第466話 花梨と決断
「氷野さん、こっち終わったよ! えっ、まだ1月の資料整理してるの!? 仕方がないなぁ、氷野さん! じゃあ俺が手伝ってあげるぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「いい加減にしなさいよ、バカ平! あんたは甘やかされ過ぎだと思うわ!」
そんな事を言いながらも、氷野さんは俺をひと蹴りしたらすぐに作業に戻る。
あらやだ、なんて優しい死神姉さん。
「いやぁ、氷野さんが優秀でホント助かる! 選挙管理委員長を任されるのも納得! でも、今日はまだ俺たちの氷野さんな訳だから、マジで最高! いやぁ、氷野さんって本当に最高! 美人で仕事も出来て優しいとか、もう、ね!?」
「べ、別に、そんなんじゃないし!? 甘やかされてる軟弱な公平が、どうしてもって言うから、仕方なく手伝ってやってるだけなんだから!!」
鬼瓦くんが書類の不備がないかを確認して、ひとつ頷いてこちらを見た。
「氷野先輩。そういうところが桐島先輩を甘やかしているのではないかと」
「鬼瓦きゅん! 余計な事言ったらあかん! あきまへん!! 氷野さんがやる気になってるんだから!!」
「僕は桐島先輩の事を心から尊敬していますが、先輩の模倣はできないと思います」
「おう! 鬼瓦くんには鬼瓦くんのスタイルってもんがあるからな!」
彼は黙って頷いた。
少し憂いのある表情だったのは何故か。
ははあ、さてはお花摘みに行くの我慢してるな?
それから30分ほどで、氷野さん担当の1月の引継ぎ資料が完成。
どうにか今日中に書類を完成させることが出来て、一安心なのは俺。
「お疲れ様っした! 姉さん、自分、肩揉みます!!」
「あら、気が利くじゃない。……全然振動がこないんだけど?」
「はは! 氷野さん、胸部には質量がないから、いくら俺が肩揉んでも揺れようがないよー! あははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」
「鬼瓦武三。あんた、こんなの尊敬してて良いの? 平然とセクハラしてきて、今は前衛アートみたいになってるバカ平だけど」
「ええ。僕は、そんなところも含めて桐島先輩を尊敬しています。僕にはできない事を平然とやってのけるのですから、毎日が発見に溢れています」
「……あんた、知らない間に公平の毒に。……勅使河原真奈には言わない方が良いわね。今度、毒抜きに岩盤浴とか行くと良いわよ。手遅れかもだけど」
俺だけ蹴飛ばされて、2人で楽しそうに談笑とか、酷いじゃないか。
えっ? 自業自得? 何言ってんだ、ゴッドさん。
蹴られるように仕向けてんだから、お得だよ?
「そう言えば、毬萌と花梨が帰って来ねぇな。トイレ混んでんのかな?」
「うわ、復活はやっ! そしてまた、普通にデリカシーがないわね」
「じゃあ聞くけどさ、氷野さん。俺に今さらデリカシーとか、どこに向けて需要があるかな? なくない? 俺はそう思ってんだけど」
「開き直ってるくせになんか本質
そんな話をしていると、2人が帰ってきた。
よし、引継ぎ書類も完成したし、気分も晴れやかに学食へ繰り出そうぜ。
そう言いかけた俺は、やっと花梨の表情が沈んでいる事に気付く。
「おう。どうした? 花梨、何かあったか?」
俺のセリフで、花梨がポツリと言葉を零した。
それは軽視できる
「あたし、生徒会長選挙に出ても良いんでしょうか?」
良いも悪いも、花梨を差し置いて適任者がいるとは思えない。
鬼瓦くんなら
ならば、なにゆえそんなセリフが出て来たのか。
その答えは、天才が教えてくれた。
「わたしも去年の今頃、同じこと考えてたんだよぉー。このまま、流されるみたいに会長になって良いのかなぁってさ」
「おう。しかし、周りはみんな、毬萌を推してくれたじゃねぇか」
すると毬萌は首を横に振る。アホ毛がへにょっと力なく横たわる。
