第464話 桐島公平の平凡なる休日
「あんた! いるんだろ!? 母さん騙そうったってそうはいかないよ!!」
試験休みで朝から勉強している息子に対して、何と言うセリフだろうか。
しかし、この程度で驚いてはいけない。
これが我が家のジャスティス。
父さんが4年ぶりにメンマを売ったおかげで、俺にとって両親の存在はより大きくなっていた。
自分で稼ぐ気だった大学進学の費用を面倒見てくれるとか言い出すんだから、これはもうある意味この世の終わりである。
終わってからもう一巡したまである。
しかも、俺の小遣いが今月から増えた。500円? ノン、ノン。
2000円も!
これじゃ、購買部のうっすいサンドイッチじゃなくて、至高のフルーツサンドまで買えてしまう。
以上の理由により、俺は全面的な降伏に応じることにした。
それが俺にとっても幸福。
そして繰り返すが、我が家のジャスティス。
「なんだよ、母さん。昼飯ならとっくに食ったよ。どん兵衛の天ぷら蕎麦」
「とっくにご存じだよ! つまり、今のあんたは食事を終えて、最高のコンディションをキープしている! 違うかい!?」
「いや、おう、まあ。調子は悪くねぇけど?」
勉強も順調。
苦手な英語のリスニングだって、毬萌が作ってくれたテスト対策用マシーン『おしゃべりコウちゃん3号』のおかげで死角はない。
ひとつだけ文句を言わせてもらえると、俺の声で流暢に英語を喋る『おしゃべりコウちゃん3号』がちょっとだけ不愉快。
なんだお前、そのRの発音。俺の声のくせに、生意気じゃないか。
「ちょいと、大丸まで行って来てくれるかい? お父さんのスーツが仕上がったって連絡が来たんだよ!」
「えっ? それ、今じゃねぇとダメかな? 俺ぁ試験勉強がまだ完璧とは言えな」
「ここに5000円があるよ」
「おう? え、どういうこと!?」
「2度は言わないよ。……デパ地下で、なにか美味いものでも食べて来な!!」
お、お母さん!!
ついに、我が家の生活水準が平成中期レベルに!
今は令和のご時世? 知ってるよ。ヘイ、ゴッド。
つい先週まで昭和の中期を漂ってたんだから、平成ジャンプだよ!!
そして俺は、4つ駅向こうの大丸まで、父さんのスーツを受け取りに出かけると言う、優雅な休日を1人楽しむことと相成った。
試験勉強? でぇじょうぶだ、ちゃんと毬萌特製、想定問題集は持参する。
世話になってばかりだから、毬萌のヤツにも何か土産買ってやるか。
そして、ガタンゴトンと電車に揺られて、宇凪市の隣にある
高校生の俺にとって、大丸百貨店はちょっとだけハードルが高い。
しかし、うちの父さんだって昇進したんだ。
入場資格くらいは獲得していないと計算が合わない。
「き、桐島、先輩!」
「ひぃっ!?」
「あ、すみません。驚かせて、しまいましたか?」
一瞬正面玄関で締め出しを喰らったのかと錯覚したが、振り返ればそこには勅使河原さん。
なんと奇遇な。
隣の市で知り合いに出くわすとは。
「勅使河原さんだったか。いや、こっちこそ変な声出してごめんな。こんにちは」
「は、はい! こんにちは! 先輩、お買い物、ですか?」
「おう、うちの親父のスーツを受け取りにな。勅使河原さんも?」
「はい、私は北海道物産展で、スイーツの、研究をと、思いまして」
見れば、大きな看板に北海道物産展開催中と書いてある。
百貫店と言えば物産展。
こんなに心の踊るイベントはそうそうお目に掛かれない。
「おおー。良いなぁ、俺も覗いてみようかな」
「は、はい! すっごく、ステキ、でしたよ! 夕張メロンの上に、ソフトクリームが載っているのがあって、きっと、先輩はお好きだと、思います!」
なにそれ、すげぇ美味そう。
目的地が変更されましたと脳内にアナウンスが流れる。
父さんのスーツ? 行くよ、行く。後でね。
「早速行ってみるよ! 勅使河原さん、帰るとこだったんだろ? ごめんな、俺なんかを見かけたばっかりに、足を止めさせちまって」
「い、いえ! 桐島先輩は、私にとって、特別な先輩、ですから」
ここだけ切り取ると、まるで俺が勅使河原さんの意中の人みたいに聞こえるだろう。
だが、少し待って欲しい。
彼女は事の本質を最後に述べるタイプなのだ。
「武三さんが、いつも、すごくお世話になっています、から!」
ね? ご覧の通りだよ。
彼女にとって、俺は旦那の上司なのだ。
もちろん、彼女も俺の事を憎からず思ってくれていると良いなぁと想像するが、何はさておき、鬼瓦くん。
俺たちの絆は、鬼神の大胸筋によって、より強固に結ばれている。
「これから鬼瓦くんの家に行くのかな? 彼にもよろしく伝えといてくれる?」
「も、もう! 決めつけないで下さい、よ!」
「そう言いながらも否定はしないんだな! あ、あと、一応副会長っぽく言っとくけど、勉強もそこそこやっておくように! なんてな!」
勅使河原さんは「ふふ、分かりました」と朗らかに笑って、駅の方へ歩いて行った。
きっと今から鬼瓦くんと一緒に勉強会だな。
さて、北海道物産展に行くか!!
