第467話 今年の選挙は信任投票じゃない!

「おーっす! 花梨やーい! あれ、花梨さーん!? いないかー!?」


 放課後になり、花梨の教室にやってきた俺である。

 そして元気よく意中の子の名前を呼ぶが、求めている返事がないのはなぜか。


「桐島先輩、こんにちはー」

「おう、松井さん。またの名をみのりん!」


「あはは……。私のこと、多分学園内で先輩が一番みのりんって呼んでる気がします。本当に恥ずかしいんですけど……」

「マジか! こんなに可愛い名前なのに!! これは是非布教して行かねば!!」


「あわわわ! ひ、控えめに! ほどほどな感じでお願いします!! そ、そうだ、冴木さんに用事があったんじゃなかったんですか!?」


 松井さんの言葉で思い出す。

 これから、花梨と一緒に生徒会長選挙の出願に行くのである。

 必要書類はもう氷野さんのところに寄ってゲットしている。


「もぉー! 公平先輩! 声が大きいですよぉー!! 女子トイレの中まで聞こえてたじゃないですかぁー! もぉー! 恥ずかしいです!!」

「おう、花梨! なんだトイレだったのか! これはすまんかった」


「冴木さんも大変だね」


 松井さん? どうして俺を見ながら言うのかね?


「もう慣れちゃいましたよー。それより、松井ちゃんのこと、あたしもみのりんって呼んでも良いですか!? 先輩とお揃いが良いので!!」

「あ、大変なのは私だったよ……。うん、いいよ? 好きに呼んで?」


 みのりん? だから、どうして俺を見ながら言うのかね?


 花梨に立候補届を貰って来たことと、記入すべき項目についてレクチャー。

 早速応援人として役に立っているのが俺。


 花梨がボールペンを走らせている間、暇なので花祭学園生徒会長選挙について、適当に説明しておこう。


 まず、立候補者の制限はなく、来年の二年生、つまり現在の一年生であれば誰でも被選挙権を有している。

 ただ、生徒会長の激務は有名なので、なかなか立候補者がおらず、前年の役員が繰り上がる形で候補になり、そのまま信任投票になる流れが多い。

 少なくとも、当代と先代はそうなっている。


 立候補者には、応援人を1人選定する権利が与えられる。

 では、応援人は何をするんじゃいと言えば、文字通りの応援である。

 これで説明を終えると、どこからともなく石とかが飛んできそうな気配を感じたので、もう少し詳しくご説明をばさせて頂きます。


 応援人は、一緒に選挙戦略を考えたりする。

 例えば、選挙のスローガン。公約。街頭演説の文言。ポスターの用意。等々。

 あとは、投票日に応援演説をすることが出来るのも、登録した応援人に限られる。


 なんでそんなに詳しいのかって?


 去年、毬萌の応援人で東奔西走とうほんせいそう粉骨砕身ふんこつさいしん、痩せ細るまで頑張ったからである。

 よもや2年続けて務める事になるとは思わなんだが、去年の苦労が俺の身に蓄積されていたらしく、意外と経験が生きているのは何より。


「せーんぱい! 書けましたよ! 確認してください!」

「おう。……ふむ。見たところ、不備はなさそうだけど。あ、ここに選挙管理委員のみのりんがいるじゃねぇか! 彼女にも見てもらおう!」

「そうですね! みのりん、お願いできますか?」


「分かりました! 分かりましたから、2人でみのりんって連呼しないで下さい!」


 そう言って用紙を受け取ると、唇に手を当てて目を走らせるみのりん。

 この集中力は得難えがたきスキルとお見受けした。

 やはり、来年度の風紀委員長は彼女で決まりか。


 ついでに言っておくと、各位委員会の委員長は、在籍している委員の中で投票が行われ、その結果が反映される。

 有体に言えば多数決。なんとシンプル。


「……うん。はい。不備はないと思うので、選挙管理委員会の氷野先輩のところに持って行って下さい!」

「おう、ありがとう! みのりんは頼りになるなぁ!」

「ホントですね! ありがとうございます、みのりん! また明日です!」


「うぅ……。なんか、このまま学園内で定着しそうだなぁ……」


 物憂げな表情のみのりんに手を振って、俺たちは視聴覚室へ。

 風紀委員の事務所が現在は選挙管理委員の屯所とんしょとして併用されている。



「おう。氷野さん、立候補届持って来たぜ! ……なんか、忙しそうだね?」

「ああ、公平? ちょっと待ってね。今、バカたちを相手してるから!」


 氷野さんの前には、10人くらいの生徒が。

 あれ、これもしかして、全員が立候補者のなのか!?