「わたしには、ほら、コウちゃんがいたから……」
「おう。俺?」
「……鈍感。バカ平。ちょっとこっち!」
氷野さんに頭掴まれて内緒話。
胸に余分なものがないため、内緒話が世界で一番し易い女子である。
「要するに冴木花梨は、毬萌にとっての公平みたいな、精神的支えがなくて! ナーバスになってんのよ! 察しなさいよ! 普段はやたらと察しまくるのに!!」
「えっ、俺ってそんなに傍に居ると安心するの!?」
氷野さん、下唇を噛み締めて、実に悔しそうに言葉を絞り出す。
「ぐぅぅぅぅっ! そうなのよ! あんたは自分で思っている以上に、人を安心させる作用があるのよ! アレよ、脂もの食べる前に飲む胃薬みたいなの! あんたは!!」
なんと。
いつの間にか、
「そうなのだ! コウちゃんはもしもの時の救急箱なんだよ!」
「すげぇ! お前、この内緒話が聞こえてんの!? 聴力までチートだな!」
「もうっ! そんなのは今良いんだよー! ほら、コウちゃん、らいおんハート好きでしょ! SMAPの! あーっ! まだ分かってない!!」
そして鬼瓦くんも動く。
「桐島先輩。どうぞ。流します」
「お、おう。なんか知らんが、ありがとう」
静かな生徒会室に流れる、SMAP珠玉のバラード、らいおんハート。
イントロからAメロが既に最高だよね。聞き惚れちゃう。
「ええと、つまり、アレか? 毬萌の救急箱の俺が、今回の選挙では花梨の救急箱になれば良いのか?」
「みゃーっ! コウちゃん、偉い!」
「ああ、良かったわ。これで気付かなかったら、私が蹴る流れだったもの」
「ゔぁあぁぁあぁっ! 僕は桐島先輩が、そんな先輩が! ゔぁあぁぁあぁっ!!」
「公平先輩……。あたしと一緒に選挙活動してくれますか? 今の生徒会が終わるその日まで、一緒に過ごしてくれますか? ……ワガママ言ってごめんなさい」
可愛い後輩なにこんな顔をさせたヤツは誰だ。
許さん、俺が成敗してくれる。
犯人を捜したところ、どうやら俺が重要参考人である旨を察知。
マジかよ。じゃあ、責任取らなくちゃいけねぇな。
「おう。俺で良けりゃ、花梨の薬箱でも踏み台でも、任せてくれ!! 新しい生徒会のためにもなるって言うんなら、断る理屈はねぇじゃんか!!」
「……ありがとうございます! あたし、覚悟はしてたんですけど、いざ生徒会が解散になる日が近づいてきたら、なんだかどんどん心細くなってしまって」
「そりゃあ仕方がないさ。俺だって、ずっとこのメンバーで生徒会活動してたいって毎晩寝る前に思うよ。そんで、俺はどうしても花梨よりも先に卒業しちまう」
言葉を区切るのは、次の言葉がより重要だから。
「やっぱり心配だ。だから、もう1年ある学生生活は、花梨や鬼瓦くんの不安を少しでも解消してやれたらと思ってるんだ。その第一歩が選挙になるとは思ってなかったが、これは俺の配慮が足りんかったな。花梨、一緒に頑張ろう!」
しぼんでいた花が、少しだけ上を向く。
そうだ、それくらいでちょうどいい。
いきなり前を向けなんて言うのは、ポジティブ野郎の乱暴だ。
最初は、斜め下を向くくらいで良いのだ。
自分のタイミングで、しかるべき時に前を向くことが出来たらば、それで良い。
それまでの助走は、
それこそが、生徒会が集団である理由である。
そして、俺が副会長である意義でもある。
「それじゃ、冴木花梨の応援人は公平ね。書類は明日提出だから。でもまあ、今年も信任投票になるんじゃないかしら?」
「だねっ! 花梨ちゃんよりも会長に相応しい子なんていないもんっ!!」
毬萌の予想はほとんど当たる。
しかし、時々、ごくまれに、外れる事もある。
それが今回じゃなくても良かったじゃねぇのかと思わずにはいられない。
詳しくは、明日の俺が語るだろう。
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