「桐島くんじゃないかねぇ。今日は試験休みだと思うんだけどねぇ。試験休みと言うのは、遊びに出掛ける日ではないんだけどねぇ」
バッドエンカウントであった。
北海道物産展にウキウキでやって来たところ、野生のくっせぇカビゴンが飛び出した。
カビゴンの弱点って何だっけ?
かくとう? よし、ボブ・サップ呼ぼう!
那須川天心でも良い! メイウェザーも追加で!
「いえ、ちょいと家の用事でして」
「家の用事で北海道物産展に来るのかねぇ? それはどういう種類の用事なのかねぇ? ボクにも分かるように教えて欲しいねぇ」
ちくしょう、今日のくっせぇカビゴン、強いなぁ。
正論をまくし立てて来るとか、そんなのってないよ。
「あなた、ちゃんとベンチに居てって言ったでしょう! あら、そちらは?」
何やら、上品なご婦人が登場。
教頭が一気にトーンダウンした。
「い、いや、ちょっと教え子を見つけたものだからねぇ。あ、挨拶をと思ってねぇ」
「そうだったの? ああ、ごめんなさいね。わたくし、山崎の妻です」
山崎って誰だっけと思うも、どうにか、くっせぇカビゴンと教頭と山崎が線で結ばれる。
「ああ、これはご丁寧に。俺、いや、自分は桐島と申します。教頭先生にはいつもお世話になってまして。今も勉強について相談に乗ってもらっちまいまして、はは」
ああ、自分の甘さが憎い!
なにゆえ俺が教頭のフォローをしなければならんのか。
「そ、そうなんだよねぇ! 別に、君の買い物が長いから、退屈で歩き回っていた訳じゃないんだよねぇ!! ねぇ、桐島くん?」
俺は小声で教頭に聞いた。
「奥さん、実家に帰られたんじゃなかったんすか?」
「それがねぇ、昨日戻って来てくれたんだよねぇ。それで、今日は、ご機嫌を取るためにねぇ。君なら分かってくれるかねぇ?」
「……教頭先生。夕張メロンのアイスが食いたくて俺、ここに来たんです」
「……ゼリーも付けようかねぇ。……箱で」
話はまとまった。
「教頭先生はもう、アレです! 学園で奥さんの自慢ばかりしてましてね! 独身の学園長なんか、いつも羨ましい羨ましいって嘆いてますよ! いつも! 何度でも!!」
「まあ! そうなの? この人、偏屈だから生徒の皆さんに嫌われているんじゃないですか? すぐに自分本位な事を言うし」
「……マルセイバターサンドも付けようかねぇ」
仕方のない人だ。
「そんな事ないっすよ! 生徒思いで、結構みんなからも慕われてますよ! この間の節分祭だって、大勢に追いかけられて大変でしたもん! ははは!」
嘘は半分に留めておくのが一番リアルだって何かで言ってた。
「あらぁー。そうなの? 意外ねぇ! あなた、少し見直しましたよ。じゃあ、わたくしはお会計済ませて来ますから」
「ゆ、ゆっくり行って来たら良いと思うねぇ!」
「……教頭先生。これは貸しにしておきます」
「……桐島くん。とりあえず、これで好きな物を食べると良いと思うねぇ」
そして5000円をゲット! うわぁ、やったぁ!!
夕張メロンアイス、うめぇ! ゼリーもうめぇ!
マルセイバターサンドは毬萌の土産にちょうど良い。
なんだろう、今日の俺は実にファビュラスな1日を過ごしている!
試験が終われば、いよいよ生徒会長選挙が始まる。
英気を養うと言う意味でも、実に有意義な休日だったと言える。
ゆっくり気が休まる日なんて、もう今日くらいのものだしな。
スーツを受け取って、帰りの電車の中で束の間の休日を噛み締める俺であった。
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