 いやいや、まさか。って言うか男子多いな。


「どういうことですか! おれ達の立候補届が受理できないって!」

「そうですよ! 選挙管理委員会の横暴です!」

「そうだ、そうだ! おかしいじゃないかー!!」


 もしかするんだ。

 なにゆえこんな事に? なんか会長の特典ってあったっけ?


 そりゃあもちろん、いつかも言ったが、会長の権力は絶大。

 学園を自分の好みに仕上げるくらいは楽勝である。

 また、内申点の観点からも、まあ旨味があると言えなくもないが、既に生徒会長になろうと言う者がそこに重点を置くと思うのは現実的ではない。


 生徒会室が自由に使えるからか?

 冷暖房完備の城持ち生徒になるのは、確かに少しばかりの優越感はあるが。

 その何十倍にも及ぶ激務が待っている事は周知の事実であるはず。


「だーかーらー! あんたたちの立候補理由じゃ、受理できないんだって言ってるでしょう!? バカなんじゃないの!? 好きな子を副会長に指名したいって!」


「だって! 桐島副会長みたいにモテモテ生徒会生活したいじゃないっすか!」

「そうです! おれ、この1年間で決めてたんです!」

「そうだ、そうだ! おかしいじゃないかー!!」



 なんか、俺のせいみたいに聞こえるのは気のせいか。



「あのね、副会長って言うのは、会長に指名されて、それを受諾してからなるものなの! つまり、あんた達みたいなさかった男子の要望は拒否できるのよ!」


 今の氷野さんの発言で、8人ほどの生徒が肩を落として帰って行った。

 大丈夫かな、来年の生徒会。


「そっちのあんた、理由の欄が空白だけど!?」

「理由なしではダメですか?」

「ええ……。ちょっと待って。……うわぁ、そんな屁理屈みたいな想定されてないわね。……分かったわよ、受理します」


「いやっふぅぅぅぅぅぅ! これで、スタイル良いおれの言う事何でも聞いてくれる女子を副会長に指名するんだ! いやっふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」



 大丈夫かな、来年の生徒会!!



「ったく。はあ、待たせたわね。公平と冴木花梨。……ふんふん。オッケー! もう、これをお手本として張り出したいくらい完璧な立候補届ね!」


 とりあえず、これで花梨が正式な会長候補になった訳だが、俺には懸案事項が。

 速やかにその道のプロにお伺いを立てるのだ。


「あのさ、氷野さん。さっきの彼が受理されたって事は、今年は選挙戦やるって事になるよね?」

「……そうなのよ。仕事が一気に増えたわ。しかも、どう見たって冴木花梨の圧勝じゃない。こんなの、時間と経費の無駄遣いよ」


「あら、聞き捨てなりませんわね」


 そこには、髪を見事な縦ロールにセットした女子が立っていた。

 一年生のようである。

 「ごきげんよう」とか挨拶して来そうな子だけども、こんな自己主張の激しい子、うちの学園にいた!?


「ごきげんよう。副会長さんに、書記さん」


 とりあえず、予想は的中。


「ごきげんようですわ。ちょいとお聞きいたいのですことよ? あなた、今まで学園に通ってらしてのことかしら?」

「公平、無理しないで。なんか、隣で聞いてても恥ずかしくなってくるから」


 彼女の代わりに、花梨が教えてくれた。


「こちら、上坂元かみさかもとさんです。1月から編入して来た、帰国子女ですよね?」

「あらぁ、書記さん、敵情視察は完璧なようですわね? あたくしも生徒会長選、出馬させて頂きますわよ? よろしくって?」

「ええ。書類に不備はないし、問題ないけど」


「書記さん? 楽勝だと思っていると、足元をすくって差し上げますわよ! では、ごきげんよう」



 こうして、今年度の生徒会長選挙は候補者3名による選挙戦となる事が決定した。

 特に、上坂元さんは何やら不穏な雰囲気で、油断ならない。

 眼鏡のエロ坊主は多分大丈夫。



 あと、帰国子女のお嬢様って、ああいう話し方しないといけないルールがあるのかしら?

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