白ですかね? 花言葉って分かります?」


 方針を転換する必要に迫られた。

 前言撤回。妥協しよう。だって、200本もゼラニウムが届いてんだもん。

 これ、もうどうしようもないよ。筆跡も明らかにチョビ髭のものだったし。


「えーとですねー。ああ、そうだ! あなたの愛を信じない、ですね!!」

「すみません。10分。いえ、5分で良いので、お待ちください」


 学園長室は保健室の隣。

 全力疾走しても、保健室で酸素吸入できる、俺に親切な設計。



 そして10分後。

 全力疾走ののち、学園長に文句言って、酸素ボンベ借りたまま戻ってきた俺。

 5分オーバーだが、酸素吸入しながら帰ってきた俺を花屋さんはとがめなかった。


 チョビ髭を問い詰めたところ、あっさりと犯行を自供しやがった。

 「だってさー、そっちの方が綺麗に見えたんだもん!」とか抜かすので、学園長のポケットマネーの持ち出しで、新しくスイートピーを発注し直すことに。


 幸いだったのは、花屋さんが融通を利かせてくれた事である。

 明日の朝一番で納品してくれるらしい。


「あのー。それで、この花はどうしましょうか? ……ゼラニウム」


 花屋さんが悲しげな顔をしている。

 それはそうだ、せっかく綺麗なのを見繕ったのに、廃棄処分じゃあまりにも酷。

 その点、俺は思案した。


「えっと、この住所に花束にして送ってもらえますか?」

「ええと、この住所にですか? 確認しますけど、この住所に?」



「はい。ガールズバー『ぷるぷるフルーツ』にお願いします」



 ゼラニウムは、学園長と教頭がお世話になっているガールズバーにプレゼント。

 花言葉が問題? 『あなたの愛を信じない』が?


 ピッタリじゃねぇか!

 学園長の愛なんか信じちゃダメですよって言う、俺からのメッセージだよ!!



 花屋さんの問題は解決したが、ああ、ダメだ。眩暈めまいが。

 俺は体育館の入り口で、引き続き酸素吸入による心肺機能の回復を図る。


 花梨には戦線に復帰して貰った。

 心配そうに「あたしも一緒に居ましょうか?」と言うが、彼女は来年の生徒会長最有力候補。

 是非とも現場で色々と学んでいて欲しい。


「桐島、先輩! 大丈夫、ですか?」

「おう。勅使河原さん。どうした? もう一般生徒は帰ったんじゃねぇの?」

「せ、先輩こそ、大丈夫、ですか?」


 確かに。

 この姿を見たら、まず「どうした」って質問されるのは俺である。


「おう、平気、平気。ちょっと走っただけだから」

「だ、ダメです、よ! 桐島先輩、走ったりなんか、したら!」


 心配のされ方がもはや後期高齢者のそれに近い。

 家族に黙って散歩に出かけたじいちゃんが叱られる時のトーンだ、これ。


「……ごめんなさい」

「こ、これ、どうぞ! レモンの、蜂蜜漬け、です! 武三さんに言われて、さ、差し入れを作って、来ました!」


 よくできた妻瓦さんだなぁ。


「ありがとう。……ああー。うめぇ。これは染みるなぁ。もう一つ良い?」

「は、はい! どうぞ! 先輩、大変、ですね!」

「いやいや、なんの。俺も引退間近だからな。ラストスパートって感じだよ。……それにな、勅使河原さん」

「は、はい?」


「ゔぁあぁぁあぁあぁあぁっ! 失敬! 通ります! ゔぁあぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」



 鬼瓦くんがパイプ椅子を100くらい担いでいる。しかも小走りで。



「大変ってのは、ああいう状態を言うんだよ。俺はもういいから、旦那さんのとこに行ってあげな? きっと喜ぶよ」

「も、もう! 桐島、先輩! 恥ずかしい、ですよぅ!」


 ——ぺしんっ。


 敢えて何も語るまい。それでも、一言だけ許されるならば。

 世界よ、これが女子のスキンシップの最適解だ。



「ちょっと、公平! なに休んでんのよ! 椅子並べるから、あんたはうちの委員を半分連れて、仕切ってやって! 公平がいないと纏まんないんだってば!!」

「おう。分かった。すぐ行くよ」

「まったく、目を離すとすぐに死ぬんだから! 私がいないとダメね!」

「ぐっ。面目ねぇ。返す言葉もないから、しっかり仕事で誠意を示すよ」


 なんだかんだ、不平不満を垂れながらやって来た生徒会活動。

 だけども、こうやって誰かのために働けるってのは、やはり良いものである。


 そして明日は尊敬する先輩たちの卒業式。

 労働の喜びも、格別にならなければ嘘ではないか。



 晴れてくれよ。せっかくの式日しきじつだ。

 そらって言うくらいなんだから、空気をしっかり読んでくれ。

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